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第六話

 一方その頃、地下シェルターへと辿り着いたサミュエルと唯は奥へ行くよう促したエマに問いかけていた。


「人形はどうしたらいい?」


「私が準備を済ませるまで待ってて。今はまだサミュエルと人形を引き離すのは危険なの。大丈夫! できるだけ早く呼びに来るから」


「わかったわ。ありがとう、エマ」


 二人は抱きしめ合うとエマは準備をするために地下シェルターとは別の方へと駆けだし、唯とサミュエルは地下シェルターの奥へと進んで行った。


 奥には軍人ではない施設で働く非戦闘員達が何人かおり、不安そうにしていたが親子に気づくと快く受け入れてくれた。唯は感謝を述べつつ、サミュエルを少しでも安心させようと優しく頭を撫でる。


 だが、サミュエルは変わり果てた市松人形を見つめたまま一言も発しない。何を考えているのかわからない息子を唯はただ静かに見守る事しかできなかった。


 サミュエルは可哀想な姿になってしまったお菊を見つめながら大好きな祖母との思い出を振り返っていた。


 夏の終わりの夕暮れ時。少し涼しい軒下の縁側でサミュエルは祖母の畑で採れたスイカを口いっぱいに頬張り、時折涼しさを伝える風鈴の音に耳を澄ませる。


 祖母はその隣でお菊の髪を竹細工の細かな櫛で端正込めながら梳いていたが、物珍しそうな視線を感じた香織は手を止めずに愛しい孫を見る。興味あり気な目に小さく笑った。


「こうしてあげるとね、お菊ちゃんが喜んでくれるの」


「人形なのに喜ぶの?」


「そうよ。こうやって大事に大事にしてあげるとね、お菊ちゃんもおばあちゃんを大事にしてくれるのよ」


 人形が祖母を大事にするとはどいうことなのだろうか。首を傾げて無言で訴えかけるサミュエルに香織はまた柔らかな笑みを向ける。


「サムだって人に優しくされたら嬉しいでしょ? その人を大事にしたいなって思うわよね。物だって大切にされたいのよ。大切にしてあげればあげる程、それに応えようと頑張ってくれるの」


「んー……?」


「ようは長持ちするってこと。お菊ちゃんも大事にしてあげればサムがいつか結婚して子供ができた時だって綺麗な姿でいられるの。そして、ずっとずーっと見守ってくれるのよ」


「人形が?」


「そうよ。いつも綺麗にしてくれてありがとうって守ってくれるのよ」


「ふーん……」


 祖母が慈しむようにお菊を見つめる目がサミュエルは好きだった。まるでもう一人の大切な家族を見るその目に、日本にいられないサミュエル達の代わりに祖母の心の支えになってくれている感謝が幼いながらにあったのかもしれない。


 おばあちゃんを最後まで見守ってくれたお菊。そして何度もサミュエルと唯を助けてくれた。こんなに、ボロボロになるまでずっと……。


「ママ、はさみ持ってない?」


「え? き、急にどうしたの?」


 凶器にもなり得るような物を求められて唯の心臓が小さく跳ねた。サミュエルは母の心配を感じ取ると安心させるように顔をいつものように明るくさせ、声を弾ませる。


「お菊の髪を綺麗に整えてあげたくて。だってお菊は女の子だよ? 綺麗な方が喜ぶでしょ?」


 いつものサミュエルの笑顔に唯はほっと胸を撫で下ろす。


「えぇ、そうね。綺麗にしてあげましょう」


 微笑み合う親子の会話を近くで聞いていたふくよかな黒人女性が話しかけてくる。


「私理容師なの。よかったら私に切らせてくれない? 大丈夫! ここの軍人達のイカした髪型、私がしてあげてるのよ」


 軽くウィンクをした女性の優しさにサミュエルと唯は嬉しくなってまた笑い合い、サミュエルは女性に市松人形を差し出した。


「さぁお嬢ちゃん、立派なレディーにしてあげるからね」


 女性は理髪用のハサミを手に、鼻歌を歌いだし楽しそうに軽くステップを踏みながら手際よく市松人形のバラバラに伸びた髪を丁寧に整えていく。綺麗になっていくお菊を見つめるサミュエルの目も以前のような明るさを取り戻していった。


