両親への注告。その1
アイノと子どもたちが帰国する頃合いを、両親に手紙で知らせておいたら、それに合わせたようにやって来た。まだアイノたちは帰国していないことを両親に伝えると、肩を落としていたが一両日中には帰るだろう、と宥めてイオノは言葉を選びながら話をすることにした。
「以前から伝えていた通り、レシー国のノジ公爵家の跡取りとして、ルナベルかロミエルがあちらに行く」
イオノの言葉に、父よりも母の方が反射的に返答する。
「それは聞いていたけれど、こんなに早くからあちらに行くこともないでしょう。それに、あれじゃないのかしら。ルナベルかロミエルじゃなくてもいいんじゃないかしら」
孫が他国に行く寂しさからそのようなことを言い出したのか、とイオノは思うが、母の考えをキッパリ否定する。
「元々アイノがノジ公爵家の跡取りだったんだ。だが私とアイノを結婚させるために、向こうは身を切る思いで、アイノを我が家に嫁に出してくれた。諸々の手続きもノジ公爵家が主体となって、手回しをしてくれたんだ。我が国の侯爵家の養女という話まで、あちらが体裁を整えてくれたのは知っての通り」
イオノがルナベルとロミエルが生まれた時に話したことをもう一度伝える。アイノを妻として迎えた時と合わせて今回が四回目だった。
貴族の人間として、夫人として、跡取りが必須なのは分かっているはずなのに、母は同じことを繰り返してくる。納得した、と思っているのに、実は納得していないのだろうか。
「そう、そうよね。公爵家も侯爵家も関わっているのだものね」
自分を納得させるような発言をまた繰り返す。
「母上、この話はこれで四度目だ。もしかして、母上は納得するフリをして、本当は納得していないのか」
イオノは浮かんだ疑問を呑み込むことなく、突きつける。これは呑み込んだら拙い、と勘が働いた。
父が驚いたように母を凝視している。つまり気づいていなかったということか。イオノは父の鈍さにため息を吐きかけて、何とか堪えた。
母はグッと言葉を呑み込んだようでいて、呑み込みきれずに「だって」と切り出す。
「だって、可愛い孫をなぜ会ったこともない他家の養子にしなくてはならないの。それも、他国よ。中々会えないわ。それに、どちらであっても妹が兄より爵位が高いなんて、恥ずかしいじゃないの。リオルノも複雑な立場になってしまうわ。可哀想じゃないの」
ああ、そういうことか。
イオノは母の気持ちが理解出来た。
母は子爵家の出身だった。
祖母から伯爵夫人として相応しくない、とかなりキツく当たられたのだとダスティンの父から聞いたことがある。その頃の執事はダスティンの父だった。
祖母は伯爵家出身で同じ伯爵家に嫁いできたが、母が子爵家出身だったことで、俗に言う嫁いびりが酷かったようだ。父は母を庇っていたが、父が庇うから余計に酷くなったとも聞いた。
おそらく母は、未だに高位貴族出身の祖母を恨んでいるのだろう。祖母が亡くなっても、高位貴族であることを自慢していた祖母を許せない気持ちでいた。
そして自分が選んだ相手が、高位貴族どころか生まれは王女というアイノ。
母のコンプレックスを刺激したのだろう、とイオノは理解した。母が悪いわけでもアイノが悪いわけでもないが、どうしようもないことであるのも確か。
母は多分、イオノの妻になる女性に優しくしようと考えていただろうが、あまりにもコンプレックスを刺激するような身分の女性をイオノが迎え入れるとは思っていなかったのだろう。
表向きはアイノを受け入れていた。
実際、母の気持ちは複雑だったとしても、イオノの知る限りでアイノに辛く当たる事はなかった。イオノが知らないところであったとしたら、アイノならイオノに伝えてくるだろうから、そういったことは無かったのだろう。
でも、母は呑み込みきれない気持ちを抱えてしまっていて、それが拗れて、孫の誰かがアイノの母国の養家の跡取りになることを受け入れられない事態になっている。
母のコンプレックスが、跡取りのリオルノよりもどちらかの妹の方が爵位が高くなることも受け入れられない気持ちを強めた。
リオルノが可哀想。
そう思っているようだけど、母の無意識のコンプレックスがそう思わせていることになる。
だからルナベルかロミエルが跡取りになることも受け入れられない。三人共可愛い孫で、リオルノは跡取り。ルナベルとロミエルは国内で嫁に行かせれば良いのだ、と考えてしまったのだろう、とイオノは推測した。
「母上」
イオノは推測を口に出して母に確認すると、そんな事ない、考えてない、と言いながらも、隣に居る父とも、目の前に居る自分とも目を合わせないで俯いている。口では否定するが、息子に気持ちを見透かされたことに落ち込んでいるように見えた。
父はイオノの推測を聞いて、溜め息を一つ吐く。
「確かにその推測が当たっていそうだな。私の母上が君の価値観を歪ませてしまった。済まないと思う。だがな、それと、他家に養子に出さないという話は別だし、リオルノを可哀想だと思い込むのも話は別だ。リオルノに勝手に同情しているが、それはリオルノ自身の気持ちでは無いだろう」
父が静かに母を諭す。
母は、あっ、と声を上げて肩を落とした。指摘されて気づいたのだろう。自分の気持ちをリオルノの気持ちだと勝手に解釈して、押し付けていたことに。
「間違っていたのね、私」
母がポツリと言葉を溢す。
母の複雑な気持ちが急に変わることは出来ないだろうが、先ずは事実を認識しなくては何も始まらない。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
タイトル変更を考えてます。
内容とタイトルが合ってないので。(夏月あるある)
模索してますが、コレというタイトルが思い浮かばなかったら、現状のまま、いきます。
タイトル変更する時は後書きに変更します、と連絡します。




