Remember-me-not 僕を思い出さないで
生と死を扱っていますが、暴力や残虐な描写等はありません。
ほんのりBL要素を含む切なめストーリーです。
≪診断メーカー≫のお題に沿った全21話+後日談1話。
(1)天馬&逝田side/「深夜の廃墟」で登場人物が「選ぶ」、「時計」という単語を使ったお話
時計が深夜二時をさす。
廃墟の一室で、長身に黒いスーツを着た死神代理の逝田が言った。
「選んだ道に悔いはないですね?」
天馬は「はい」と頷く。
水晶玉に映った陸の寝顔。
「陸、幸せそうに寝てる」
「幸せですよ、彼は。君のことは全部忘れてしまえたわけだから」
天馬は微笑み、再び「はい」と頷いた。
(2)陸side/「昼の廃墟」で登場人物が「ときめく」、「噂」という単語を使ったお話
陸が友達と廃墟の前を通りかかると、午後の陽射しに何かが光った。
拾ってみると、それはキーケースと数個の鍵だった。
「陸知ってる? ここ幽霊が出るって噂」
へえ……と頷きながら、じつは上の空だった。
――誕生日プレゼント
微かなときめきと共に浮かんだワード。
誰かの笑顔が一瞬頭を掠めて、消えた。
(3)天馬&逝田side/「深夜の屋上」で登場人物が「寂しがる」、「手袋」という単語を使ったお話
死神代理の逝田がぼやいている。
「ねえ、まだですか? 夜中の屋上なんてクソ寒くて」
天馬は舗道を見下ろしていた。
そこには陸が佇み、鞄の奥にあった見知らぬ手袋に首を傾げている。
「陸、寂しがってないかな」
「ないですよ、忘れてるんだから」
逝田の投げやりな返答に天馬は笑った。
寂しい笑顔だった。
(4)天馬&逝田side/「朝の屋上」で登場人物が「告白する」、「星」という単語を使ったお話
逝田が派手なくしゃみをした。
「ねえ、逝田さん」
天馬がぽつりと言う。
「星って本当は、夜が明けても消えてなんかないんですよね」
屋上のコンクリートに座り、朝の空を眺めて告げる。
「俺、陸が好きでした」
もう君からは見えないけれど。
「だから見守っててやりたいです」
ここからそっと。
君の幸せを。
(5)陸side/「朝のエレベーター」で登場人物が「噛み付く」、「眼鏡」という単語を使ったお話
陸がエレベーターめがけて朝の廊下を走ってくる。
片手に持ったパンに噛み付き、ボタンを連打。
「遅刻! 遅刻!」
機械をせかして、箱に乗り込みざま隣に叫んだ。
「駅までダッシュだよ、天ちゃん!」
扉が閉まる。
下降する箱の中で一人きり、ずれた眼鏡も直さずに陸は立ちすくんだ。
「天ちゃんて……誰?」
(6)陸side/「夜の遊歩道」で登場人物が「約束を破る」、「星」という単語を使ったお話
夜の遊歩道で陸は痴話喧嘩に遭遇した。
「嘘つき! 約束したのに!」
そのわきを足早に通り過ぎる。
――約束したのに
そんな歌があった気がする。
――今年も海へ行くって あなた約束したじゃない
空に目をやると四角い星座が見えた。
途端に涙が滲むが、なぜそうなるのかわからない。
近頃の自分がわからない。
(7)陸side/「夕方の水族館」で登場人物が「抱きしめる」、「ラーメン」という単語を使ったお話
巨大水槽の前で友達に話した。
「魚とはハグできないのが寂しいよ」
人も動物も、抱きしめることで愛は深まるんだと説くと、友達は笑った。
「陸、このあと晩ご飯どこ行く?」
「そうだなあ……」
――天ちゃん、俺ラーメン!
また幻覚だ。
自分は狂い始めているのか?
