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第五話

 大量の戦車や装甲車が行き交い、沢山の軍人達が己の命を全うするため四方八方を忙しそうに走り回っていた。


 ここは軍隊が保有している施設の一つであり、街を守るために作戦・指示・出撃を主に任されている場所の一つである。そしてサミュエルと唯は民間人でありながらその作戦本部が置かれている簡易的な外のテントへと案内されていた。


 顔に深い皺を刻んだ歴戦の将と言えるこの施設と軍隊の最高責任者であるパトリックは、眼前に並べられた黒い髪の毛と憎き生命体の潰れた死体に難しい顔をしたあと、サミュエル親子とその手にある市松人形を何度か見比べる。


「……本当なのか? その呪いなどというのは」


 親子を連れてきたケネスは訝しむ上官に真面目な顔で答える。


「信じられないのも無理はありません。ですが大佐、俺達はこの目で見たのです。その証拠にこの死体には銃弾の痕は一つもありません」


「うーむ」


 確かにこの生命体の死体は潰れているだけで弾の痕がない。そのおかげで比較的綺麗な死体は今、奴らの弱点を探るために解剖にまわさせている。


 未知の生命体の外皮は固く、弱点もわかっていないため人類は大きな苦戦を強いられていたのだが、この街だけがその生命体をどこの地域や国よりも倒している。


 しかし、隊員一人一人に装備させている小型カメラの記録映像はなぜか肝心の生命体の殺害映像時だけ激しいノイズが走り、決定的な証拠として大統領府に報告できないでいた。


 それが日本の人形の呪いによるものであるなど報告できるわけがない。


「……仕方がない。とにかく今は解剖の結果を待とう。それまでこのことはできる限り秘匿とする」


 大佐の決断に会議に参加していた将校達も頷くしかなかった。


「人形はどうされます?」


 一人が疑問を呈すると皆の視線が一斉にサミュエルへと注がれ、サミュエルはその視線の居心地の悪さから母に体を寄せる。


 するとテント内の電気が明暗を繰り返し始めた。


「な、なんだ?」


 不思議な現象に上を見回していた大人達だったが、少しずつ気温が下がっているような気がして無意識に手をさすり始める。


「誰もあなたに敵意なんて向けてないわ!」


 記録係をしていた若い女性隊員がサミュエルの前に立ち、まるで人形を説得するかのようにお話しかけた。その行動にパトリックは片眉を動かすとその女性隊員へ説明を求める。


「エマ、どういうことか説明してくれ」


「えっと、あー……その、私、霊感があるんです。……この人形、暴走しかけてます」


「暴走?」


「はい、怒りと恨みが強くなっています。これ以上の刺激は危険かと」


「ではどうすればいい?」


「……私としては完全に手が付けられなくなる前に今、除霊した方がいいと思います」


 言いづらそうにサミュエルをチラリと視界に収めながらエマと呼ばれた隊員は、次はサミュエルを説得しようと膝をつきサミュエルと目を合わせた。


「サミュエルだっけ? その人形、大事なのはわかってる。でもこのまま放っておくととんでもないことになっちゃうの。だから、えーと……」


「除霊って、お菊をどうするの?」


 不安そうにエマに問いかけるサミュエルにエマは言葉が詰まった。エマの考えている除霊とは、人形に宿る魂を昇華させたあと悪しきものが宿らないように人形を焼くというやり方だったからだ。


 つまり、最後は人形を処分しなければならない。


 エマから見て、お菊はサミュエルを守ろうとしていることは分かっていたが、怒りと恐怖などの負の感情を吸い過ぎて制御できなくなっていることも分かっていた。


 この子供を守るためにはやるしかない。意を決してエマはサミュエルに向き合う。


「サミュエルよく聞いて。その子は今、色んな負の感情を吸い過ぎて苦しんでるの。だから、君を傷つけてしまう前にその子は君のおばあちゃんのところへ送ってあげた方がいい。お空に……返すの」


 サミュエルのおばあちゃん。その言葉に唯は確信した。エマの霊感は本物であり、エマはサミュエルを想っての提案だということを。


「サム、悲しいけどお姉さんの言う通りにしてお菊をお願いしよう? その方がきっとお菊のためになる。ね? お菊をお姉さんに渡してバイバイして」


 大人二人に真剣に見つめられて困惑していたサミュエルだったが、ふと小さな女の子の笑い声が聞こえた気がした。声のした方を振り返ると、テントから少し離れたところに赤い着物を着た黒い髪の女の子が立っているのが目に入る。


 あまりの場違いな光景に女の子の姿が浮き出て見えているようだ。女の子から目が離せないでいると、次第に周りの音が遠のいていき、その女の子だけが色濃く見え始める。


 女の子はサミュエルに笑いかけると一言呟いた。


「ねぇ、一緒に遊ぼう」


 遠くにいるはずなのにクスクスと小さな笑い声が鼓膜中に響き渡る。耳を塞ぎたいのに手が動かない、いや、体全体が硬直したように動かせない。そして気づけば辺りには人がいなくなっており、サミュエルと女の子だけになっていた。


 金縛りだと思った時にはもう遅かった。動けないサミュエルに少しずつ、少しずつ近づいてくる女の子。


 あり得ない現実にサミュエルの心臓は早鐘を打ち続け、全身に嫌な汗が纏わりつく。何とかもがこうと体を動かしたサミュエルの耳に今度は何かが足元から上へと向かって這いまわるような音と感触に目だけを下に向けた。


