条件は。その3
「その話は、アイノに話をしておく。アイノが話しても良いと思ったときに話すだろう」
オゼヌは、既にこれほどまでに気配りをしてくるルナベルに半ば感心しつつ、答えた。八歳で雰囲気を悟りさり気無く話題を変更しようとする辺り、賢い。だが、まだ八歳。あからさまな話題変更に流されるほど甘くないことに気づいてないのか、ホッとした顔を浮かべている。
この辺りはまだまだ、というより伯爵家の教育度合いということか。
そのまま晩餐を終え、ロミエルの話に移行する。
「ロミエル、先程の河の氾濫対策の工事について、以外にも何か重要なことがあったら教えてくれるか」
イオノが促すと、ロミエルは軽くシャンデリアを睨むように上を向く。ええと、と呟くところを見るに重要なこと、を思い出そうとしているのだろう。
「ああ、思い出しました。お兄様とお姉様が十五歳で私が十三歳の年に、ジェリィ王国の第一王子殿下が、お忍びで平民街に行った時に平民の娘を気に入りまして、その娘を側妃にすると宣言されました。
それを聞いた婚約者の公爵家の令嬢が、側妃とは子が生せなかったときに迎える者だし、貴族令嬢であること、時に正妃の代わりに執務を行う存在です。って仰いましたの。ですから、じゃあ愛妾にするって宣言されまして。
愛妾は正妃を迎えてから三年以上経過してから迎えられると、また婚約者の方に忠告されて、第一王子殿下はご機嫌を損ねました。そして婚約者のご令嬢の頬を打たれました。それに怒った公爵家が誠意を見せろ、と王家に仰り、見せないようなら公爵家は独立するとまで。
ジェリィ王国は、このレシー国から東にある国。私たちの国の隣ではないですが、戦争にもなりかねない、と注視されていたことを」
ロミエルの話に、思ったより随分と重要な話が出て来た、とイオノは背筋を伸ばす。オゼヌは、ふむ、と軽く頷いてからさらに問いかけた。
「その後は、その公爵家は独立したのか」
「いいえ。きちんと王家が誠意を見せました。第一王子殿下の王位継承権剥奪。王籍からも除籍で即刻男爵位の臣下になさいました。それと、王領の一つで公爵家に近いところを公爵家に。それと公爵家の令嬢の婚姻に口を出さない、と」
平民を側妃や愛妾にする、と宣言し、手を挙げた場が、公衆の面前ではなく、二人だけのお茶会の際だったことからその辺りで公爵家も手を打つことにした。これ以上を求めては、逆に王家から反逆罪を被せられる可能性もあったから、とロミエルが言う。
「併しそのような話が他国に聞こえてくるのは可笑しいものだ。醜聞だからな」
オゼヌもロミエルの話を疑うことはしない。その理由をきちんと聞くのは、イオノとアイノの夫妻からだが、見当は既についていたから。
「この話は、劇にされまして、ジェリィ王国のあちこちで上演されたそうです。それを吟遊詩人が渡り歩いた時に聞かせるものだから、私たちの国でも知られていました。多分、このレシー国でも吟遊詩人が聞かせたと思います」
醜聞となるはずの話が劇にされて上演された。さらには、吟遊詩人によって他国にまで広められたというのであれば、その話を漏らしたのは、公爵家側か。
そこまでされたから第一王子殿下を公爵位や侯爵位でもなく男爵位を授けるしか無い上に、王領も手放さざるを得なかったか。
公爵令嬢の婚姻に口を出さない、というのは第二王子辺りの婚約者にスライドさせる心算だったのを、公爵家側に見抜かれていたか。
「なるほど。他に何か重要な話はあるか」
「これくらい重要な話は無いです」
オゼヌの質問にロミエルは素直に答える。素直過ぎる答えは、ここまで大きなこと以外にもある、と言っているようなものだった。
「では、これくらいじゃない重要な話は?」
「それなら、ええと。私たちの国の子爵領で盗賊団が出たことがあります。私が十歳のときです。盗賊団は子爵本邸に入り込んで、夫人の宝石やら本邸の美術品やらを盗んで、使用人たちは縄で縛られてて。でも一人、メイドが行方不明になってて。子爵家が騎士団に盗賊団を探させたけど、子爵領から逃げ出してたみたいで、一年間見つからなかったんですけど、ある伯爵領で子爵家にあった夫人の宝石が換金されました。その換金したのが、行方不明になってたメイドで。そのメイドは他の宝石店でも換金していたことで、子爵家の騎士団に連絡が入って、メイドが現れたところを尾行して、盗賊団のいるところで全員捕まえた、と」
それはそこそこ大きな話である。
イオノは子爵家の名前を聞いて、怪文書のような形で盗賊に対する警戒心を植え付けておこうと算段をつけた。
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