側妃の病。その2
「犠牲者と言えばそうだろう。どちらかと言えば代償を払っているのだろうが」
ナハリの言葉にアイノの胸が痛む。確かに呪術なら代償は必要。その代償が「何か」。「誰が」支払うのか。考えていなかった。まさか母が支払うことになっていたとは思わなかった。それもある日突然に眠り病に罹るなど。
胸の痛む思いをしているアイノの隣で深呼吸をしたオゼヌが「ですが」と口にする。
「アイノたちの話では、末子の記憶が戻り直ぐにあの国を出国してきた、とのこと。側妃様の病の方が先というのは」
オゼヌの疑問は尤もだ、とナハリは頷く。
「余も全てを知っているわけではない。失われた力だからな。長き年月、口伝ゆえに廃れたか、不要なものとして排除されたか。更にはこうして話を聞いていても半信半疑の話だ、巻き戻りなど。そんな現象が起こり得るなど思わんだろう。余も分からないことが多いぞ」
それは「なぜ」巻き戻ったのか。「誰の」願いなのか。巻き戻った時が「今」の理由は。記憶を保持しているのは「誰」なのか。そういった疑問に答えられるものが無いということだった。
「王妃たちに話をしておく。メルトのことを気にかけていたからな」
それ以上の話は無い、とでも言うようにナハリが去って行く。娘一家のノジ公爵家滞在を無期限で許可して。王に報告は出来たものの、アイノの母・メルト妃が眠り病に罹っている、という事実以外、収穫は何もなかった。
否。
無期限での滞在許可を得られたのも良しとしておく方がいいだろう。今後のことを話し合うにしても時間は必要だ。
イオノは伯爵という地位と領地のことを考えれば長く滞在も出来ないが、ある程度の道筋を付けねば帰国も出来ない。
「お母様の見舞いは出来ないでしょうね」
「公にされておらぬからな。先ずは今後の方針を話し合うことにする」
王城から辞した二人は直ぐにノジ公爵家へ戻った。
その二人を監視するよう、ナハリから命じられた王家の手のものが居るとは知らずに。
ナハリの命は何ら間違いはない。実の娘だが養女に出してその家から他国へと嫁入りした者が、急に登城してくるなど何を企んでいるのか、と疑っても仕方ないこと。
ナハリは話を聞いていたが、俄かに信じられずにいた。当然である。半信半疑と言ったが胡散臭い話だと思う。だからこそ何を狙っているのか、手のものをつけたのだが。
「なに? 本気で巻き戻りだと信じている、だと?」
手のものが戻り報告を受けて、ナハリは人差し指を顳顬に当てた。この仕草はナハリが考え込む時の仕草である。
「本気で巻き戻りを信じている。確かに、外に出してない娘・アイノの末子が、会ったことのない王子の容姿を言い当てたのなら、そう考えてもおかしくないだろうが、使用人の噂話を耳にした、という可能性もあるはずだ。
いや、だがそうか。アイノが余の娘だということを、末子に話してないのに、末子が言い当てたとしたのなら、それ・巻き戻り現象が本当のこと、と考えてもおかしくないのか。いやだが、そう易々と巻き戻り現象など起こり得るものではないはず。
ふむ。確か、河の氾濫が起こると言っていたか。それとジェリィ国の王子の話。ジェリィ国の王子の噂は聞こえた試しが無いが、良い噂が無い代わりに悪い噂も聞こえて来ない。つまり、今のところ、噂になるような何かを仕出かす要素が無いということか。
良かろう。どちらも話が当たっていたら、巻き戻りを信じてやるとしよう」
手のものに監視は引き続き続けよ、と命じながらも王妃と側妃たちを集め、真偽不明だが、と前置きしてからメルトの眠り病はある呪術の影響を受け、代償を支払うことになっている可能性がある、と話した。
呪術、と口にした途端に、王妃が扇子を口元に当てた。それはまるで動揺を防ぐための動作に見えた。
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