「できたわ!」


「すごい、ありがとう!」


 元の切り揃えられた髪型に艶のある光沢が戻った黒髪にお菊の顔も少しだけ穏やかになった気がした。だがまだ綺麗にしてあげたくて顔の汚れを取ろうと服の袖で拭おうとしたが、もう一人の若い白人女性に止められる。


「待って坊や。私のメイク道具で綺麗にしてあげる」


 女性はポーチからメイク道具を取り出すと、お菊の肌にパフを滑らせ綺麗にしていった。他にも頬にほんのりと血色をつけるためにチークもふんわり乗せる。


「できた。ふふ、可愛くなったわよ」


「ありがとう、お姉さん」


 以前にも増して美しく、可愛らしくなったお菊をお披露目するように皆に見せると明るい雰囲気にいつの間にか集まって来ていた他の避難民達の心も軽くした。誰からともなく拍手すら巻き起こり、一時の明るさを共有する。


「ぐあぁっ!!」


 その時、シェルターの扉から生命体の腕が突き抜け、その穴を広げる様に横に振り払った力で扉ごと破壊され、そこから生命体が姿を現した。


 もう片方の腕にはすでに事切れた軍人が体を貫かれ、生命体はシェルター内の人間を恐怖で弄ぶようにその軍人の死体をシェルターの奥へと投げ捨てる。


「うわあぁぁ!!」

「きゃああぁぁ!!」


 もっと奥へと逃げようとする流れに巻き込まれ、サミュエルは人の波の衝撃でお菊から手を離してしまった。


「あ、お菊が!」


 部屋の中心に落ちた人形に手を伸ばそうとしたが、唯に腕を掴まれ引き寄せられる。生命体は初めて見る人間の行動を観察したあと、落ちている人形に視線を移した。その小さな物体を大きな細長い指でつまみ上げると顔の前まで持ち上げる。


 目を細めた後、すぐに興味を失ってその場に落とすと、大きな足で踏みつけた。


「お菊!!!」


 頭と胴体が離れ、人形の中心部が潰れてしまった大切な家族の無残な姿にサミュエルは怒りと悲しみで頭が沸騰しそうであった。その衝動のままに唯の手を振りほどき、生命体へ向かって駆けだす。


「よくもお菊を!!」


「だめよ!! サム!!!」


 母の言葉もサミュエルには届かず、力の限り生命体へと殴りかからんと拳を上げた。生命体はサミュエルの小さな体に容赦なく鋭く変形させた腕を腹部に突き立て背中の外まで貫通させるとゆっくり軽い体を持ち上げる。


「ぐっ……げぇ……っ」


「サム!!!」


 口から大量の血がこぼれ落ち、目からポロポロと生理的な涙が床へと消えていく。それでもサミュエルは怒りに満ちた目を生命体へと向け続けた。


 生命体はサミュエルを一瞥したあと、叫び声を上げる唯に向かってサミュエルの体を放り投げた。唯は床に落ちる寸前、サミュエルの体に自分の体を滑り込ませ叩きつけられる前に息子の体を抱きとめ、意識を失っていく愛しい我が子を何とか呼び止めようとサミュエルの名前を叫び続ける。


「サム! だめよ、サム!!!」


 母の涙がポタポタと頬に当たる感触も、自分の名を呼ぶ声も次第に遠のいていく。


 生命体は怯える人間達に一歩、また一歩と近づいていった。避難民達は震える体を奮い立たせると唯とサミュエルを後ろへと引っ張っていき、身を守り合う様に体を寄せる。


 生命体が目の前まで来ると、次の衝撃に耐えようと顔を伏せ身を固め合う。生命体はその結束を打ち壊すために腕を再び鋭く変形させると大きく振り被った。


 その瞬間、小さく電気が明暗した。


 僅かな空気の変化にピタリと生命体が動きを止め辺りを見渡す。避難民達はいつまで経っても襲ってこない衝撃に顔を恐る恐る上げた。


 ジジ……と小さな音を立て電気は次第に激しく明滅を繰り返し始め、その激しさに耐えられなくなった電球が一つ、また一つ火花を散らしながら弾けて消えていく。


「キシャアアァァッ!!」


 突然の出来事に生命体は怯えを隠すように張り裂けんばかりの奇声を上げ見えない何かに威嚇するが、その口から白い息が吐き出された。


 そしてその白い息は人間の口からも漏れ始め、寒さから体が震えだす。体の芯から底冷えするような異常な冷気に地下シェルターにいたすべての者が何が起きているのかと同じく辺りを見渡し始める。


