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夢を見ていた……?

 ハァハァと大きく息をしながら飛び起きる。

 額から流れ落ちる汗を拭い去って周囲をゆっくり見回すと、見慣れた部屋。

 白く輝くリネンも、曇り一つ無く透き通った窓ガラスも、クリーム色した壁紙に囲まれた部屋の中央にある、今も身を横たえていた大きなベッドも、何もかもが変わらない。毎日見ている寝室。


「夢、か……?」


 零れ落ちた自身の声が、子ども特有の甲高いものに戸惑い、自分の身体を見下ろす。

 小さな身体と俯いた事による流れ落ちた白茶色の髪は、夢の中では短髪だったのに、今は肩より長いようでサラリとしていた。


 そこで愕然とするノクティス。

 肩より長い髪など学園生となってからは有り得ないはずなのに。入学と共に切ったはずの髪が長い。どういうことだ、と混乱する。


 先程まで見ていた夢を思い出す。

 十歳のお茶会にて、数日違いの兄にも、そして自分や一歳下の弟にも興味を示さなかった令嬢に興味を抱いた。

 いかに王子と親しくなり、王子妃、後の王妃か王弟妃の座を掴むか、と熾烈な争いを繰り返す、上は七歳年上から、下は五歳年下までの公爵・侯爵・伯爵家の令嬢たちに辟易していたとき。


 会場の片隅でこちらを見ることなくお茶菓子を口にしていた令嬢に気づいた。

 兄も弟も自分も一切見ることなくマドレーヌを食べている令嬢。兄と弟も彼女に気づいたのか、令嬢たちに囲まれて笑顔で躱しながらも彼女に視線を向けていた。


 挨拶には……来たと思う。

 そうだ、挨拶には来ていた。


 兄と自分と弟それぞれに名乗って頭を下げた。どの令嬢も似たり寄ったりだと思っていたから、挨拶の後でこうして令嬢たちが近寄って来る時にはまた近寄って来るだろう、と勝手に思って、名前を聞き流していたのだけれど。


 思えば、挨拶だけのはず、なのに名乗った後で、好きな食べ物だの色だの趣味だのをグイグイ聞いてくる令嬢たちとは違って、挨拶を終えたらさっさと去っていた。そんな令嬢だった。


 ラベンダー色の髪をしたその令嬢は、不意に向こう側に顔を向ける。

 その向こう側から令嬢より少し年齢の小さいだろう令嬢が居た。

 ああそういえば、姉妹だったか。一緒に挨拶をしていた。妹の方も王子三人に全く興味無いようで、こちらをチラリとも見ない。姉妹揃ってお菓子ばかり。


 ーーそれが、後に婚約者となるルナベルと妹のロミエルだった。


 印象に残ったけれど、婚約したいと思うようなわけでもなく、お茶会の後はすっかり忘れていて、父である国王から王命で結んだ婚約のことを聞かされ、婚約者に会ったときに、あの時の令嬢だと気づいた。


 ラベンダー色の髪と同じ色の目が自分とぶつかったとき、なんだかとても心が騒ついた。


 穏やかな気性のルナベルは、その髪と目のように楚々とした雰囲気で微笑んでいる印象があった。王子妃としてはもう少し強かな方がいいとは思うし、時には何かを言われたら言い返すだけの強気も欲しいとは思ったけれど、順調に交流していたと思う。


