23話 愛すべき家族の元へ
8月19日1030時 善通寺駐屯地周辺
駐屯地のグラウンドには
中国軍に捕らえられた
私達自衛官の家族がいた
足と手は縄で縛られており
隣の人間へと繋がれていた
集団での逃走を防ぐためだ。
子供も女性も関係なかった。
自分の家族のその痛ましい姿に
身が張り裂けそうなほど激しい怒りが
私のなかで渦巻いた。
「紀伊3尉!!」
あいつら人質を取って」
私の呼びかけに紀伊3尉は
反応しない。
「……どこまで……
人の尊厳を踏みにじれば
気がすむのか……」
普段冷静な紀伊3尉が
怒りを露わにしていた。
「どうします?」
オレ達で助けますか?
銃は使えませんよ。
人質に当たる可能性がある」」
霞2曹が提案をする。
その言葉を紀伊3尉が
手で遮った。
「こちら、タイガー1、送れ」
無線から音声が
流れてくる。
内容は1045時に
駐屯地に前進せよ
という信じられないものだった。
上の返答は
ICR(人質状況下の軍事交渉)には
断固として応じないという答えだった。
その言葉を……
紀伊3尉は受け取った。
「紀伊3尉……」
どういう事ですか……?
駐屯地には私の妻も子供も
いるんですよ!?」」
「見捨てろっていうのか!!?」
私は自分自身の
平衡感覚を失う程動揺していた。
地面がまるでスポンジの様に
フワフワと感じた。
他の部隊でも抗議の声が
そこかしこから聞こえた。
戦争なんだ。
仕方がないのかもしれない。
勝つ事だけ考えるのであれば
人質を切り捨てるのが
正解なのかもしれない。
事実、駐屯地に残っていた
自衛官達は
人質を前に何も出来ずに
死んでしまった。
それでもそんなに簡単に
割り切れるわけではない
自分の大切な家族が
たとえ自分がどれだけ
苦しい思いをしたとしても
守りたかった家族が
死んでしまう事は
どうしても避けたかった。
たとえ命令だとしても
日本を守る為だとしても
どうしてこんな残酷な命令を
下す事が出来るのかが
信じられなかった。
私はどこまでいっても
人の親だし。
人間なのだ。
戦場の緊迫感は
ピークに達していた。
8月19日1035 善通寺駐屯地周辺
駐屯地の上空を旋回する
アパッチは何もする事が出来ず
去っていった。
制空権を取り人数面での優勢を得て
目に見える形で優勢なのに
人質を前に何もする事が
できない。
目の前に
上からの命令を前に
激しく私の心臓が
波打っていた。
人命を無視したその命令を
私は個人として従う事を
拒んだ。
私だけではなく
自衛官のいるこの
エリアが一種の動揺に
包まれていた。
紀伊3尉は真っ直ぐと
目を見る私に対し
直視できずに視線を逸らす。
紀伊3尉はしばらく
なにかを考えてやがて
慎重に口を開いた。
「長門3曹……
小隊の皆さん
信じては貰えませんか?」
「信じろって
何をです?」
紀伊3尉はこちらを
真っ直ぐ見て言った。
「私をです」
「私は今あなた達の家族を
見捨てろという命令を
下している訳ではありません」
「今言えるのは
それだけです」
その言葉は管理職のよく使う
その場限りのごまかしではない事が
感じ取れた。
紀伊3尉はいつだって我々に
対して誠実に対応してきた。
無下にしたことは
一度だってなかった。
その信頼関係がこの極限状態で
辛うじて上下関係を繋ぎ留めていた。
「1045から駐屯地に向け前進
いいですね?」
私はコクリと
うなずいた。
恐らく紀伊3尉には
確信に近い何かがある事を
私は言動から感じ取っていた。
今は紀伊3尉を信じ
命令を聞くしかなかった。
8月19日1044 善通寺駐屯地周辺
駐屯地突入まで
残り1分
緊張のあまり腕時計の
秒針を何度も見る。
1秒1秒が
気が遠くなるほど
長く感じた。
もし、この突入で
妻と子供が危険にさらされる
ようなら
たとえ自分の命が
犠牲になろうとも
私は心の片隅で
静かに誓っていた。
1045 に近づくほど、
手のひらがじっとりと汗ばみ、
トリガーにかけた
指がかすかに震えていた。
1045、突入開始
それと同時に
山岳部から3台の
輸送ヘリが飛んでくる。
恐らく敵からも見えない
様に山岳部を遮蔽物と
して利用していたのだろう
輸送ヘリだ。
アパッチの様な
攻撃ヘリではない
なら考えられる事は
一つ、空挺による
ヘリボーンだ。
ヘリを地上付近に近づけ
次々とヘリから
縄をおろして空挺部隊が
降下していく。
「止まらないで!!
前進してください!!
敵に圧力をかけて下さい!」
紀伊3尉が叫んでいた。
銃撃が聞こえ次々に
敵が倒れ行く。
しかし人質には
一切あたっていなかった。
みれば何人かの覆面を
した別動隊が複数の方向から
狙撃と突撃を行っていた。
この状況ですさまじい
正確さで敵兵のみに射撃を
当てていた。
一発ごとに世界が止まったような静けさ
無駄な動きが一つもない
敵だけを“切り取るように”消していく射撃
イカレてる。
私であれば怖くてできない。
あんなに人質が密集し
人質を盾のように配置されている
中での射撃など。
余程射撃に自信がなければ
できない芸当だった。
「特殊作戦群か!!!」
地上からの特殊部隊と空からの
連携のとれた完璧な奇襲。
さらには我々も突入を
開始してそれらが
綺麗に噛み合っていた。
そうだ。
私達は確かに
空挺と特殊作戦群も
戦力として投入される事を
聞いていた。
虚を突かれた敵兵が
次々と撃たれていく。
我々の部隊も
ついに駐屯地に
足を踏み入れていた。
これほどの状況に
あるのにも拘わらず
私の中であらゆる音が
消えていた。
まだ戦闘は
終わっていない
それでも
私の目は自分の家族の
姿を捕らえて
喉が潰れる程
妻と娘の名前を
叫び続けていた。
読んでいただいてありがとうございます!
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