異世界転移の一例
異世界転移。
十中八九、失敗で終わると思っていた。
だが──まさか本当に存在するとはな。
都市伝説サイトも、あながち馬鹿にできない。
勘違いじゃないかって?
残念ながら現実だ。理由は簡単。視線を上げれば分かる。
青い空。白い雲。そして──巨大な鳥。
目測で八メートル弱。小型ヘリほどの巨体だ。
地球の生物でないのは明白だった。
それだけなら仮想世界と疑う余地もあった。
だが下を見れば違うと分かる。
左腹部。肉が抉れ、シャツが真っ赤に染まっている。
痛みは鋭く、鉄の匂いが鼻を刺す。
──規制された仮想世界ではあり得ない感覚。
つまり、ここは異世界だった。
「グゥァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!」
最悪だ。いきなりゲームオーバー寸前とは。
目を覚ましたら、ハゲワシともコンドルともつかぬ巨鳥に喰われかけていた。
反射的に拾った石で片目を潰したから、どうにか逃げられたが……
「グゥァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!」
どうやら怒り心頭らしい。
怒りたいのはこっちの方だが、畜生に言ったところで仕方がない。
見つかれば今度こそ胃袋行きだ。
早く逃げなければ。
周囲は鬱蒼とした森。空から隠れるにはうってつけだ。
だが──奴はなぜか、僕の逃げる方向に合わせて追ってくる。
振り切れない。
このままでは、出血で先に命を落とすことになる。
(何か……何かないのか)
必死に活路を探していると、視界の端に動く影を見つけた。
……人、か?
明らかに二足歩行のシルエット。
この世界なら人型の魔物でもおかしくないが、迷っている余裕はない。
最後の力を振り絞り歩を進める。
「グゥァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!」
相変わらず奴は上から付きまとう。
なぜ襲ってこない? 死ぬのを待っているのか。
それとも大まかな位置は分かれど、繊細な場所までは掴めていないのか。
あそこまで怒り狂って突っ込んでこないとなると、後者の可能性が高い。
木の陰に身を隠しつつ前進する。
──いた。人だ。
後ろ姿は紛れもなく人間のもの。
背格好から見るに女性だろうか。
金色の髪が風に靡き、木漏れ日に照らされる。
その姿はどこか幻想的だった。
これで前面が人外だったら、その時は諦めよう。
そう思い、声を張る。
「すみませ……助けっ──」
「グゥァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!」
はっ!?しまった。
少女の立ち位置は木陰ではない。上から丸見えだ!
まずい。僕が連れて来たせいで──彼女が襲われる。
痛みも忘れ、全力で駆ける。
視界の端には、滑空する巨影が映った。
問題ない、間に合う。
「危なぁーーい!!!」
叫びざま、彼女の背を押した。
ズドォーーン。
ああ、これで終わりか──
……。
………………?
いつまで経っても衝撃が来ない。
もしや痛みを感じぬほど木っ端微塵になったか。
瞼を開ける。そこには奴がいた。
どういう事だ。状況がつかめない。
自分の下に、あの鳥がいる。
いや、下にいるというより、
地面に顔から突き刺さっていた。
これは……奴が下にいるのではない。
僕が上にいる、宙に浮いているのか!?
余計に訳がわからない。
宙に浮くとはどういう事だ?
混乱と興奮で回らない頭を働かせていると、
ゆっくりと地面が近づいて来た。
「大丈夫ですか!?少し待っていてください。
今、とどめを刺します!」
無事だったのか……よかった……
どうやってかは分からないが、どうやら彼女の力で助けられたようだ。
「ありが、とぉ……」
トドメって……なんだろう。
そう思う間もなく、彼女が斧を振り翳し、鳥の首へ叩きつけた。
ボォン!
そんな擬音を立てて、鳥が視界から消えた。
飛んでくると思った返り血はなく、その代わりに急な眠気が体を襲う。
「やりました!卵が落ちましたよ!!!」
そうか。よかった、ね……
そんな喜々とした声を聞きながら、意識は暗闇へと沈んでいった。
異世界ものの練習。