 王子妃としては少し弱いけれど、可もなく不可もない。そんな関係だった。


 兄と弟は気の強い令嬢で、口も達者で物怖じもしないので、雰囲気が荒れている感じで、それを見てしまうと、ルナベルが婚約者で良かった、と思わなくも無い。


 ただ、義姉妹になる兄と弟の婚約者たちと上手くやっていけるのか、そんな心配はあったが、思いの外良好なようでもあった。

 王子妃になるだけの知識も教養もマナーもあるし、周囲を惹きつけることはなくても上手くやっていけるようなので、問題無く結婚する。


 そう思っていた。


 ノクティスがジゼルと出会わなければ。


 学園生三年目に入学してきたその男爵令嬢は、憧れていた父と同じ色の髪と目をしていた。

 金の髪に空色の目をした少女は、ノクティスが欲しくて欲しくて仕方がなかった色。


 王族に生まれ落ちた者の宿命か、足を引っ張ろうとする者はそこかしこに居るもので。

 父である国王が、自分の髪色も目の色も受け継いで無いノクティスを、母である側妃が不貞をしたのだ、と疑った。

 そんな話を幼い頃から聞かされていた。


 父はその噂がノクティスの耳に入ったことを知り、自分によく似たそなたを不貞の子だなどと言ってしまったことは、済まなかったと謝ってくれた。


 一度出た言葉は謝っても取り消せないし、こうして後々まで噂になってしまうことになる。


 国王としても男としても父としても、許してもらえることではないのも分かっている、と真摯に話してくれたから、ノクティスは許せなくても、受け入れた。


 だが、やっぱり心のどこかで燻っていたその色。


 だから父や兄や弟より暗い金髪だろうと、父たちが寒い日の澄んだ空色の目の色なのに、暑い日のギラついた太陽の光を受けたような空色の目をしていても、ジゼルの色が羨ましかった。


 金髪の令嬢も空色の目の令嬢も、ノクティスは会ったことがあるけれど、両方を持つ令嬢が居なかったことが、幸だったのか不幸だったのか。


 理性がジゼルに近づくのは良くない、と言っているのに、本能が止められない。


 そうしてノクティスはジゼルに恋した。


 婚約者のルナベルから何度も忠告され、友人や将来の側近候補たちにも諫められた。

 父や母も叱ってきたし、兄にも窘められた。弟だけには呆れられたけれど。


 そうして周囲から反対されればされるほど想いが募っていき。


 ジゼルから涙を流しながら、ルナベルに虐められるのだ、と訴えられて信じてしまい、とうとう卒業式で婚約破棄を宣告した。


 ルナベルは動揺一つしないで了承。双子の兄と妹と共に去って行って。

 ノクティスはジゼルと共に婚約破棄の宣告を父と母と一緒に居た王妃殿下に告げた。

 父は激怒し母は落胆し、継母にあたる王妃殿下は、弟と同じように呆れた顔をしていた。


 そして、既に公の場で宣告したから取り消せず、父は仕方なくノクティスとルナベルの婚約を破棄。

 虐めをした、というジゼルの話を鵜呑みにしたノクティス。そのノクティスに常に負い目を感じ、甘やかしていた国王は、証拠も無しに破棄とまで宣告したノクティスを叱ったが、致し方無し、とでも言うようにルナベルを国外追放の刑に処した。


 王子であるノクティスが口から出した以上、証拠が無くても“虐めがあったこと”にされてしまったからだった。


 それを撤回するには、伯爵家側が虐めが無かったということを証明するしかないが、そこは最早水掛け論にしかならない。


 虐めがあったという証拠を王家なら簡単に捏造できてしまうし、虐めが無かったということを証明したとしても、握り潰したらそれで終わりだから。


 それだけ王族の言葉は重たいものだからこそ、迂闊なことを言ってはいけないのだが、国王も側妃とノクティスに対して、過去にやらかしているのでとやかく言えない。

 冤罪だった、とミゼット家にアレコレ言われる前にルナベルに王命で処分を下すしかなかった。


 仕方なく、という割には随分と重たい罰だが。


 冤罪の証明でもされたら“王命”に逆らったノクティスを、罰する必要がある。もちろん勝手に婚約破棄を宣告した以上、何らかの罰は与えるが、虐めがあったから耐えられずに破棄してしまった、という形を取った。

