51話 匹夫
9月?日 ????
ルー・ホーピンに会う。
ロンは確かにそう言った。
私は目隠しをされ
どこかに移動させられ
ある一室に通された。
目隠しを取られる。
そこまで大きな部屋ではない。
机と椅子があるだけで
中は簡素なものだった。
机の中央の端には
一人の老人が座っていた。
思わず息を飲む。
私は駐屯地の体育館で
一度その姿を見ている。
間違いなくルー・ホーピンだった。
その横にはロンが立っており
複数の軍人たちが私に向けて
銃口を向けていた。
私は手足を縄で縛られ
椅子に座らされていた。
ルーが何か中国語で指示し
銃口を向けていた兵士の一人が
私を縛っていた縄を解く。
「喜べ、長門
ルー閣下のご慈悲により
縄を解いて貰えるそうだ」
どうやらロンは通訳を
務めるらしい。
「食事はどうだ?
今日は美味い肉を特別に
用意したぞ」
私の目の前には豪華に彩られた
食事が用意されていた。
ルーはまるで好々爺の様に
笑顔で食事を勧めてくる。
しかし、何が入っているか分からない上
数多くの仲間を殺した敵の首魁と
仲良く食事をとる気にはなれなかった。
「腹は空いていない。
食事は結構だ」
そう言って私は食事を断った。
ルーは残念そうに顔をしかめると、
自分の食事と共に私に出されていた食事を下げさせた。
「何故、わざわざ私を呼んだ?」
私の口から出た疑問は当然のものだった。
ルーは頷き、静かに口を開く。
「ワシはワシを追い詰めた者が
どんな顔をしているのか
この目で見たかったのだ」
ルーが追い詰められている?
「東京で霞という男がひたすらに、
君の身柄の返却を求めている」
「君のお仲間はワシが
戦争犯罪を行っている動画を公開し
全世界に向けて仲間が捕まっているから
助けて欲しいと涙ながらに訴えた」
「その訴えは多くの人間を
動かしている」
「ワシはそれを調べ、ようやく君に
たどり着いた」
私は傍らにいる中国兵に動画を
見せられる。
そこでは霞2曹が私の家族を連れて
涙ながらに訴えている姿が映し出されていた。
コメント欄には様々な言語でコメントが
書かれていた。
霞2曹が私の為にここまでしていくれているとは
思っていなかった。
その心境を思うと私は思わず打ち震える。
「ロンから聞いた。
長門、君は今回の戦争で
実に多くの戦いに参加しワシらを苦しめた」
「ワシらが放った特攻部隊を壊滅させ
上陸部隊の半分は君達によって
葬り去られ挙句国境を超える際には
一人で囮を引き受けた」
「戦場では生き残ること自体が難しい」
ルーはふと笑った。
「君はまことに優秀な兵士だ」
皮肉な話だった。
自国民には見向きもしなかった戦績を
敵の方がはるかに把握していた。
「ワシは今、
窮地に立たされている」
まるで被害者の様にルーは語った。
だが、我々にとって許せない行為だった。
「自業自得だろう」
私のその一言にルーは鼻で笑った。
「どうか、この哀れな老人を
助けてはくれないか?」
「動画は偽物であったと
君が証言すれば全て形はつく
シナリオもこちらが全て用意する」
「君はただそれに従えばいい」
「君は英雄になれる。
君の証言があれば、
私は戦争犯罪者ではなく和平の立役者になる。
君の家族は世界の英雄の家族だ。」
「真実など世界は欲していない。
世界が欲しいのは物語だ。」
「協力してくれれば褒美をやろう。
地位も、女も、金も、今のワシであれば
好き放題だ」
「どうだ?」
ルーの持ち掛けたその取引は
あまりに愚劣であり
私がもっとも嫌うものだった。
9月?日 ????
