妹の夢の話?その1
兎にも角にも身支度を済ませて食堂へ向かう。朝食の準備が整っていなくても構わない。大体においてミゼット家で朝の挨拶は食堂で交わされるからだ。
当主の朝は早い。けれど毎朝顔を合わせることがミゼット家での習慣なので、子どもたちは早起きをしている。
と言っても当主に合わせて起きるととんでとなく早いから、朝食時に間に合えば良いことになっている。イオノが子どもの頃から朝食時間は一時間早い、遅いということが無い。
だから必然的に食堂で全員揃うことになっている。
ミゼット家。
五代前までは別の家が伯爵領を任されていたが、色々あって没落し、その領地を任されたことによって現当主・イオノの五代前の当主が伯爵位を引き継いだ。当時伯爵位だった家と親戚でもあったからと聞く。
伯爵領地の名前がバゼルという地名なので、彼が登城し国王陛下に謁見する際に呼ばれる場合、バゼル伯爵イオノ・ミゼットと呼ばれる。
周囲から呼ばれる場合はバゼル伯爵。或いは親しい者だとミゼット卿。妻のアイノはイオノと呼ぶのは余談だが。
そのイオノは妻のアイノと朝の挨拶を済ませたところで、ノノから侍女長を経由して執事からの報告に眉を顰めた。
ノノは専属とはいえ雇い主はイオノであるので、何かあれば雇い主に報告するのは義務である。但し彼女は直接当主に報告が出来るような身ではないので、まず上司に当たる侍女長に報告し、その侍女長が執事に報告して当主へと報告がいく形になる。
面倒ではあるが、高位貴族は使用人であっても得てしてそんなものである。
さて。ロミエルの暴走について、である。
嫡男のリオルノは現在八歳。双子の妹のルナベルも当然八歳。そして末っ子のロミエルは六歳。七歳になったら淑女教育を始めるつもりだったが、夢を見た、と暴走してしまうようでは、もう始めても良いかもしれない。たった数ヶ月の差だ。
リオルノは跡取り教育を、ルナベルは淑女教育を七歳から始めている。二人は誕生日の翌日からだった。
アイノとは政略結婚だったものの互いを信頼しあい良い関係だと思っているし、三人の子どもたちは可愛い。政略の駒として、とかそういう部分が無いわけじゃないが、可愛がっている方だろう。
きちんと甘やかして時に厳しくしているし。
だが、ロミエルはまだ六歳だから……と甘やかし過ぎたのだろうか。
そう思ったところで三人の子たちが揃った。
「「「お父様、お母様おはようございます」」」
三人揃っての挨拶に「おはよう」と返しながら、子どもたちと同じラベンダー色の髪をしていて、双子そっくりなつり目の、色も同じラベンダー色の目でイオノはロミエルを見た。
「ロミエル、ノノから報告をもらった。何やらルナベルの部屋を慌てて訪ったとか?」
末っ子の突進ぶりを叱ろうとして話題に出したイオノは、ロミエルがパッと目を輝かせたことに、訝しんでしまい、叱るタイミングを失った。
「そうなのです! お父様! お姉様が先に国外追放されて、後から私たち家族も国外追放という罰を与えられて、国境へ向かっている最中だったのに、目が覚めたら六歳の私に戻っていたんです!」
先程ルナベルに伝えたように、ロミエルは不思議なことを口にしてイオノは眉を顰めた。
「どういう、ことだ?」
イオノの発言は母、兄、姉の気持ちも代弁しているが、無論ロミエルは皆の気持ちには気づかない。
イオノとアイノは先程報告を聞いたから知ったが、リオルノは全くの初耳。だが、今は口を挟むことではない、と父に任せることにした。
「お父様もお話を聞いてくださるの?」
ロミエルは更に顔を輝かせる。両親と兄と姉が聞いてくれるなんて、と。そこでハタと気づく。
抑々、なぜ家族の誰一人として国外追放されるほどの出来事を覚えていないのか。なぜ覚えているのが自分だけなのか、と。
だが、その疑問を口に出す前に父が考えている様子を見て疑問を忘れてしまった。
「そう、だな」
イオノは夢の話とはいえ、まだ六歳のロミエルが国外追放などという、とても重い罪に科せられる罰を知っていることに驚いた。
それこそ、教育も始まっていないというのに。
だからこそ、ただの夢の話、と一蹴してはならない予感みたいなものを感じ取った。
本日は伯爵当主としての執務があるが、登城して王城の文官と話し合うなどという予定は無いし、国王陛下に謁見するような何かがあるわけではない。
それに王城の文官として勤めているわけでも、何かの役職を賜っているわけでもない。
領地の視察は十日後から二週間を予定していて、準備はまだしなくていい。
領地で問題があるわけでもない。
今日の執務は領地の財政面の把握と経営の方針の確認に、領地に赴いた時に代官と何を話し合うかなどを考えることで、それは今日中にやらなければならないわけじゃない。
早めにやっておきたいが、ロミエルの話を聞いた後でも、明日でも構わない仕事。
そう考えて、後回しにしよう、と判断した。
「その話は朝食を終えたら皆で聞こう。仕事は後で構わないからな」
「ほんとう? お父様? じゃあ、早く食べましょうね!」
イオノは当主。当主の決定は余程のこと……例えば伯爵家の危機や命の危機など……が無い限り家族が異議を唱えることは出来ない。
尤もこの決定に異議を唱える者は居ないが。
イオノは食堂担当の侍女たちに目配せして、朝食を運びこませる。執事であるダスティンはイオノの予定を素早く思い浮かべて、何も問題無さそうだと判断すると、食堂の隣にある家族専用の談話室を整えるように侍女長へ密かに命じた。
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