七
「ROV、艦内進入を開始します」
オペレーターの声が作戦室に響く。モニターには、ノベンバー級潜水艦の破損部位に接近する「しんかい」の姿が映し出されている。時刻08時10分。各国の接近が迫る中、残された時間は刻一刻と減っていく。
「気圧データの更新です」速水が報告する。「低気圧の中心、予想以上の速度で接近中。作業可能な時間は、最大でもあと20時間」
篠原は無言で頷く。この判断が正しいのか。今でも確信は持てない。しかし――。
「進入経路の放射線量、やはり局所的な上昇を確認」分析官の報告が続く。「しかし分布が不自然です。これは原子炉由来の汚染とは、明らかに異なるパターンを」
「映像、切り替えます」
スクリーンに、潜水艦内部の光景が映し出される。50年以上の時を経た艦内は、想像以上に保存状態が良かった。
「右舷後部、第三区画に到達」オペレーターが位置を確認する。「この位置は、通常なら魚雷収納区画のはずですが...」
「これは」草薙が身を乗り出す。「通常の魚雷室の構造とは全く異なります」
内部には、明らかに後付けで設置されたと思われる特殊な装置の痕跡があった。そして、その中心部には円筒状の空洞が。
「永田!」篠原が声を上げる。「例の金属反応、位置の再確認を」
「はい。ノベンバー級から正確に47.8メートル、方位285度です」
円筒状の空洞の大きさと、その方向性。全てが、その位置を指し示していた。
「通信室からの報告です」速水が割り込む。「『天狼』、新たな垂直アンテナを展開。大量の暗号化通信を傍受。方向は恐らく済州島方面の潜水艦部隊に」
「ロシア機の位置は?」
「Su-35、現在位置から約200カイリ。30分以内に探査海域に到達の見込み」
その時、ROVのサブカメラが、区画の隅に何かを捉えた。
「これは...」草薙の声が震える。「1960年代のソ連製...いや、これは米国の技術を基にした痕跡が」
内部に残された装置の一部。それは冷戦時代の米ソ両国の技術が、不自然な形で組み合わされていた証拠だった。
「篠原将補」永田が新たな報告を。「統幕から極秘電文です。米側から『Project Echo』に関する緊急照会が」
エコー計画――その単語に、篠原の背筋が凍る。かつて防衛大学校で目にした、極秘の歴史資料の中にあった暗号名。冷戦時代、日本の排他的経済水域で起きた複数の原子力潜水艦消失事故に関連して記された、たった一行の記述。
「ROV、異常を検知」オペレーターの声が緊迫する。「艦内の放射線量、急激な上昇を確認。そして、例の金属反応からも同様の」