 すると、電気がピタリと明滅を止めた。


 生き残っている電球が薄暗くシェルターの中を不気味に灯す。まだ異様な気配が治まらない部屋に、低い呻き声を発しながら警戒を解かない生命体の背後に赤い着物を着た少女が静かに立っていた。


「女の子……?」


 生命体と奇しくも対峙していた避難民達にはその少女の姿がはっきりと見えていた。小さな口をへの字に結び、鋭い目を生命体へと向け睨みつけている。


 生命体は人間達の視線が己の背後へと向けられていることにようやく気づき僅かに振り返ると、今まで見てきた人間達とは明らかに違う見慣れない服装をした小さな少女に怒りを見せつける様に咆哮をぶつけた。


「キシャアアァァッ!!!」


 だが少女は微動だにせずゆっくりとした動作で手を上げ生命体を指さすと、怒りと憎しみを込め一言日本語で呟いた。


「死んじゃえ」


 床に転げていた市松人形の髪が目にも留まらぬ速さで伸び、一瞬で生命体の体を縛り上げた。


「グギュッ、ガッ!!」


 拘束から逃れようともがく生命体をぐしゃりと潰し、その生命活動を即座に終わらせると大量の黒い髪は次の獲物を探し求めるように地下シェルターの外へと這いずっていく。


 そして伸び続ける大量の黒い髪は濁流となって施設内にいた生命体も人間も無差別に飲み込み、やがて激しい戦闘を繰り広げていた外へと流れだし始めた。


「な、なんだ!?」


 建物から大量に溢れ出てくる黒い物体に軍人達は驚き身構えたが、それすらもものともせず押し寄せる大量の毛髪に為す術無く埋もれていった。


「建物の上へあがれ!!」


 その様子を戦いながらも見ていたケネスは人間を避難させるために声を張り上げ、逃げることが難しい者達に手を貸しながら自分も避難を開始する。


「グギャアァ!!」


「しまっ……!」


 背後からケネス達を襲おうと飛び掛かってきた生命体を黒い濁流が素早く飲み込むと、その生命体の姿は見えなくなった。しかし、黒い川の中からぐしゃりと何かが潰れる音を聞き、顔を青くさせる。


「急げ! 早く上に逃げろ!!」


 ケネスとルーカスで怪我人を両肩で支え、屋上へと続く階段を駆け足で登り続ける。やっとのおもいで屋上へと駆け上がると怪我人を他の者に任せ、眼下に広がる黒一色の光景を恐ろし気に見下ろした。


「キシャッシャアァァ!!」


 何体かの生命体が必死に壁を駆けあがって来るのが見えて銃弾を一斉に浴びせる。一瞬怯んだ生命体を黒い濁流の一部が僅かに片足を絡めとると容赦なくその巨体を引きずり込みぐしゃりと潰す。


「助けてくれ!!」


 聞き覚えのある声に振り向き銃を構えた先に、屋上近くまで登りきろうとしていた生命体に体を掴まれてしまったマシューがいた。


「すぐに助ける!!」


 ルーカスや他の者が生命体に銃弾を浴びせケネスがマシューを引き上げながら手榴弾のピンを抜き、生命体の大きく開けた口の中へと放り込む。


 思惑通り手榴弾を飲み込んだ生命体の腹部は爆発し、下半身がぼとりと黒い川へと沈んでいった。だが、最後の抵抗とばかりにマシューの片足に指を食い込ませると凄まじい力でマシューの体を引っ張る。


 その力にマシューの体は仲間の手から無理やり引き離された。


「うわああぁぁ!!!」


「だめだ、マシュー!!!」


 生命体の上半身と共に落下したマシューの体は黒い濁流へと飲み込まれ、下から小さく何かが潰れる音がした。


「そんな、マシュー!!」


「……嘘だろ、クソッ」


 悲しみに暮れるケネスとルーカスはその場に膝をつくと無力な自分達を責めるのであった。



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