陸は震える自分の体を抱きしめ、耐えた。
(8)陸~天馬&逝田side/「夜のベランダ」で登場人物が「騙される」、「ケーキ」という単語を使ったお話
ケーキを買った。
一口食べると、キッチンに並んでケーキを作る二人の人影が見えかけて、すぐに消えた。
幻覚なんかじゃない、騙されるなと心が叫ぶ。
なぜ記憶がないのかわからないけれど、その人は必ずいる。
探し出すんだ。
暗いベランダでは、そんな陸を見つめる二人がいた。
天馬が青ざめて逝田を見た。
(9)陸side/「夜のプラネタリウム」で登場人物が「貪る」、「鳥」という単語を使ったお話
星のない夜、プラネタリウムを訪ねた。
人工の夜空は華やかな白鳥座の夏を過ぎ、秋になった。
『南の空には、大きな四角形が見えます』
秋の夜空を案内するように光る大四辺形。
アンドロメダ座の二等星と、ペガスス座の三つの星。
溢れる感情が何かもわからないまま、陸は天翔ける馬を貪るように見つめた。
(10)天馬&逝田side/「夕方の遊園地」で登場人物が「溺れる」、「落ち葉」という単語を使ったお話
夕暮れの遊園地を陸が歩いてくる。
陸の行く手に天馬が立っていたけれど、陸は音もなく天馬を透り抜けた。
「逝田さん」
天馬が言う。
逝田は黙ってベンチに座っていた。
「もし陸が転んでも溺れても、俺はもうあいつの手を掴んで助けてやることはできません」
舞い散る落ち葉が一枚、天馬の胸を透り抜けた。
(11)陸side/「昼の駅」で登場人物が「手を繋ぐ」、「マフラー」という単語を使ったお話
陸は疲れていた。
見知らぬ『天ちゃん』を探し、昨日は遊園地にいた。
一緒に行った気がするのに、やはり思い出せない。
午後の駅の階段で木枯らしが吹いて、マフラーに顔を埋めたとき、足元がふらついた。
落ちる、と思った瞬間、誰かが手を掴んでくれた。
「大丈夫ですか?」
黒い服を着た、長身の人だった。
(12)天馬&逝田side/「深夜の車内」で登場人物が「探す」、「湯たんぽ」という単語を使ったお話
終電車の車両の隅で逝田は紙袋を抱えていた。
「逝田さんて本当寒がりですね。湯たんぽ買っちゃうなんて」
逝田は答えない。
天馬の姿は人には見えないから、返事をすれば皆を怖がらせてしまう。
「陸のやつ、こんな時間まで俺を探し歩いて……」
天馬が唇を噛んだ。
陸はぽつんと一人、暗い車窓を見ていた。
(13)陸&逝田side/「夕方の神社」で登場人物が「すれ違う」、「湯たんぽ」という単語を使ったお話
日没前の神社はぐんと気温が下がった。
湯たんぽを抱えて歩く逝田と、拝殿から戻ってくる陸。
石畳ですれ違ったとき、陸が声をかけた。
「僕に何か用ですか」
逝田が足を止めて、その背中に陸は続けた。
「駅の階段で助けてくださってから、毎日僕の後をつけてますよね」
逝田はゆっくりと、陸を振り向いた。
(14)陸&逝田side/「夜のレストラン」で登場人物が「逃げる」、「手紙」という単語を使ったお話
「そんな話……信じろって言うんですか」
夕飯時で賑わうガスト。
陸と逝田の前には紅茶だけが置かれている。
逝田が一通の手紙を取り出した。
「君が彼に送った手紙です。二人の間柄がわかるかと」
自分の字だった。
手紙を読む陸の手が震え、便箋を逝田に突き返した。
「嘘だ」
陸は逃げるように席を立った。
(15)陸&逝田side/「夜のコンビニ」で登場人物が「振られる」、「人形」という単語を使ったお話
混乱したまま駅前通りを走った。
夜の街を彩る音楽。カーネル人形が上機嫌で笑っている。
振られた経験はないけれど、今の精神状態は恐らくそれよりも酷い。
コンビニの前に来たとき、足が止まった。
そこに逝田がいた。
まるで魔法で現れたかのように。
「忘れてほしいんです。もう一度」
逝田はそう言った。
