条件は。その1
レシー国に入国した一行は、公爵夫妻から静かに見定められていた。
「お久しぶりです」
「ああ」
イオノが挨拶をし、公爵が頷く。アイノが後を継ぐはずだった公爵家はノジ家と言い、当主はオゼヌ。妻の名をカミーユという。
アイノと同じローズピンクの髪をしたオゼヌ公。アイノの母と彼は血縁者なので同じ髪色をしている。目の色はヴァイオレットで、その目は冷徹さを湛えている。
カミーユの方は、公爵夫人らしい微笑みだが、おそらくこの微笑みという仮面はちょっとのことでは動かないだろう、と思える。そんな彼女はシルバーの髪を夫の目の色のバレッタでまとめているが、シンプルなデザインなのに上品さがある。トパーズ色の目に温もりは見えず、静謐。
「はじめまして、お祖父様とお祖母様」
リオルノが挨拶をし、続けてルナベルとロミエルも挨拶をする。
「君たちの祖父母ではない」
オゼヌ公が素早く、静かに、低く、素っ気なく否定をする。リオルノは顔には出さないが、失敗したか、と内心で焦ったけれど、ロミエルが満面の笑みを浮かべた。
「お母様の本当のお父様とお母様ではないけれど、でもお母様のご両親ならお祖父様とお祖母様です!」
少々元気よく返すロミエルに、目を瞬かせたのはカミーユ。
「躾や淑女教育を施していないのかしら、アイノ」
「いいえ、お母様。ロミエルはわざとこのように振る舞っているのですわ。空気が堅いのですもの」
まだ淑女教育も始めていないが、ロミエルの話を信じるならば、おそらくロミエルはきちんと挨拶が出来る子だろう、とアイノは敢えてそのような言い方をした。
「お祖父様、お祖母様、はじめまして。ルナベルと申します。ロミエルは元気で貴族令嬢らしくないように思われるかもしれませんが、素直で心根の優しい賢い妹です。お祖父様とお祖母様が私たち家族を受け入れたいのに受け入れられないのではないか、と案じているのですわ」
母の言葉をフォローするようにルナベルが説明するが、八歳の少女の言葉とは思えない発言でもある。
「なるほど、分かった。ルナベルもロミエルも聡い子のようだ。空気が読めるロミエル。気配りの出来るルナベルか。マナーや跡取り教育などは、勉強するやる気さえあれば身につくが、勉強では身につかないことが、既に身についているのはアイノの教育の成果だろう。だがまだ、どちらをノジ家の跡取りにするのか、分からない。二人共候補にはなれそうだがな」
他にも条件はあるが、先ずは歓迎する。
「但し。リオルノも私のところで少し学べ。我が家に滞在する条件の一つだ。その他はまた後ほど」
リオルノは今度こそ表情に変化をもたらせた。
自分はノジ家の跡取りにはなれない、というのに、という驚きの表情で。
「顔に出ているぞ、リオルノ。イオノと同じく真面目だが額面通りに言葉を受け取ってしまう素直過ぎるところがあるな。空気の裏を読まないと潰れる。イオノが今のままで伯爵家の当主でいられるのは、アイノが空気を読み、人の裏を読んでイオノを助けているからだ。リオルノにそんな相手が妻として現れる、という保障が無い。それならば空気を読み、人の気持ちの裏も読めるような者に育てる方が早い」
つまり、オゼヌ公自らリオルノを教育する、と言っていることと同じで。貴族家当主ならば生き馬の目を抜くことが出来なければ淘汰される。伯爵家を潰したくないリオルノは、よろしくお願いします、と頭を下げた。
そこで、ようやくオゼヌ公は目を細めて孫たちを歓迎した。
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