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 これは、良くある漫画の世界への転生物語だ。


(なんで? どういう状況!?)


 右を見ても左を見ても、トドメに真正面にも、

 イ・ケ・メ・ン……。

 なんで? どうして? そんな言葉が転生者、ナナの頭の中で駆け巡る。

「迷う事はないだろう。オレを選べ」

「「おねーさん、僕達を見捨てたり、しないよね?」」

「身命を賭して、貴女を護ります。どうか御手を」


(ゆ、夢! 夢、ゆめゆめゆめ! 早く覚めてー!)


 イケメンに囲まれたら嬉しいだろう? バカ言わないで欲しい。それは外からみているだけなら、の話だ。

 いくら多種多様なイケメンに乞うように手を差し出され、熱い視線を向けられても、ナナが感じるのは恐怖のみ。


「ナナ。俺達の」


 ―――に、なって。




     ◆◆◆◆◆◇◆◆◆◆◆




 幼い頃から時折見る夢がある。

 他の夢と違うのは、起きてからもやけに頭に、記憶に残ること。

 夢の中の私は、年頃の女の子で、多分……あれは制服だと思う服を着て、毎日アカデミーらしい所に通ってる。

 見たこともない箱馬車が通っていて、馬もいないのに勝手に走ってる。

 見たこともない文字、見たこともない建物。

 それなのに凄く、懐かしくて。

 同時に、凄く、すごく、さびしい。

 せつない。

 戻れない。

 ――でも

 戻りたくない。

 そんな矛盾した気持ちが、押し寄せる。

 胸の内側がジリジリ灼かれるような、泣いて、喚いて、叫び出したくなるような、感情が渦になって飲み込まれそうになる。

 でも、夢の私はそんなことはちっとも思ってなくて、あっちと、私の間には見えない壁があって。

 私は何かを叫んでいる。

 それでも、


 私の声は、届かない。




「ナナ、これ来週のシフト」

 ポニーテールになった赤みのある銀髪に大きなパッチリとした碧眼の先輩がそう言って紙を差し出す。

「ありがとうございます。リーリエ先輩」

「よろー。先行ってるね」

 警備員の飾り気のないブレザーとタイトパンツ、ロングブーツに着替え、自分に割り当てられた鍵と扉付きの棚、夢風に言うならロッカーの扉を閉めて職場の先輩からシフトの書かれた魔法紙を受け取る。夢の中の私が年頃と言ったけど、現実の私だって年頃じゃないわけではない。ちょっと夢の中より年上ってだけで。

 まあいいや。閑話休題。

 私は紙に目を落とす。

 植物紙が普及して随分と手軽になった。それでもやはり使い捨てるなんて勿体無い。

 植物紙に魔法のインクを使って描かれたそれは、大元の予定が書き込まれた物が変更されると勝手に書き換わる。

 一週間で一度回収され、特別な溶液に漬けてインクを落として、再利用。やってくうちに段々と紙が薄くなって色も黄ばんでいく。これも夢風に言うなら、わら半紙みたいなガサガサした感じになると思えば良い。

(こういうのは、夢より進んでるかな?)

