明かされる望み。その3
ゲルデ子爵夫人からペーパーナイフを渡される。この場で読め、ということか。
「この場で目を通すのも側妃殿下のご意向だと」
「はい。返事をもらって欲しい、と」
随分と迂闊なことをする。側妃はゲルデ子爵夫人を信用しているのかもしれないが、アイノは信用もなにも為人を知らないというのに。
とはいえ、ここで頑なに帰ってから読む、というのも可笑しなもの。事実、これだけ人払いをしているのはゲルデ子爵夫人が側妃に忠誠を誓っているからだろう。渡されたペーパーナイフを受け取り開封する。
そこに記されていたのは。
ーーバゼル伯爵夫人の生家を頼りたいのです。私とノクティスを王籍から除籍してもらうべく、口添え出来ましょうか。
短い文章。最初に思ったのは不快感。なぜレシー国の公爵家が一国の王族の進退について口を出せると思っているのか、というもの。
次いで、生家というのが公爵家ではない、と知っているのだとしたらこの申し出は分からなくない、という疑念。ということは、前のことを知っているということだろう。但し、アイノは王女としての権限も国王への執り成しが出来るだけの力も何もない。故に生家を頼ることは不可能。
最後に除籍するのは勝手だが、こちらを当てにしないで欲しいという怒り。仮に前の記憶が有るのなら図々しいの一言に尽きるし、無いとしても口添えしてくれ、とは傲慢も良いところだ。
側妃として召し上げられた背景を養母であるジェミニ前侯爵夫人に聞かされ、同情はした。実際、城の中枢の者たちの好き勝手な発言にも同情できる。無理やり召し上げられた上に不要な人間扱いなど、女である以前に人として怒りを抱くもの。
だからといって、こちらを、いやレシー国を頼ってくるとは迷惑だし図々しいとしか言えない。
アイノをレシー国の公爵令嬢だったことを知っていて、もしかしたら王女という出生も知っていて、その上で口添えをしてもらえるか、と尋ねているようでいて、実際には命令に近いような願いごとをしてきている。
口添え出来ましょうか。
この一言、裏を返せば出来ないなんて言わないでしょう? という気持ちが明け透け。
本当にアイノをレシー国の公爵令嬢だった身分或いは王女だったという身分を知っているのなら、現在自分が側妃だとしても、国力の差を考えて、生家を頼りたい、口添えして欲しい、ではなく。
除籍をしてもらいたいと望んでいますが、大国の後ろ盾があれば心強く思います。難しいかもしれませんが、間を取り持っていただくことをお願いしてもよろしいかしら。
くらい、遜った態度を見せる方がまだ納得がいく。どう読んでも上から頼んできているような文面は、願いという言葉で飾った命令にしか思えない。
「お断りします、とお伝えください」
アイノが返答をゲルデ子爵夫人に頼めば、ゲルデ子爵夫人が顔色を変えた。
「なぜですか。側妃殿下のお願いなのですよ! 承諾ではないのですか」
先程まで穏やかに微笑んでいたはずだが、拒否したアイノを信じられない、と顔に出して言い募り責め立ててくる。側妃に忠臣なのは構わないが、現在でも伯爵夫人であるアイノと子爵夫人では身分差があるというのに、他国とはいえ、アイノが元公爵令嬢だった過去を知っておきながら、この取り乱しよう。取り乱すというより、側妃の願いを叶えることこそ、臣下の務めと言わんばかりで言い募るゲルデ子爵夫人に、アイノは不快に思う。
自身の忠誠心を他者に押し付け、それが正しいと思っているような言い分に苛立ちが増す。
アイノは扇子の先をゲルデ子爵夫人に突き付け、ゲルデ子爵夫人は一瞬黙る。その一瞬を見逃さずにすかさず扇子を広げて、自分の目から下を覆い隠したアイノは、その目に不快感を乗せてゲルデ子爵夫人から視線を逸らした。
その大げさとも思えるような大きな動作が、アイノの不機嫌さ、不快さを示しているようなもので。
きちんと常識やマナーを学んでいる淑女なら、自分が相手を不快にさせたことを、理解できるはずである。そして、ゲルデ子爵夫人はそこまで愚かではなかったようで。
自分が相手に、それも身分が上の相手に、不快感を与えたことに気づいた。
「謝罪は不要。私の意思は伝えました。どうぞ妃殿下によろしくお伝えください」
それと同時にアイノは辞去の挨拶をして、さっさとゲルデ子爵家を去った。
あまりにも短い茶会に、ゲルデ子爵家の使用人たちは驚いた顔をして見送りをしようと慌てたが、不要、の一言だけを言い捨て、待っていたバゼル伯爵家の馬車にアイノは乗り込んだ。
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