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最終話

 白い靄が辺りを包み込み、静寂だけがサミュエルの耳に木霊する。周りを見渡しても誰もおらず、白い靄が先を見せないように蠢いていた。


 すると耳の中でクスクスと女の子が笑う心地良い音が響く。ハッと顔を上げるとそこにはあの時に見た赤い着物を着た女の子が嬉しそうに立っていた。


「お菊?」


 サミュエルの問いには答えず女の子はにこにこと笑うだけだったが、その子がお菊だということはサミュエルにはわかっていた。それで充分だった。サミュエルはお菊に歩みを進めると小さな白い手を取って優しく握りしめる。


「ごめんねお菊、君を守れなくて……。でも大丈夫。僕もお菊と一緒に行くよ。遊ぼうって言ってくれたよね? いいよ、これからたくさん遊びに行こう!……だからもう、寂しくないよ」


 サミュエルが笑うとお菊も嬉しそうに声を出して笑った。サミュエルはそんなお菊が嬉しくて、手を引き先へ行こうと促す。だがお菊は立ち止まったまま歩きださない。


「お菊?」


 お菊はサミュエルの手をきゅっと握った後、するりと離し一人で先を歩いて行く。


「お菊待って! 一緒に……」


 お菊を追ってサミュエルは走り出そうとするが、足が地面に縫い付けられたように動かない。呼びかけるサミュエルを振り返らずに先を行くお菊を必死に目で追う。


「……っ、おばあ、ちゃん……?」


 お菊が立ち止まったその隣に大好きな祖母がいた。祖母はお菊の頭を撫で、手を繋ぐとサミュエルへと視線を移しあの優しい微笑みを浮かべる。


「サム、ありがとう。私がこの子と一緒に行ってあげるから大丈夫よ」


 離れているはずなのに大好きな祖母の声はまるでサミュエルの耳元で囁くように聞こえた。その懐かしい声と穏やかな口調にサミュエルの目尻からぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちる。


「ありがとうおばあちゃん。ありがとう、お菊……さようなら」


 段々と白さを増していく靄のその先でお菊がサミュエルへと振り返る姿がかすかに見えた。お菊は愛らしい笑顔を見せると小さく手を振った。



 遠くで自分を呼ぶ母の声が聞こえる。


「……ム!……サ……!…………サ…ム……!」


 その声に導かれるようにサミュエルは意識を浮上させていく。


「サ…ム! サムッ!!」


「……マ…マ」


 視界の開けたその先に、いくつもの涙を流す母と数人の大人達が心配そうにサミュエルを覗き込んでいた。その中には除霊の準備をしに行ったエマの姿もあった。唯は意識を取り戻したサミュエルに縋りつく。


「サム……! 良かった……! 本当に良かった! ありがとう、お菊……サムを助けてくれて……本当にありがとう……!」


 母の言葉にきょとんとするサミュエルにエマが笑いかける。


「人形がサミュエルの傷を塞いでくれてるの。でも治ったわけじゃないから医者に診てもらわなきゃね」


 貫かれた腹部に目をやると、そこには艶やかな黒い髪がサミュエルの傷を塞いで止血するように巻き付いていた。まだ痛みはあるが、お菊がしてくれた最後の贈り物に手を置いて確かめる様にそっとさする。


「坊や、これ」


 お菊にメイクを施してくれた白人女性が、なるべく綺麗に組み立てた人形をサミュエルへと崩れないようにそっと手渡す。


「ありがとう……」


 サミュエルは大切な家族をぎゅっと抱きしめ一粒の涙を流すのだった。



 避難していた者達は静かになった地上へと出て行った。そこには大量の黒い髪が残され、その黒い髪に潰された生命体の死体がいくつも絡まっている光景が広がっている。


 そしてその黒い髪の中から埋もれていただけの軍人達が這い出ているところでもあった。


「マシュー! お前、生きてたのか!? しぶてぇ野郎だ!!」


 黒いうねりが活動を止めたのを見て屋上から下りていたケネスとルーカスの前に同じく埋もれていただけであったマシューも顔を見せる。


「いいから早く助けてくれない?」


 ずれた眼鏡をかけ直しながら二人へと手を伸ばし、その手をケネスもルーカスも嬉しそうに力強く掴むと勢いよく引っ張り上げた。


「よく無事だったな」


「あぁ、どうやら呪われたのは奴らだけらしい。本っ当、命拾いしたよ」


 窒息するかと思ったけどと軽口を言うマシューの肩を二人は組むと、今だけはこの勝利とひと時の安息を楽しむのであった。



 組み立てられた市松人形を前に、施設内にいたすべての者達が集まって哀悼の意を表すと同時に敬意を払うために敬礼する。


 そこにはこの施設に遅れて避難をしてきた父ウィリアムの姿もあった。


 銀行の地下シェルターに隠れていた父達を軍人が助け出してくれたのだ。ウィリアムは唯とサミュエルの肩を抱きながら、これからお別れする市松人形を一緒に見つめる。


 エマは市松人形を白い箱にそっと移すと蓋をし、十字を切った。


 魂が昇華し、空となった器の中にお菊以外の魂が入らないように人形を処分するためゆっくりと箱に火をつける。


 燃えて黒くなっていく箱をサミュエルは悲しい気持ちで見つめるが、市松人形をエマに任せると決めたので目を逸らすことはしない。


 もうお菊を安心して休ませてあげたかった。


 そして祖母と一緒にいられるようにしてあげるためにサミュエルは辛い決断をし、愛する家族を静かに見送ることを選択したのだ。


 だが、未知の生命体との全面戦争が終わったわけではない。むしろ始まったばかりである。パトリックは弔いの炎を背に軍人達に厳しい視線を向けると宣誓する。


「我々を救ってくれた友は今、安らかな眠りへとついた。これからは、我々人類と奴らとの戦いになる。しかし! 友はかけがえのないものを残していってくれた! 今この瞬間から我々人類の反撃が始まり、そして! いつの日か必ず我らは勝利する!! 奴らの背を砕き、心の臓を曝け出させ、一撃を見舞わせる!! この尊い情報は今や世界中で広がり、希望となりつつある! さぁ、諸君! これより世界を救いに行くぞ!!!」


「イエッサー!!!」


 美しく揃った闘志に燃える声が野山へと響き渡った。


 ケネス達は疲れた体に気合を入れ、軍用ヘリへと乗り込む。これから始める人類救出作戦へと思いを馳せ、飛び立つ浮遊感にいよいよだと外を見る。


 ケネス達を見送るサミュエル一家と目が合った。


 サミュエルはケネスに嬉しそうに笑った後、ゆっくりと手を額に持っていき敬礼をする。ケネスも敬礼を返すと、軍人達を乗せたいくつものヘリが大空へと旅だっていくのであった。



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