 夢の世界は魔法ようなものがあるのに、魔法がない。

 どちらが進んでるかは判断が難しい所だ。

 紙を折り畳んでポケットにしまい、持ち場である場所へと急ぐ。

 この世界には、夢の世界と同じようで少し違う『アイドル』がいる。

 何が違うかと言うと……―――

「はい、下がってー! 下がって下さーい!」

「NoemiスタンバイOK! 開場五分前でーす!」

「物販はこちらでーす! 整理券をお持ちの方はゆっくり列を進んで下さい」

「あ、ナナさん。おはようございます!」

「おはようございます。管制スペースに入ります」

「よろしくお願いします!」

 戦争のような忙しさの裏側を抜けて、資格のない者には意識出来ない天幕へと踏み入る。

「お疲れ様です。どんな感じですか?」

「お。きたきた。まあ、いつも通り」

 一足先に入った先輩が折り畳める机とパイプ椅子の席で手を振ってくれた。そのままサッと片手で宙を撫でると、眼の前に光る文字と現場の様子がいくつか映し出される。

「うわぁ。今回も盛況ですね」

「ねー。お陰でウチの会社はホクホクだけど」

 そう言いながらリーリエ先輩が片耳に着けた耳飾りを弄る。

『管制より、物販へ。列に割り込んだお客様と割り込まれたお客様でバトル五秒前。列の係、至急収めて』

『物販、了解。ありがとうございます!』

「何で割り込みとかするかなぁ。お行儀よくして欲しいもんだね」

「そうですね」

 うへぇ、と呆れたような顔のリーリエ先輩の隣に腰掛ける。

 そのままスタッフリストのブックを手に取り、必要な項目のページを確認。

「今日の戦闘スタッフは……ああ、メルトタタン人材商会さんですか。豪華ですね」

「ね。金かけてるぅって思う」

「ですねー。まあ、複数のアイドルが参加してるイベントですし、これって国立芸術祭に影響するんですよね?」

「そ。人気投票もしてるし、ここで票取れば出場権に手が届く確率上がるからね」

 国立芸術祭。国フェスとも呼ばれる催しで、あらゆる芸術の品評会……夢の世界風に言うならオリンピック。

 様々な部門があり、その一つにアイドル部門も存在する。

 そしてこの世界のアイドルは、大規模歌魔法の使い手だ。

 ただの歌魔法じゃなく、大規模と冠するだけあり、ものすっごく『素質』が力量を左右する。

 具体的に言うと、ほぼほぼ先天性の素質でなれるなれないが決まる超ハードルが高い職種。

 そもそも歌魔法は何ぞと言うと、要は歌って踊ると発動する魔法。普通の歌魔法だと精々が最大効果範囲も一部屋分くらい、弱ければ歌が届いた一名様限定だったりするけど、アイドルは規模がまるっきり違う。

 言い伝えでは、初代アイドルは国全体をスッポリ包む結界を発動したとかしないとか。

 まあ化け物じみた範囲と効果も可能なのが大規模歌魔法である。

 最強じゃん? と思うかも知れないアイドルだけど、実は欠点もある。

 発動する威力に応じて、『ため』が必要なんだよね……。

 伝説の初代様も、国を覆う程の結界を発動する為に全力でフルバージョンで歌ったらしいけど、その間は思いっきり無防備になる。全身全霊で全てを歌に込めるんだから仕方ない。

 勿論、攻撃されたりして歌が途切れたら最初からやり直し。そもそも無防備だから死ぬかも知れない。

 だからこそ、警護する人員が必要で、それが民間の警備会社の始まりだとか違うとか。

 まあ、警備と言っても相手が人間とは限らないわけで。

 夢の世界にはいないみたいだけど、この世界には魔物とか魔獣とか呼ばれる危ない動物や、人間以外にも様々な種族がいる。比較的みんなほどほどに付き合っている感じで、種族規模の諍いはここ数百年はないらしい。最後に大規模にやり合ったのは自分が生まれる前なので良くわからない。

 閑話休題。

 そんなアイドルが生まれ持った素質でほぼ決まると言われる所以は、大規模魔法を行使できる魔力を自分『以外』からアイドルは集められるから。

 アイドルの別名『コントラクター』は、その土地やアイドルに心を奪われた人から魔力を提供して貰うことが出来る類稀なる素質のなせる技。言ってしまえば、究極の愛され体質。

 自分以外の魔力を集めて使用するのは、言うほど簡単なものじゃない。

 それが出来る素質はもう天性のもの。だからアイドルになれるかどうかは、ほぼ生まれた時にその素質があるかどうかとイコールと言われるわけ。

 ただ初代様のライバルグループは後天的にアイドルとして開花したらしいとも言われているので、ほぼという言葉になる。何事も例外はあると。どこにでも化け物はいるよね。

「ナナちゃん、今日はラストまで?」

「はい。家近いですから」

「じゃさ、帰り一緒に何か食べて帰ろうよー」

「良いですよ。オススメいくつかありますけど、何食べたいですか?」

 リーリエ先輩と仕事終わりの飲みを約束したこの時は、まさか果たせないものになるとは思っておらず……。


 そう、まさか


 今日、この時、


 走馬灯を見るなんて、思ってなかった――

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