表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Remember-me-not 僕を思い出さないで

作者: 猫小路葵

生と死を扱っていますが、暴力や残虐な描写等はありません。

ほんのりBL要素を含む切なめストーリーです。

≪診断メーカー≫のお題に沿った全21話+後日談1話。

(1)天馬&逝田side/「深夜の廃墟」で登場人物が「選ぶ」、「時計」という単語を使ったお話


 時計が深夜二時をさす。

 廃墟の一室で、長身に黒いスーツを着た死神代理の逝田(いくた)が言った。

「選んだ道に悔いはないですね?」

 天馬(てんま)は「はい」と頷く。

 水晶玉に映った(りく)の寝顔。

「陸、幸せそうに寝てる」

「幸せですよ、彼は。君のことは全部忘れてしまえたわけだから」

 天馬は微笑み、再び「はい」と頷いた。



(2)陸side/「昼の廃墟」で登場人物が「ときめく」、「噂」という単語を使ったお話


 陸が友達と廃墟の前を通りかかると、午後の陽射しに何かが光った。

 拾ってみると、それはキーケースと数個の鍵だった。

「陸知ってる? ここ幽霊が出るって噂」

 へえ……と頷きながら、じつは上の空だった。

 ――誕生日プレゼント

 微かなときめきと共に浮かんだワード。

 誰かの笑顔が一瞬頭を掠めて、消えた。



(3)天馬&逝田side/「深夜の屋上」で登場人物が「寂しがる」、「手袋」という単語を使ったお話


 死神代理の逝田がぼやいている。

「ねえ、まだですか? 夜中の屋上なんてクソ寒くて」

 天馬は舗道を見下ろしていた。

 そこには陸が佇み、鞄の奥にあった見知らぬ手袋に首を傾げている。

「陸、寂しがってないかな」

「ないですよ、忘れてるんだから」

 逝田の投げやりな返答に天馬は笑った。

 寂しい笑顔だった。



(4)天馬&逝田side/「朝の屋上」で登場人物が「告白する」、「星」という単語を使ったお話


 逝田が派手なくしゃみをした。

「ねえ、逝田さん」

 天馬がぽつりと言う。

「星って本当は、夜が明けても消えてなんかないんですよね」

 屋上のコンクリートに座り、朝の空を眺めて告げる。

「俺、陸が好きでした」

 もう君からは見えないけれど。

「だから見守っててやりたいです」

 ここからそっと。

 君の幸せを。



(5)陸side/「朝のエレベーター」で登場人物が「噛み付く」、「眼鏡」という単語を使ったお話


 陸がエレベーターめがけて朝の廊下を走ってくる。

 片手に持ったパンに噛み付き、ボタンを連打。

「遅刻! 遅刻!」

 機械をせかして、箱に乗り込みざま隣に叫んだ。

「駅までダッシュだよ、天ちゃん!」

 扉が閉まる。

 下降する箱の中で一人きり、ずれた眼鏡も直さずに陸は立ちすくんだ。

「天ちゃんて……誰?」



(6)陸side/「夜の遊歩道」で登場人物が「約束を破る」、「星」という単語を使ったお話


 夜の遊歩道で陸は痴話喧嘩に遭遇した。

「嘘つき! 約束したのに!」

 そのわきを足早に通り過ぎる。

 ――約束したのに

 そんな歌があった気がする。

 ――今年も海へ行くって あなた約束したじゃない

 空に目をやると四角い星座が見えた。

 途端に涙が滲むが、なぜそうなるのかわからない。

 近頃の自分がわからない。



(7)陸side/「夕方の水族館」で登場人物が「抱きしめる」、「ラーメン」という単語を使ったお話


 巨大水槽の前で友達に話した。

「魚とはハグできないのが寂しいよ」

 人も動物も、抱きしめることで愛は深まるんだと説くと、友達は笑った。

「陸、このあと晩ご飯どこ行く?」

「そうだなあ……」

 ――天ちゃん、俺ラーメン!

 また幻覚だ。

 自分は狂い始めているのか?

