手紙による波紋。その4
「バゼル伯爵夫人、試すような真似をして失礼いたしました。ジェミニ前侯爵夫人よりお話がございます。詳しいことは私も分かりかねますが、ジェミニ前侯爵夫人より指示をいただいてのこと。これより先は夫人からお話いただけるか、と」
なるほど。アイノの対応次第で話をするかしないか考えていたようだ。アイノが激昂するような短慮な性格であれば、話をしない方針であったかもしれない。
確かに養父母と養女としてジェミニ前侯爵夫妻とアイノは交流してきたけれど、結婚するまでの僅かな時間、王都にある侯爵家の本邸ではなく別邸に住んでいたので、アイノのことを深くは知らないから、このように試す行動を取ったのだろう。
表面上だけの交流では分からないアイノの内面を知りたい、知らなければならない何かが起きている、と考えるべきか。
「アイノさん、こちらへ」
ジェミニ前侯爵夫人に声をかけられ、夫人と二人きりの席を用意されてあった。
スカー子爵夫人たち八人で茶会を楽しむ辺り、さすが派閥の夫人たちは統率が取れている、と感心出来るが。アイノは側妃殿下の意向を受けただろうゲルデ子爵家の茶会のことが頭を過っていた。
あまりにもタイミングが良過ぎる。
ジェミニ前侯爵夫人は側妃殿下と繋がっているのか、それとも独自に情報を仕入れたのか。一体どんな話をされるのか、アイノは養母と相対した。
「さすがは公爵令嬢、ね」
前置きも何もなく本題に切り込んできた養母。そこを話題に出してくるということは、バゼル伯爵家の動向に目を向けていたということか。
他のメンバーはこちらに注視しないのは、話が聞こえないことと、聞こえないように気遣っているからだろう。
「養母様、明日の詩を読む会は欠席してもよろしいのでしょうか」
私に用があったのでしょう? と言外に尋ねれば、養母はふふ、と笑う。
「ええ構わないわ。このメンバーで開かれるから」
つまり目的はアイノに会いたいということ。だが、ただ会いたいのならアイノをジェミニ侯爵家へ招くか、養母がバゼル伯爵家を訪ねれば良いこと。
このメンバーに会わせることも目的の一つなのだろうとアイノは解釈した。
「私を夫人たちに引き合わせることの意図は、なんでしょうか」
「アイノさんは聡明ね。あまりのタイミングの良さにも思うところがあるのかしら」
「私が、ゲルデ子爵夫人のお茶会に招かれていることを、養母様はご存知だということでしょうか」
アイノが率直に尋ねれば、本当に聡明だわ、と呟き養母はにこやかな表情を消した。
「アイノさん、王家主催のお茶会に子どもたちは出席したのでしょう?」
「はい。出席させました」
この話の結末は見えないが、先を促す。
「おそらく出席の返信が届いたから、でしょうね。側妃殿下が動いたわ」
「というと?」
側妃が動いたことは予想していたので驚きはしないが、アイノは知らないフリをする。
「あの方は元々側妃に選ばれることなど無かったことはご存知でしょう」
「はい。正妃殿下に長らくお子が出来なかったことから、子を設けるための側妃として召し上げられたわけですよね」
側妃殿下が子を懐妊する少し前に、正妃殿下が懐妊したことで、側妃殿下の立場は微妙な位置に置かれていることもアイノは知っていた。
「そう。でも正妃様がご懐妊された。とても喜ばしいこと。ですが、同時に側妃様は立場が微妙になってしまった。あの方は望んで側妃の地位に着いたわけではないのに。それでも側妃として常日頃より控えていらっしゃったのですが、アイノさんがバゼル伯へ嫁ぐために我が国にいらっしゃったことと、アイノさんが娘を産んだことで、側妃殿下は望んでない立場をどうにかする決断をされたようです」
望んでない立場をどうにかする決断。
迂闊なことは言えない養母は、そのような曖昧な発言になったようだった。
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