表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

最弱の村人、実は魔王の血を引く者だった――

この村で、カイ・エルノという名を知る者はほとんどいない。


 正確には「知ってはいるが、覚えていない」。


 それくらい、カイの存在は空気のように地味で、目立たず、特にこれといった特技もなければ、魔力も剣の才もない。村での役割は、朝の水汲み、鶏の餌やり、井戸の掃除、壊れた柵の修理……いわゆる「雑用係」だった。


 今日もまた、陽が登る前から井戸の前に立ち、桶を下ろしては水を汲む。汗を拭う袖すら、ほつれてボロボロだった。


「おーい、カイー! 鶏小屋の扉、また壊れてたぞー。直しとけよー!」


 遠くから、村の少年たちの笑い声が響く。カイは顔をしかめることもせず、小さく手を振った。慣れていたのだ。笑われることにも、無視されることにも。


 ただ一人――親友のリオだけは、そんなカイに時折、妙な視線を向けていた。


「お前、なんでいつも怒らないんだよ。あいつら、完全にナメてるぞ?」


 背の高い、銀髪の少年。村の狩人見習いで、剣の訓練でも優秀とされているリオは、カイとは対照的に皆から一目置かれる存在だ。


 カイは首をすくめるように笑った。


「怒ったって、変わらないだろ? どうせ俺は“最弱の村人”なんだから」


 だが、その日、事件は起こった。


 昼過ぎ。村の広場で子どもたちが遊んでいると、森から小動物――いや、何かに取り憑かれたような黒いウサギが突如飛び出してきた。


 目は真っ赤に染まり、泡を吹いて暴れている。


「キャアアアアッ!」


 子どもたちが悲鳴をあげる。その瞬間、カイの身体が自然と動いていた。


 走る意識もない。ただ、気づけば腕を伸ばし、飛びかかってくるウサギの前に立っていた。


 刹那。


 バシュッ!!


 風が渦巻くような衝撃が走り、ウサギはまるで透明な壁にぶつかったかのように吹き飛ばされ、動かなくなった。


 場が静まり返る。


「え、今の……?」


「なんで……カイが?」


 誰かが呟いた。


 だが、すぐに誰かが笑った。


「まぐれだろ、まぐれ! ウサギが勝手に飛び跳ねただけだって!」


 場が笑いに包まれる中、リオだけが黙ってカイの手を見つめていた。


 その手のひら――中心が、ほんのりと赤く光っていたことに気づいていたのは、リオだけだった。


 その夜、カイは村の古びた神殿の掃除を頼まれ、いつものように黙々と働いていた。


 その隅に腰を下ろしていた、村の長老と呼ばれる老人が、ぽつりと語り出した。


「……この村にはな、古い言い伝えがある」


「……言い伝え?」


「ああ。かつてこの大陸を支配していた魔王は、討伐される直前、ひとつだけ血を残したという。自分の力のすべてを封じる代わりに、生まれ変わる“器”を残すとな……」


 カイは手を止めた。


 老人は、ふっと笑った。


「ま、ただの昔話さ。今の子どもたちはもう誰も知らん。だがな……もし、お前の中に、時折“力”のようなものを感じたことがあるのなら――気をつけるんじゃな」


「……!」


 老人の目が、深く、どこか恐ろしいほど静かにカイを見つめていた。


 胸の奥が、ざわつく。


 あの風のような衝撃。あの、赤い光。


 あれは、まさか――


(俺の中に……何かが、あるのか?)


 知らなかった。自分が“普通”じゃない可能性など、一度も考えたことがなかった。


 だがこの夜、カイの中で“日常”は、音を立てて崩れ始めたのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