第四話
見事な連携で銃口を部屋中に構えていたが、親子を見つけると一人の合図で全員が銃を下ろした。
「民間人二人を発見した」
一人の軍人が無線で情報を共有した後、すぐさまサミュエル達に近寄る。
「大丈夫か?怪我は」
「ないわ。救助に来てくれたの?」
「そうだ。安心してくれ、外の避難所へ向かう。我々についてきてくれ」
待望の救助にホッと胸を撫で下ろし、笑い合う親子を確認しながらも男は少年が抱きかかえている異国の人形と目が合った気がして顔を僅かにしかめた。
「その人形は……」
「うわ! 何だこれ、ケネス! ちょっとこっちに来てくれ!」
少年に話しかけようとしたこの小隊の隊長であるケネスは出鼻をくじかれたように感じたが、慌てたような報告を優先するため声を上げた男、ルーカスのもとへと駆け寄る。そして報告を聞く前にケネスもその異様な光景を目にして困惑した。
「な、んだ……そいつ死んでるのか?」
「あぁ、体を潰されてる」
ルーカスは膝をつき、生命体の死を念入りに確認したあと静かにそう返答する。ケネスも膝をつくとルーカスと小声で話した。
「体を潰されてるって、どうやって? こいつらの硬さは知ってるだろ」
「俺にもわからん。そっちの二人が何か知ってるかもな」
ケネスが他の隊員に目配せをすると事情を察した隊員達が散っていき、それぞれが警戒網を敷く。ケネスは立ち上がると親子に近づき何があったのかを問おうとした。
「お菊が助けてくれたんだ」
「おきく?」
問いかける前にサミュエルが答えると聞き慣れない名前に思わずオウム返しの疑問が口からでた。サミュエルはケネスの疑問に答えるため市松人形を差し出し、ケネスはそれを恐る恐る受け取った。
「その人形の名前。お菊が僕達をあの宇宙人から助けるために殺してくれた」
信じられない解答に訝しみ黙り込んでしまったケネスの手から、黒人隊員のローガンが横から人形を掻っ攫った。
「この不気味な人形があのクソ野郎を殺したって? なら、他の奴も殺してくれるよう仕事を依頼しなきゃな」
「お菊を雑に扱わないで!」
片手で上に下にと雑に観察する隊員から人形を取り返そうとサミュエルが飛び掛かるが、普通の大人よりも体格の良い軍人に敵うはずもなく軽くあしらわれた。
「おい、ローガン! 遊んでないで返してやれ!」
「はいはい」
ローガンは軽く肩をすくめるとサミュエルに人形を返した。雑に振られていた人形の髪が乱れていることにサミュエルは憤りを感じてローガンを睨んだが、不満を口には出さずお菊の髪を整えるために撫でつける。
気味の悪い子供だと隊員達の心情が一致した時だった。
「嘘じゃないわ。息子の言ってることは本当よ、きっと……その人形が殺したの」
「はぁ?」
今まで黙って様子を伺っていた母親の言葉に全員が耳を疑った。
「その市松人形、外の車に置いてきたはずなのに、その……息子についてきたのよ。ごめんなさい! 変な事言ってるのはわかってる! でもっ……本当なの」
真剣な顔で説明する唯に隊員達は顔を見合わせる。誰一人信じることができず、きっとこの親子は恐怖でイカレてしまったのだろうと結論付けた。
だがそうなるとこの生命体の死は説明できないが、その疑問はそれぞれの胸にしまう以外方法はなく、それよりも優先すべきことを実行する。
「とにかく、まずはここを脱出しよう。ついてこい」
隊員を先頭に再び銃を構えながら次々と部屋の外へ出て行く。真ん中に親子を挟んで、最後の隊員が後方を確認し異常がない事がわかると隊列に加わる。鮮やかな連携に安心し、身を任せる親子と一緒に軍人達は周囲を警戒しながら黙々と地上への出口を目指した。
暫く歩いていると、小さな電子機械音が軍人達の耳元で反応する。どうやら隊員が常備している無線の様だ。