 その気持ちを汲んで、ノクティスへの罰は軽いものにする。そして、虐められていたジゼルを憐れんでノクティスの婚約者に据える。そういう筋書きだ。


 国王とて、息子可愛さに、そして側妃と息子への負い目ゆえに、王家に忠義のある臣下の家へ、令嬢へ、有りもしない罪を被せたという自覚はあった。

 それでも、一度発した言葉を簡単に取り消せるものでは無かった。

 だからルナベルには申し訳ないが、冤罪を被せたまま、国外追放という重たい罰を与えた。

 もっと軽い罰だとノクティスが望む令嬢と婚約はさせられないのだ。


 男爵令嬢を王子妃に据えるなど、身分制度を蔑ろにしているようなものだ。

 男爵令嬢に身分差を超えるような特筆すべき何かがあるのなら兎も角、そうでないのに、高位貴族が頭を下げるなど高位貴族であることの誇りにかけて、許さないだろう。

 ルナベルですら、公爵家や侯爵家は難色気味だったのだから。


 そこで、ルナベルを国外追放という重たい罰を与えたが、ミゼット家……バゼル伯爵に挽回のチャンスを与えるという名目で、ジゼルをバゼル伯爵・ミゼット家の養女に迎え入れるよう王命を出した。

 その王命を呑み込めば、ルナベルの国外追放処分を取り消して、国内の修道院で生涯を終えることを許すという特例付きで。


 この辺りが国王の落とし所だった。


 だが、ミゼット家側からすれば当然だが、娘に冤罪を被せた上、重たい罰を与え、さらに冤罪の原因となる小娘を養女にして、バゼル伯爵の令嬢として、ノクティスと婚約させることで、ルナベルの処分を取り消そうなどとは、無茶苦茶にも程がある、と王命を拒否した。


 王命を拒否することで、咎められるのであれば、望むところだ、と。


 国王は、バゼル伯爵夫人であるアイノ・ミゼットが南の大国・レシーの王女だと知っていたために、ルナベルとノクティスの婚約を結んだのだ。


 レシーとの縁づきは逃したくない。


 その妥協案でジゼルをミゼット家の養女にしろ、と王命を出した。

 それを拒否したのであれば、ミゼット家は国王に叛意有り、と看做される。

 ミゼット家と縁づきたい理由は知らない他家の貴族たちだが、養女の話は王命である以上、ミゼット家が拒否したことはあっという間に知られ、国王に叛意有りと看做されて、他家からの突き上げもあって、ミゼット家の国外追放が決まった。


 とはいえ、レシー国になど行かれたら戦争に成りかねない、ということで西の小国への一家追放にする、予定だった。

 だが。一足早く、ミゼット家が全員……使用人も行きたい者を連れて……レシー国へ出立した後だった。

 国外追放の処分を言い渡す前に、逃げられた。


 直ぐに追手を掛けたが、簡単に捕まえられるかどうかは、分からない。


 ノクティスを含め、国王は王妃と側妃。そして第一王子と第三王子に、ミゼット家をノクティスの婚約者に選んだ理由を話し。

 最悪、レシー国と戦争が起こるかもしれない、とも伝えた。


 南の大国と戦争……


 ノクティスはさすがに大き過ぎる最悪の予想に、恐れ慄いた。

 その日から、ミゼット家が捕まることを願いながらも、その報告が無い日々を怯えながら送っていた。


 同時に、その可能性……つまり戦争ということだ……にあることをジゼルに伝えたら、ジゼルはさすがに戦争になるかもしれない事態と聞いたことで、取り乱したのか、ルナベルから虐めなんて受けてなかった、と口走り。

 ノクティスと結婚して、王子妃として気儘に楽しく、贅沢な暮らしが出来ると思ったからこそ、ルナベルを陥れたのに、とまで口走って。


 ノクティスは自分の人の見る目の無さを嘆いた。

 ジゼルの野心を見抜けなかったどころか、演技に騙されて婚約者だったルナベルに冤罪を被せて、公の場で糾弾までしてしまった。


 王子としても男としても人としても最低である。


 ジゼルの本質と野心を知ったけれど、もう既にどうしようもないところまで来ていた。


 婚約者を陥れ、重い処罰を与え、結果、大きなしっぺ返しを喰らうかもしれない、と怯える日々を送っていたノクティス。


 後悔に押し潰されそうに日々を送っていたはずだったのだが。

 ある朝起きたノクティスは、小さな身体の自分になっている、と気づいた。


 長い長い悪夢でも見ていた、ということなのだろうか……。


 いや、悪夢だったのならそんな愚かな真似をしなければいい。

 未来でそんなことをしていたのなら……時間が巻き戻るなんて有り得ないとは思うけれど……婚約破棄を取り消せばいいのだ。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

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