手紙による波紋。その5
「その望んでない立場をどうにかする決断、には私が関わってくる、と? それとも娘たちでしょうか」
アイノは自分のレシー国公爵家の地位が関係してくるのか、それとも娘たちも側妃の息子との婚約を考えているのか、と問う。
「そうね。どちらかと言えば両方ね。正しくはあなたの大国の公爵家という後ろ盾と、その娘の婚約でご自身の立場を変えようとなさっている。そう、思われるということね」
アイノはこちらが望んでない形を向こうが欲して来ようとしていることを知る。養母は、向こうの意向をアイノに伝えて「何を」望んでいるのだろう。
「なるほど。では、養母様のお望みはなんでいらっしゃいますの」
自分の派閥に属する夫人たちをアイノに会わせてまで、一体なにを望んでいるのか。
「王家に睨まれるのは確かに避けたいことよ。自分の今の居場所である婚家と、自分の過去の居場所である生家。そしてその領民たちを大切にしたいものですからね。けれど。王家は知らないのでしょう。一家や二家では口を噤みやり過ごすことが家を守ることになったとしても、派閥を作るほどの貴族家が集まって上げた声を、黙殺することは難しい、と」
ああ、そうなのね。
アイノは養母の言っていることを理解した。
「養母様……。そこまでしてくださる理由はなんでございますか。私は実の娘ではないのに、そこまでして王家から私たち家族を守ろうとしてくださる理由は」
一つや二つの家が王家に何か物を申したところで、聞いてもらえるどころか口を噤ませようとするだろうが。派閥を作れるくらいの貴族家が集まって、王家のやり方に疑義を呈するのであれば。
王国である以上王家に力があるのは当然にしても、無視出来ないほどの数で貴族家が声を上げるのであるならば。
それを無視してしまえば王権といえど、足元を揺るがすことに成りかねない。
けれど。
養母がもっと言えばジェミニ侯爵家が、そしてその派閥がそんなことをする利益とはなんなのか。アイノのレシー国公爵家の人間という価値を利用したい、ということなのか。それとも別の思惑があるのか。それが分からずに守られる立場を得ようとする気は無い。
「私や夫、息子にあなたの実家の権力を狙う理由は、無いとは言わないわ。確かにレシー国の公爵家という価値で、側妃様を……あの子の望みを叶えて欲しい気持ちはあるのよ。でも、養女とはいえあなたも私の娘だから無理を強いる気はない。第二王子殿下とあなたの娘たちとの婚約も強いる気はない。でも今度こそ、あの子の望みを叶えてあげたい。だからあなたたち家族の味方になって、もし叶うならあなたの実家の力を借りたいって思っているのは確かよ」
ジェミニ前侯爵夫人の話に、アイノは静かに頷く。
「あなたも私の娘……。では側妃様はジェミニ侯爵家の、養父母様の娘でしたの?」
「正確に言えば、息子の妻になる予定だった、ね。婚約していたの。結婚して義娘になってくれる日を待ち望んでいたわ。でも側妃様の実家は王家から睨まれたくないから、と息子との婚約を解消した。でもちょっと違う。あの伯爵夫妻は野心家だったから、あの子を嬉々として王家へ差し出したのよ。息子はあの子と結婚することを楽しみにしていたのに。
そして側妃にされたというのに、あの子が懐妊するのと同時期に正妃様がご懐妊されて、さらに先に子を産んだのは正妃様。あの子は王家とその周囲から無理矢理側妃に望まれたのに、不要な存在にされた。第二王子殿下も同じく。
それでもずっとおとなしく控えていたあの子が、どうにかする決断をしたのなら。あなた達との橋渡しくらいは、しておきたかった。それが本音よ」
まさか、側妃との繋がりがこんな風に明かされるとは思っておらず、アイノは衝撃をなんとかやり過ごして、頷いた。
「分かりました。養母様のお望み通りとはいかないかもしれませんが、側妃様のお話は聞いておきます。その上でどうするのかは、バゼル伯爵家で決めさせてもらいます」
それで構わない。あなた達家族のことなのだから、こちらは気にしないで。養母は話を聞くだけでも前進したような安堵の息を吐いた。
アイノを養女として大切にしてくれた養母の姿が嘘だとは思えない。だから判断をバゼル伯爵家で決めることに文句は付ける気はなく。一方で、義娘になる予定だった側妃のことも大切だからこそ、アイノにせめて側妃のことを否定しないように頼んできたのだろう。
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