「こちら作戦本部。ローガンの心拍数が以上に高いが大丈夫か?」
「何? 本人に確認する。ローガン、大丈夫か?」
ケネスは報告を受けるとすぐさまローガンに振り返った。
「……あぁっ、問題、ない……」
ローガンはそう答えつつも顔中に大量の汗をかいている。何より呼吸が苦しそうだ。
「問題ないことないだろ、お前すごい汗だぞ」
ローガンの近くを歩いていた眼鏡をかけた隊員マシューが心配そうにローガンの顔を覗き込む。
「ぐっ!……う、ぅっ!」
「お、おいローガン!」
ローガンは突然胸を抑えると苦痛から呻き声を口から漏れ出すと、我慢ならないとばかりにその場に座り込んでしまった。
「隊長、ローガンが!」
「どうした! 胸が苦しいのか!?」
「う、うぅっ……ぐあぁ、ッ…!……っ」
「ローガン? ローガン! しっかりしろ!! ルーカス、心臓マッサージだ!」
「あ、あぁ!」
ローガンは胸元の服を手の甲の血管が浮き出る程握り締めていたが、ふっと力が抜けその場に倒れた。息をしていないローガンを助けようと軍人達が慌てる中、親子は救助を邪魔しないように静かに見守る。
「ローガン! 戻ってこい……! ローガン!!」
懸命に心臓マッサージを繰り返し、蘇生を試みる隊員達の後ろには赤い着物を着た女の子が立っていた。だが、皆がローガンに集中しているため気づかない。
また小さな電子音が鳴った。
「状況はどうなっている? ローガンの心拍停止を確認したが何があった? 報告を」
「……ローガン、おそらく心臓発作で……死亡……」
「……了解。とにかくそちらに援軍を送る。引き続き民間人の安全を確保しろ」
通信が消えると沈黙が耳に痛かった。
「ロ、ローガンは健康に全く問題なかったはず……なぜ? 未確認の攻撃か?」
「……いや、それならここにいる全員死んでもおかしくない」
「お菊がやったんだ」
子ども特有の高い声に一斉に振り返る。
「なんだと?」
「お菊を雑に扱うから殺されたんだ」
「サムやめて!」
唯はサミュエルの口を塞ぐが一足遅かった。
「ふざけたこと言うな。子供だからって許さねえぞ」
「やめろルーカス」
「でも隊長!」
仲間の不可解な死を煽るような子供の発言に人一倍仲間想いなルーカスは燃えるような怒りを抑えられずサミュエルを責める。確かにローガンもサミュエルが大切にしている人形を雑に扱い、不愉快な気持ちにさせたかもしれない。
だが、時と場所を考えるべきである。さらに信頼し、いくつもの死地を共に潜り抜けてきた戦友の冷たい制止の言葉にも苛立ちが募る。
「おい見てくれ!……嘘だろ」
遺体を確認していたマシューがひりつく空気を打ち消すように皆を呼んだ。何かに怯えるマシューに疑問符を浮かべながらもルーカス達は遺体の側に行く。マシューはこの場にいる全隊員を確認すると、ライトをローガンの口元に寄せた。
「な、なんだよ、それ……!」
「黒い、髪の毛だ」
ローガンの口の中から大量の黒髪が詰め込まれていた。そのことに気づいた隊員達は一斉に唯を見る。この場に黒髪は日本人である彼女だけだからだ。
「私じゃないわ!」
「……すまない、もちろんわかっている! それに、君の髪の長さじゃ足りない」
咄嗟にサミュエルを抱きしめ隊員達を威嚇する唯に、違うとわかってはいたがつい振り向いて原因を特定しようとしてしまった。そして次にサミュエルが大事そうに抱える市松人形に全員の視線が集中する。
「そのガキが言ってることが本当なら、その人形を破壊しよう」
「!? だめ!!」
人形を破壊などそんな事は受け入れられるはずのないサミュエルは家族を庇うように人形を抱え込み軍人達に背を向けた。
「待てってルーカス。落ち着け」