 陸は震える自分の体を抱きしめ、耐えた。



(8)陸~天馬&逝田side/「夜のベランダ」で登場人物が「騙される」、「ケーキ」という単語を使ったお話


 ケーキを買った。

 一口食べると、キッチンに並んでケーキを作る二人の人影が見えかけて、すぐに消えた。

 幻覚なんかじゃない、騙されるなと心が叫ぶ。

 なぜ記憶がないのかわからないけれど、その人は必ずいる。

 探し出すんだ。

 暗いベランダでは、そんな陸を見つめる二人がいた。

 天馬が青ざめて逝田を見た。



(9)陸side/「夜のプラネタリウム」で登場人物が「貪る」、「鳥」という単語を使ったお話


 星のない夜、プラネタリウムを訪ねた。

 人工の夜空は華やかな白鳥座の夏を過ぎ、秋になった。

『南の空には、大きな四角形が見えます』

 秋の夜空を案内するように光る大四辺形。

 アンドロメダ座の二等星と、ペガスス座の三つの星。

 溢れる感情が何かもわからないまま、陸は天翔ける馬を貪るように見つめた。



(10)天馬&逝田side/「夕方の遊園地」で登場人物が「溺れる」、「落ち葉」という単語を使ったお話


 夕暮れの遊園地を陸が歩いてくる。

 陸の行く手に天馬が立っていたけれど、陸は音もなく天馬を透り抜けた。

「逝田さん」

 天馬が言う。

 逝田は黙ってベンチに座っていた。

「もし陸が転んでも溺れても、俺はもうあいつの手を掴んで助けてやることはできません」

 舞い散る落ち葉が一枚、天馬の胸を透り抜けた。



(11)陸side/「昼の駅」で登場人物が「手を繋ぐ」、「マフラー」という単語を使ったお話


 陸は疲れていた。

 見知らぬ『天ちゃん』を探し、昨日は遊園地にいた。

 一緒に行った気がするのに、やはり思い出せない。

 午後の駅の階段で木枯らしが吹いて、マフラーに顔を埋めたとき、足元がふらついた。

 落ちる、と思った瞬間、誰かが手を掴んでくれた。

「大丈夫ですか?」

 黒い服を着た、長身の人だった。



(12)天馬&逝田side/「深夜の車内」で登場人物が「探す」、「湯たんぽ」という単語を使ったお話


 終電車の車両の隅で逝田は紙袋を抱えていた。

「逝田さんて本当寒がりですね。湯たんぽ買っちゃうなんて」

 逝田は答えない。

 天馬の姿は人には見えないから、返事をすれば皆を怖がらせてしまう。

「陸のやつ、こんな時間まで俺を探し歩いて……」

 天馬が唇を噛んだ。

 陸はぽつんと一人、暗い車窓を見ていた。



(13)陸&逝田side/「夕方の神社」で登場人物が「すれ違う」、「湯たんぽ」という単語を使ったお話


 日没前の神社はぐんと気温が下がった。

 湯たんぽを抱えて歩く逝田と、拝殿から戻ってくる陸。

 石畳ですれ違ったとき、陸が声をかけた。

「僕に何か用ですか」

 逝田が足を止めて、その背中に陸は続けた。

「駅の階段で助けてくださってから、毎日僕の後をつけてますよね」

 逝田はゆっくりと、陸を振り向いた。



(14)陸&逝田side/「夜のレストラン」で登場人物が「逃げる」、「手紙」という単語を使ったお話


「そんな話……信じろって言うんですか」

 夕飯時で賑わうガスト。

 陸と逝田の前には紅茶だけが置かれている。

 逝田が一通の手紙を取り出した。

「君が彼に送った手紙です。二人の間柄がわかるかと」

 自分の字だった。

 手紙を読む陸の手が震え、便箋を逝田に突き返した。

「嘘だ」

 陸は逃げるように席を立った。



(15)陸&逝田side/「夜のコンビニ」で登場人物が「振られる」、「人形」という単語を使ったお話


 混乱したまま駅前通りを走った。

 夜の街を彩る音楽。カーネル人形が上機嫌で笑っている。

 振られた経験はないけれど、今の精神状態は恐らくそれよりも酷い。

 コンビニの前に来たとき、足が止まった。

 そこに逝田がいた。

 まるで魔法で現れたかのように。

「忘れてほしいんです。もう一度」

 逝田はそう言った。



(16)陸side/「朝の教会」で登場人物が「逃げる」、「手品」という単語を使ったお話