(16)陸side/「朝の教会」で登場人物が「逃げる」、「手品」という単語を使ったお話
陸は再び走った。
怖かった。とにかく逃げたかった。手品のように一瞬でどこかに隠れて――
『陸』
その光景は唐突に蘇った。
『陸、目瞑って』
朝の光がステンドグラスを透過して祭壇に降っている。
『1、2、3』
彼の手のひらには手品のように合鍵がのっていて、それを受け取る自分は、とても幸福だった。
(17)陸side/「夕方の公園」で登場人物が「逃げる」、「鳥」という単語を使ったお話
それが弾みとなり、記憶の断片が脳裏を駆け巡る。
『陸に逃げられたらどうしよ』
冗談ぽく言って空を指差す。
その手が白い。夕焼けの砂場が赤い。
『鳥みたいに飛んでくなよ?』
笑うと少年のような顔になった。
「よく言うよ……」
思い出した。
「飛んでったのは……天ちゃんだろ」
堪えきれず、顔を覆った。
(18)陸~天馬&逝田side/「昼のコンビニ」で登場人物が「あたためる」、「靴」という単語を使ったお話
昼食を買いに逝田がコンビニへ入る。
弁当の棚には先客がいて、その隣に逝田の黒靴が並んだ。
目が合ったが、先客はすぐに視線を外した。
知らない人に対する、ごく自然な態度だった。
「温めますか?」
店員が尋ね、陸がレジを済ませて店を出て行く。
それをじっと見送る天馬の姿は、逝田だけに見えていた。
(19)天馬&逝田side/「早朝の公園」で登場人物が「共有する」、「手品」という単語を使ったお話
まだ薄暗く、誰もいない公園。
天馬が木の葉の夜露を弾いて遊ぶ。
人が見れば水滴が勝手に跳ねていると驚くだろう。まるで手品だ。
『逝田さん、百万回生きたねこって知ってます?』
あの日、天馬はそう言って少し泣いた。
今は跳ねる滴に笑っている。
早朝の公園で、逝田は天馬と最後の時間を共有していた。
(20)逝田side/「早朝の神社」で登場人物が「震える」、「星座」という単語を使ったお話
天馬と別れて逝田は歩いた。
神社を通る。
早朝の空はまだ星座が見えていた。
「百万回生きたねこ、ね」
陸は壊れる寸前だった。
二度の記憶操作は転生資格の喪失が条件なのに、それでも天馬は望んだ。
『陸と出会ったこの一生が、俺の百万一回目だから』
逝田は震える陸に手を伸ばし、すべての記憶を消した。
(21)逝田side/「朝の路地裏」で登場人物が「耽る」、「落ち葉」という単語を使ったお話
あの廃墟へ戻るため、朝の路地裏を逝田は歩く。
落ち葉の横で猫が思索に耽っていた。
「君は百万回生きたねこ?」
猫は聞き流した。
「陸君も、記憶があれば同じ事を言うんでしょう」
――二人が出会ったこの一生が、僕らの百万一回目です
記憶のない彼は新しい道を行く。
幸多かれと逝田は祈り、空を仰いだ。
最後まで読んでくださってありがとうございました!
1話ごとに視点が変わって読みづらくなかったでしょうか。
140字では書き切れなかったこともたくさんありますが、どうにかこうにか、このお話はおしまいです。
毎回何が出るかわからないお題。
無茶ぶりも何度か!
でもがんばった!
この下に、その後のお話(140字)がひとつあります。
(後日のお話)天馬&陸side/再会した元恋人同士を登場させて「昼の月」「スプリング」の単語を使用したおとぎ話を1ツイートで書き、読んだ人の涙を誘いなさい
友達と並んで石碑の歌詞を読んだ。
≪春は名のみの……≫
英訳すればアーリースプリングだろうか。
ふと、目の前を柔らかな風がよぎる。
そのまま風を目で追った。
まるで、大好きな人に再び会えたような懐かしさを感じるのは、この歌と昼の月のせいだろう。
何もないその空間を、少しの間微笑んで見つめた。
ありがとうございました。
石碑に刻まれているのは、大正二年に発表された「早春賦」という日本の唱歌です。