「でもケネス!……ローガンがくそったれの宇宙人じゃなく、たかが人形に殺されたなんてそんなのあんまりだ……! 確かにあいつは調子に乗りすぎるところがあった。でもあのくだらねえ明るさに俺達はいつだって助けられてきただろう!!」
「……だからと言って、その子の大切な物を奪っていい理由にはならない」
「ケネス!!!」
ルーカスは頑固で信念を曲げないケネスに苛立ちが限界に達すると胸ぐらを掴み上げた。今にも殴りかからんばかりに怒気を発するルーカスをケネスは無言で説得を続ける。
「熱い所悪いけどちょっといい? お二人さん」
「なんだマシュー!!」
戸惑う他の隊員を背にマシューは冷静に努めようと言ったん眼鏡をかけ直し一呼吸する。
「その人形は日本の市松人形だ。岩国に一時期いたからちょっとなら知ってる。結論から言うと、その子を押しのけて人形を破壊するのはおすすめしない」
「は? なんでだよ」
「日本では、物に魂が宿ると考えられてるんだ。特に長く愛用していたり、人の形をしたもの……とかね」
「だったらなんだっていうんだ!このガキが言ってることが本当ならこの呪いの人形はローガンを殺しやがったんだぞ!!」
怒りの矛先をマシューに変えたルーカスに尚もマシューは冷静に説明しようと努める。
「それはローガンが雑にあしらうからだ。見たところその人形はとても大事にされている。だからローガンを敵と認識してしまった」
「ふざけんな! 人形の扱いがお気に召さないってだけで殺されるなんてイカレてるだろ!」
「そうじゃない! ローガンのその子に対する態度のことだ。人形はただ持ち主のこの子を守ろうとしたんだ。言っただろ? 魂が宿るって。その人形は生きてるんだよ」
そこまで言い終わったと同時に突如生命体の鋭く大きな腕がけたたましい音を立てながら壁を付き壊し、近くにいた一人の隊員を殴り飛ばすとその巨体を曝け出した。
「敵襲!!!」
ケネスの怒号に隊員達はすぐさま配置につき、銃口を向けると一斉に射撃を開始する。
「マシュー! 二人を安全な所まで連れて行け!!」
「了解! さぁ、こっちへ!」
銃弾が飛び交う戦場の中をサミュエル達は必死にマシューについていく。だが突如壁からもう一体の生命体が飛び出し行く手を阻まれた。
「下がれ!!」
襲い掛かる生命体にマシューは親子を背に庇いつつすぐさま銃弾の嵐をお見舞いする。激しい音に怯えながらも唯はサミュエルを抱きしめ、サミュエルは震える体でお菊に縋った。
「助けて、お菊……!」
そう助けを求めた瞬間。通路の気温が急激に下がった気がした。
そしてどこからともなく大量の黒い髪の毛が壁や床を這いずり回りながら二体の生命体の体を覆い尽くしていく。
「な、なんだ!?」
人間を素通りし、生命体だけを絡めとり、じわじわと締めつけを強くさせる。生命体は何とか逃れようと体を捩るが先程死んだ生命体と同じように締めつけの圧力に耐えられず、徐々に体が中心へと寄っていった。
「キッ…シャアァァ!!!」
最後の抵抗とばかりに咆哮を上げたがぐしゃりと潰れて床に倒れこむと瞳を白く濁らせ絶命し、だらしなく開いた口からごぼりと黒い塊を吐きだす。その光景を呆然と隊員達は見届け、唯は一つの真実に辿り着く。
「あの時と、同じだわ。見えなかっただけで、こうやって……死んだのね」
唯の呟きに最初の一体のことだと気づいたケネス達はもう人形の仕業だと信じざるを得なかった。そしてあれほどあった大量の黒い髪の毛は床に溶ける様に消えていくのだった。
恐ろしいと言える出来事が終結すると、通路の奥から複数の軽い足音が響いてくる。どうやら援軍が到着したようだ。
先頭を走っていた軍人が、生命体が転がっているにも関わらず顔面を蒼白にし意気消沈している隊員達に首を傾げる。
「これはどういう状況だ?」
何も知らないある意味幸運な同僚にケネスは詰めていた息を吐きだすと一言呟いた。
「呪いだ」