ルーは私に協力しろと
申し出た。
だが、私にとってそれは
愚問だった。
「ルー・ホ―ピン。
霞が世界に公開した内容は
多くの血が流れた真実だ」
「あなたは私に嘘を語れと言う。
だが私はもう、国家の嘘に人生を奪われた。
二度目はない。」
私の答えにルーはうなずいた。
「まあ、聞け。
これは君にとっては悪い話ではない」
「仲間の死の事を思っているので
あれば気にする事はない。
死人は物に過ぎない。
生きているものが生を享受すればよい」
「君たちは必死に戦った。
力を尽くして筆舌に尽くしがたい思いを
して苦難を耐え忍んできたはずだ」
「だが、国や組織や国民は
その対価に報いてくれたかね?」
その問いとルーの眼差しは
私の深い部分を突き刺そうと
鋭く切り込もうとしていた。
「ワシは答えを知っている。」
「君たちの政府は平和を語りながら戦争を準備し、
戦争を語りながら平和を売った。
その請求書を払ったのが君たちだ。」
「自衛隊は哀れな存在だ。
戦争をするために作られ、
戦争をしてはいけない軍隊。
そんな論理破綻した制度に、
人間を押し込んだ国家こそ犯罪的だ。」
「君たちは命を懸けているのにも
拘わらずだ」
「国民は批判をするばかりで
本当のところは何もわかっちゃいない。
報いようがないのだ…」
ルーの言葉は的を射ていた。
だが、同時に違ってもいた。
なぜなら私はこの戦争で
その国民の手助けもあり、こうして
生き延びてきたからだ。
「ワシなら、ワシであれば
用意してやれる!報いてやれる!」
「考えてもみろ。
君の家族が大切なのであれば
君の子供にも高度な教育を
与えてやれる」
「安定した職にも就けて
やれるだろう」
「君の家族の未来も含め私が保証してやろう、
君が今すがりついている国家は
君に対して保証をしてくれるものなのかね?」
「ワシに協力する決断をする事で
君達の家族を含め人の羨むような暮らしが
約束される。」
「これは裏切りではない。
君自身の未来を守る行為だ」
「逆に申し出を断れば
ワシは君を守る理由がなくなってしまう」
ルーは異様な熱気で語っていた。
なるほど、立場にあるだけあって
説得力のある言葉で揺さぶりにきている。
ルーの言う通りだ。
このまま、申し出を断った所で
東の政府は何も用意できないだろう。
だが……
私はこれまでの事を思い出していた。
戦場、そして負けたあとも
民間人に託されてきた思い。
日本を取り戻すという事。
死んでいった仲間達が脳裏によぎった。
少しずつの信頼の形がリレーの様に繋がり
今、ルー・ホ―ピンを追い詰めていた。
私の手でそれを壊す事は…
絶対に出来ない。
「ルー、私の望みを貴方は用意できない」
「私の望みは日本国民の平和と独立を守り
安心して暮らせることだ。」
「その為に私達は命懸けで戦ってきたんだ!」
「それは……金や、地位や、名誉なんかよりも
ずっと価値のあるものだ!!」
「貴方の様な権力者は
必死に生きている人間の意思を舐め過ぎだ。
私にはそれを裏切れない」
私は正面を見据えルーに向かいそう答えた。
ルーは毒気を抜かれたかの様に座り込み
「匹夫めが…」とつぶやいた。
「万を超える兵士を従えるこのワシが
こんな男の為に潰えるのか…」
ルーは私の目をしっかりと見据えた。
だが、その目には光が灯っておらず
疲れたように深い黒が沈んでいるだけ
だった。
「かつてはワシも理想を夢見ていた
だが、現実は残酷なだけだった」
「国家はどれだけ血を流そうとも
その意味を理解せぬ。
国に振り回されるは軍人の宿命だ」
「流れる血の意味を知っているのは
軍人だけなのになぁ」
「まったく軍人になど
なるものではない」
ルーは諦めたように目を伏せた。
ルー・ホ―ピンは間違いなく稀代の戦略家だった。
皮肉な事に戦った私達が一番理解していた。
その男が今この瞬間終わった事を
私は感じとっていた。
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