 陸は再び走った。

 怖かった。とにかく逃げたかった。手品のように一瞬でどこかに隠れて――

『陸』

 その光景は唐突に蘇った。

『陸、目瞑って』

 朝の光がステンドグラスを透過して祭壇に降っている。

『1、2、3』

 彼の手のひらには手品のように合鍵がのっていて、それを受け取る自分は、とても幸福だった。



(17)陸side/「夕方の公園」で登場人物が「逃げる」、「鳥」という単語を使ったお話


 それが弾みとなり、記憶の断片が脳裏を駆け巡る。

『陸に逃げられたらどうしよ』

 冗談ぽく言って空を指差す。

 その手が白い。夕焼けの砂場が赤い。

『鳥みたいに飛んでくなよ?』

 笑うと少年のような顔になった。

「よく言うよ……」

 思い出した。

「飛んでったのは……天ちゃんだろ」

 堪えきれず、顔を覆った。



(18)陸~天馬&逝田side/「昼のコンビニ」で登場人物が「あたためる」、「靴」という単語を使ったお話


 昼食を買いに逝田がコンビニへ入る。

 弁当の棚には先客がいて、その隣に逝田の黒靴が並んだ。

 目が合ったが、先客はすぐに視線を外した。

 知らない人に対する、ごく自然な態度だった。

「温めますか?」

 店員が尋ね、陸がレジを済ませて店を出て行く。

 それをじっと見送る天馬の姿は、逝田だけに見えていた。



(19)天馬&逝田side/「早朝の公園」で登場人物が「共有する」、「手品」という単語を使ったお話


 まだ薄暗く、誰もいない公園。

 天馬が木の葉の夜露を弾いて遊ぶ。

 人が見れば水滴が勝手に跳ねていると驚くだろう。まるで手品だ。

『逝田さん、百万回生きたねこって知ってます?』

 あの日、天馬はそう言って少し泣いた。

 今は跳ねる滴に笑っている。

 早朝の公園で、逝田は天馬と最後の時間を共有していた。



(20)逝田side/「早朝の神社」で登場人物が「震える」、「星座」という単語を使ったお話


 天馬と別れて逝田は歩いた。

 神社を通る。

 早朝の空はまだ星座が見えていた。

「百万回生きたねこ、ね」

 陸は壊れる寸前だった。

 二度の記憶操作は転生資格の喪失が条件なのに、それでも天馬は望んだ。

『陸と出会ったこの一生が、俺の百万一回目だから』

 逝田は震える陸に手を伸ばし、すべての記憶を消した。



(21)逝田side/「朝の路地裏」で登場人物が「耽る」、「落ち葉」という単語を使ったお話


 あの廃墟へ戻るため、朝の路地裏を逝田は歩く。

 落ち葉の横で猫が思索に耽っていた。

「君は百万回生きたねこ?」

 猫は聞き流した。

「陸君も、記憶があれば同じ事を言うんでしょう」

 ――二人が出会ったこの一生が、僕らの百万一回目です

 記憶のない彼は新しい道を行く。

 幸多かれと逝田は祈り、空を仰いだ。


 

最後まで読んでくださってありがとうございました!

1話ごとに視点が変わって読みづらくなかったでしょうか。

140字では書き切れなかったこともたくさんありますが、どうにかこうにか、このお話はおしまいです。

毎回何が出るかわからないお題。

無茶ぶりも何度か!

でもがんばった!

この下に、その後のお話(140字)がひとつあります。



(後日のお話)天馬&陸side/再会した元恋人同士を登場させて「昼の月」「スプリング」の単語を使用したおとぎ話を1ツイートで書き、読んだ人の涙を誘いなさい


 友達と並んで石碑の歌詞を読んだ。

 ≪春は名のみの……≫

 英訳すればアーリースプリングだろうか。

 ふと、目の前を柔らかな風がよぎる。

 そのまま風を目で追った。

 まるで、大好きな人に再び会えたような懐かしさを感じるのは、この歌と昼の月のせいだろう。

 何もないその空間を、少しの間微笑んで見つめた。



ありがとうございました。

石碑に刻まれているのは、大正二年に発表された「早春賦」という日本の唱歌です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