手紙による波紋。その3
スカー子爵夫人主催の茶会には、前ジェミニ侯爵夫人が参加していた。さすがにアイノは驚くが表面には当然出さない。スカー子爵夫人とは何度か他の茶会で会ったことはあるし、前ジェミニ侯爵夫人はアイノの養母で当然何度も顔を合わせていた。
「スカー子爵夫人、本日のお茶会にお招きいただきまして、ありがとう存じます」
アイノが挨拶をするとスカー子爵夫人は、満足しているように目を細める。爵位こそアイノの方が伯爵夫人として上だが、立場は自分の方が上、とでもいうような表情。併し、アイノがジェミニ侯爵家の養女であることを当然知っているはずなのに、これはどういうことか。
「まぁ、バゼル伯爵夫人。ようこそいらっしゃいました。そのドレス、とてもよくお似合いでしてよ。我がスカー商会がお薦めしただけはありますでしょう」
まるで自分が薦めたからこそ、このドレスが着られるのだ。感謝しろ、とでもいうような口ぶり。やはりおかしい。親しくないが、何度か挨拶と世間話をした時の雰囲気では、商会長夫人ということもあって物怖じはしないが、身分ということをきちんと弁えている人だった。
こうもあからさまに爵位が上の人間を下に見るような発言をする人ではない。
当然だ。
客を蔑ろにする態度を取れば、買い控えされてしまう。顧客を失うことは商会としてはいただけない。
だからこそ言うことは言っても弁えられる人。それがスカー子爵夫人だ、とアイノは印象を持っていた。
「ふふふ。ええ、あなたが薦めたドレスは着心地が良いですわ。スカー商会お抱えのドレスを制作した針子の腕が良かったのね」
あなたから薦められたから、ではなくて品質の問題よ、とアイノが言えば、スカー子爵夫人はサッと軽く頭を下げて謝りをパフォーマンスし、扇子を広げ口元を隠した。
アイノも同様に扇子で口元を隠すと、互いの見えない口元から楽しげな笑い声が上がる。他の招待客も仲違いか、と噂雀に変化すべく二人のやり取りを見るとも無しに見ていたというのに、噂にもならない応酬で終わり内心はさておき、何も無かったかのように和やかな雰囲気を醸し出した。
他の招待客を改めて確認すべく視線を向けて、アイノは気づいた。この茶会も自分を招くためのものなのだ、と。
政治に派閥というものが存在する。
それは何も敵対勢力だけでなく、同じ派閥の中でもまた細かに分かれることもあるのだが、同様に夫人たちの間でも派閥は存在する。男たちの政治舞台で敵対勢力があるのと同じように夫人たちも敵対勢力があるが、どちらかというと爵位での派閥が大きいので、男たちの政治的な派閥と違い、同じ爵位だと男たちほど派閥が綺麗に別れることもない。
夫人は夫人での派閥があり、横の繋がりがある。
そしてこの茶会に参加しているのは、明日の前ジェミニ侯爵夫人主催の詩を読む会と同じメンバー。つまり、どちらかならアイノが参加するだろう、と考えて両方に招かれた、と見るべきだ。
それも開催日程が本日と翌日ということは、アイノを招く必要の度合いが強いということ。
思えば、招待状が届いてから開催日まで、随分と短い期間だとアイノは思った。だが、夜会とは違い昼間の社交では同じドレスを着ていても新しい物を誂えられない、などと陰口を叩かれることも無いし、と深く考えなかった。
併し、このメンバーを見てしまえば、アイノに話があることは明らかだった。
アイノと主催者であるスカー子爵夫人と前ジェミニ侯爵夫人を含めて十人という少人数、かつ全員がジェミニ侯爵家派だったのだから。
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