側妃と息子。
「私は陛下に除籍を願い出ます。あなたはどうしますか」
側妃はアイノに断られたことで冷静さを取り戻し、ノクティスを呼び出した。自身は除籍を願い出ることにするとしても、ノクティスは自分の意思がある。
「私は父上の役に立ちたい、と願っています。だから除籍は願い出ません」
ノクティスがキッパリと言い切るので、側妃は頷いた。自分とノクティスは同じ人ではないのだから、息子の人生を母が好きにしていいわけではない。
「分かりました。ですが、そなたには忠告しておきましょう。陛下の役に立ちたいがために、今度こそバゼル伯爵令嬢との婚約を望んで上手くやっていこう、などとは考えないように、と。陛下がそなたにバゼル伯爵令嬢との婚約を命じるのならば兎も角、そなたから望むことは許しません。分かりますね」
母の強い釘刺しにノクティスは顔を青褪めさせる。彼の侍従と侍女は側妃が遣わせた者では既になく、彼らは側妃の元に戻っていて、今は正妃から遣わされた者たちが周囲を固めているのだが。
正妃から遣わされた使用人たちは、母である側妃の元に居た使用人たちとは違い、王族らしくないと言葉こそ敬っているものの、柔らかく否定し王族らしい言動へ導こうとする。
そのおかげか、ノクティスは母の牽制の意味を理解出来るようになった。
今までは側妃の意向によって仕えていた使用人たちだったため、甘い部分が多々あったが、今はノクティスが甘やかされることなど無い。それはノクティスにとって良い傾向とも言えた。
側妃はこんなところでも失敗していたのね、と自嘲しつつ自分の手のものをノクティスの周りから撤退させたことは、ノクティスのために良かったのだろう、と思うことにした。
さらに良かったことは、正妃によって遣わされた使用人たちは、元々王城の使用人として代々生まれ育てられた者たちだから、ノクティスを王族らしくあれるようサポートし、忠告し、ニルギスやアイヴィスとの仲を上手く取り持つようにフォローまでする。
側妃としては前の記憶から何れやらかすだろう息子を、正妃の息子二人と仲良くさせたくなかったため、近づけようとするつもりは無かった。
ただ、側妃の思惑とは裏腹にノクティス自身が兄弟と交流を持ちたいと望み動き出した。それはノクティスが望むのであれば仕方ないこと。そう思うしかない。
前の記憶があるからこそ、王籍からの除籍を望む側妃と、前とは違う行動を取って父の役に立ちたいと願うノクティス。根底にあるものが違うのだから、これはなるべくしてなった分かれ道だろう。
「それは、はい。ですが母上。父上が望むのなら構わないわけですよね?」
「陛下が望まれるのなら、ね。ですが、おそらく陛下は前の記憶が無いお方です。その証拠にバゼル伯爵令嬢との婚約を話に持ち出さない。あるのなら、さっさと婚約を結び、そなたに大切にするよう何度も言い聞かせたはずです。或いはそなたではなく、アイヴィス殿下を令嬢の婚約者に、と考えた可能性も。
ですので。記憶が無いのであれば、こちらから注進してはなりませんし、陛下が望まれるのであれば、別の婚約であっても受け入れるつもりでいなさい。まぁそなたはバゼル伯爵令嬢のことを好んでいなかったのですから、他の方との婚約でも構わないことでしょう。
今度は婚約者を大切にしなさい」
除籍を願い出ても直ぐに叶うとは側妃も思っていない。とはいえ、伝えられる時に伝えておかないと、今後側妃の行動が制限されないとも限らない。
だから、息子には今度こそ軽率な言動で人を傷つけるようなことをしてほしくない親心を、言葉に乗せた。
この言葉は息子の胸に届いて欲しいと願う。
「母上、別の婚約者、ですか」
微妙に届いているのか、ノクティスが愕然とした顔で尋ねてくるが、何を言っているのか、と側妃は首を傾げる。
「当たり前でしょう。国のために結婚するのが王族です。母は元の婚約者と上手くやっていましたが、元の婚約者との婚約も政略的なもの。そこから互いに歩み寄って互いに思い合えるようになっただけのこと。貴族でも政略的な婚約を結ぶのですから、王族など尚更でしょう。恋愛結婚が出来るとしたら、国になんの憂いも無い場合だと思いますよ」