「……っ!」


 黒い髪の毛がサミュエルの体を覆い尽くそうと這い上がってきている。膝を越え、胸を越え、喉元まで覆われたところで再び前方に視線を戻した。


 眼前のすぐそこに女の子の顔があり、口角の両端を小さく上げている。


『お菊……!』


 声にならない声を上げたサミュエルを見て、その子はまた小さく声を出して笑った。


「サム!!!」


「っ!!」


 両肩を掴まれ大きく揺さぶられる感覚と、母が自分を強く呼ぶ声にハッと我に返る。


「サム? サム、大丈夫!? ママがわかる?」


 今にも泣きだしそうな母と心配そうに自分を見守る大人達に、戻ってこれたという安堵と全身の嫌な汗に詰められていた息を吐きだし母に応えようとしたが、喉の奥に張り付いた違和感に遮られた。


「うっ…………う”えっ!」


 その違和感が喉奥からせり上がるのを感じて苦しさから逃れようと口の中の不快な何かを手の平に吐きだす。


「……え」


「サ、サム、これって……!」


「嘘だろ? 何でその子から髪の毛が……」


 サムの小さな手の中には少量の黒い髪の毛が散らばっていた。呆然と髪の毛を見つめるサムを唯は守るように抱きしめ、大人達は困惑することしかできなかった。


 『お菊が、僕を……』


 サミュエルは母に抱かれながら片方の腕に抱えていた大切な市松人形を見る。そしてその姿を目にしてぎょっとした。


 市松人形の髪は所々が乱雑に伸び、ボサボサに乱れている。顔は薄汚れ、見ようによっては怒りを含んでいるように見えたのだ。人形を見つめてまた固まるサミュエルに気づいたケネスはエマに叫ぶ。


「エマ! 早く人形を捨ててくれ! このままじゃサミュエルが殺される!」


「捨てるだけじゃだめ! 除霊しなきゃ!」


「じゃあ今すぐ除霊してくれ!!」


「無茶言わないでよ!! 準備がいるの!!」


 二人が激しく押し問答をしていると施設全体が大きく揺れ、爆発音が響き渡った。突然の襲撃にけたたましい警報音が鳴り、外では黒い煙がそこかしこから立ち上り始める。


「全軍出撃だ! 奴らに好き勝手させるな!!」


「はっ!!」


 パトリックの号令に軍人達は武器を手に次々と出撃していったその時だった。全員の無線から小さな電子音が鳴ると、待ち望んでいた朗報が舞い込んでくる。


「皆! 解剖の結果が出たぞ! 奴らの背中の上部に僅かだが外皮の盛り上がりがあり、そこを衝撃ではがせば心臓のような臓器がある。そこが奴らの弱点の可能性が高い! 健闘を祈る!」


 ピッと電子音が消えると喜色を含ませた顔をお互い見合わせ気合を入れた。


「聞いたか!? 全軍、一体につきスリーマンセルで挑め! 二人が撹乱し、その間に一人がコアを破壊だ!!」


 パトリックの指示に勢いよく飛び出して行く軍人達を見送った後、パトリックはエマに特別任務を与えるため振り返る。


「エマ、君は親子を地下シェルターまで連れて行った後、除霊の準備を」


「了解! さぁ、二人ともこっちへ」


 サミュエルと唯はエマについて軍人達とは逆方向に走り出す。ケネスは親子が避難したのを見届けると武器を手に敵と戦うため同じく走り出しその後ろをルーカスとマシューが続いた。



 施設のいたるところで生命体の襲撃を受けていた。


 正面からの銃弾を浴びせてもやはり奴らは怯みもしない。何人かの軍人が殴り飛ばされ、体を貫かれては散っていく。


「くそー!! いい加減にしやがれこの化け物!!」


 ルーカスは仲間を殺された怒りを一体の生命体にぶつけた。生命体は学習しない下等生物をあざ笑うかのように腕を振り上げる。その隙をついて今度はマシューが生命体の側頭部を至近距離から撃ちぬいた。


 頭を激しく揺さぶられたのが気に入らなかったのか、次はマシューへと矛先を変え大口を開けると奇声を発しながら襲い掛かる。


 完全にマシューへと集中する生命体の背後を取ったケネスは、低く折り曲げながら歩く足の段差を利用し駆け上ると、僅かに盛り上がっている外皮に小型の接着爆弾を取りつけ素早く離れ、躊躇せず爆破させた。


 周囲の空気が振動する程の爆音が響く。


 そこそこ破壊力のある爆弾によって壁が崩れるかの如く、外皮は綺麗に崩れ去り脈打つ心臓の様な臓器が姿を現した。


 その心臓と思われる臓器を中心にするように何本もの管が体中へと伸びているのが見える。


「あれが心臓(コア)か!?」


「キシャアアァァッ!!!」


 大事な部分を空気にさらされたことを怒ったのか、次の怒りの矛先をケネスへと向け、凄まじい勢いで襲い掛かって来る生命体にケネスは一瞬怯んでしまった。


 鋭くさせた腕をケネスへと振り下ろそうとした生命体は、一発の発砲音に合わせるように大きく体をビクつかせた後、その巨体を地面に沈ませた。


 倒れた生命体の後ろにはハンドガンを構えたルーカスが立っている。


 ルーカスがコアを打ち抜いたことに気づいたケネスは生命体の生死を確認するために近寄った。すると、生命体の大きな黒目は、徐々に白く濁っていきピクリとも動かなくなる。


「死んだ……死んだぞ! やはりあれが弱点だ!」


「すごいぞ! 本当に奴らの弱点を見つけたんだ!」


「よし、援護しに行くぞ! 奴らを一匹残らず殲滅させる!!」


 ケネスは無線で今起きたことを報告し、マシューとルーカスは他の軍人達を援護するために駆け出した。



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