三
横須賀基地、第二整備格納庫。深夜零時を回ってなお、作業の音が鳴り響いていた。
「これが最新の3000m級ROV(遠隔操作無人探査機)です」
海上自衛隊の支援部隊から派遣された草薙三等海佐が、黒い船体を指さす。全長6.5m、チタン合金製の耐圧殻に最新のソーナーとマニピュレーターを装備した無人機だ。
「ケーブル長は4000m。通常の潜水艦救助限界の2倍以上の深度での作業が可能です」
篠原は無言で頷きながら、自身のタブレットに仕様を記録していく。ROVの隣には、さらに二種の特殊装備が置かれていた。
「こちらが電磁パルス探知装置と、近距離用の放射線量測定システムです。いずれも民間技術を応用した試作品ですが、十分な性能は確認されています」
「運用要員は?」
「特殊潜水部隊から精鋭を抜擢。全員、原子力潜水艦への対処訓練経験者です」
草薙の背後で、黒いつなぎを着た隊員たちが最終確認を進めている。彼らの存在自体が機密であり、正規の自衛隊員名簿には記載がない。
「問題は時間です」作戦主任の速水が割って入る。「気象予報によると、36時間後には低気圧の影響で海況が急激に悪化。それまでに初期捜索を完了させる必要があります」
篠原は腕時計を確認した。作戦開始まで残り三時間。気象、潮流、水温データが次々と更新される中、頭の中で作戦手順を整理する。
「速水さん」篠原が声を掛ける。「志村部長の動きは?」
「予想通り、防衛装備庁に独自の報告書を提出したようです。内容は機密指定されていますが――」
「了解です」篠原は速水の言葉を遮った。これ以上の詳細は不要だった。志村の行動パターンは、既に読めている。
格納庫の隅で、通信システムの最終調整に当たっていた一等陸尉の永田が近寄ってきた。
「篠原将補、通信システムの暗号化が完了しました。ただし――」永田は声を落とす。「気になる動きがあります。先ほどから、某国の電子偵察機が日本海上空で異常な行動を」
「監視を続けて」篠原は静かに告げた。「何か動きがあれば即報を」
永田が立ち去った後、篠原は再びROVに目を向ける。その無機質な姿に、かつて読んだ古い諜報記録が重なる。1968年、ハワイ沖で起きた原子力潜水艦の失踪事故。その真相は、半世紀を経た今でも機密扱いのままだ。
そして今、似たような状況が極東の海で再現されようとしている。
「篠原将補」草薙が声を掛けた。「最後の確認事項が」
「ああ」篠原は深く息を吐き出す。「艦長に伝えてくれ。これより『深海の記憶』作戦、第一段階に移行する」