少なくとも我が国は大国・レシーが南にあり、小国とは言わないが他国と友好関係を結んでおかないと、攻め入られたら滅ぶ可能性もある国。
政略的な婚姻で他国へ婿入りなど有り得る。
それを分かっていたはずなのに、レシー国を頼ろうとしていた自分も大概愚かだったわ、とまた側妃は自嘲した。
「他の婚約者が現れる可能性……は、考えておりませんでした。そうですね。王族であるということはそういうことですよね。それならば母上、除籍を願い出るのはもう暫く先にしてもらうことは出来ませんか」
側妃の話に衝撃を受けていたノクティス。併しそれをやり過ごすと、そのようなことを言い出した。
「なぜです」
「後ろ盾の無い私は、他国に婿入りをすることになったとしても、他国から妻を迎えることになったとしても、価値が低くなります。母上が後ろ盾としていらっしゃる間に、自分の価値を高めねばなりません」
ノクティスの言うことは一理ある。だが。
「除籍は願い出ます。但し、五年。五年後を目処に除籍してもらうよう願います。その間、やれるだけのことはやってみなさい」
側妃も軽い気持ちで除籍を考えているわけではなかった。直ぐに除籍されることは無いだろうから、期限を切っておく。側妃が失態を犯したのであれば、速攻で除籍されるか毒杯を賜るだろうが、そうでなく自らの除籍願いは貴族家の当主たちを召集して話し合い、満場一致を得られるまでは除籍されない。
ノクティスを自室へ返し。庭園を眺める。
側妃として召し上げられたが、執務や公務をするための人員ではなく子どもを産むためだけの召し上げだったから、側妃の座を下りても問題無い、と側妃自身が分かっていることもあって、除籍は許されるだろうが。
理由は問われるだろうな、とも分かっていた。
一応側妃である以上、陛下と正妃の隣で公の場に出ることや視察なども行っていたが、正妃と比べれば執務も公務も明らかに少ない。それに不満がある、などと思われるのは側妃としても困るので正直に、居心地が悪いと言うしか無いだろう、と嘆息した。
下手に執務や公務が少ないから、などと当たり障りない理由のつもりで思ってもないことを口にしてしまえば、正妃の周りが正妃に成り替わりたい、などと邪推して側妃を罠に仕掛け、毒杯を賜るように持っていかれては困るのだから。
執務も公務も嫌いではないし、割り振られた分を行うのに苦労しても楽しいとは思うが、そのために召し上げられたわけではない自分に、もっと仕事を寄越せとは言わない方が身のため。自身の身を守るためであり、ノクティスを守るためである。陛下と正妃との距離を置いているのも、同じ理由。
誰だって陥れられた挙げ句、毒で死にたくない。
「そうね、その辺りのことをノクティスにも教えてからこの城を去ることにしましょう」
五年の間にどれだけ自分の価値を高められるのか、それは知りたいことでもあるけれど。それによって周りに更に疎ましく思われて足元を引っ張られてしまうことは避ける必要がある。
その辺りの匙加減を伝え、生き残れるように教えておくのも去っていく母としての置き土産。
出来れば、共に除籍するのが一番安心だったのだけれど。でも、それはそれでまた火種を燻らせることになったのかもしれない、と思えば。
断種でもしない限り、除籍してもノクティスは国王の息子という事実から逃げられないのだから、その血を引く子が後々争いごとを招くことになるよりも、王族に残る方が身を守る術になるのかもしれない。
側妃には、何がベストなのか、判断が付かない。
ならば、息子の決断を受け入れるしか無い。
五年後。
十三歳の息子がどのように成長しているのか、それを知る前に除籍されるのか、それも分からないけれど側妃はまだ来ない未来を少し楽しみに思った。
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