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9、親友の定義

放課後になった。

気が乗らない。全く気が乗らないが、体育館裏に行ってみると、女の子が一人で立っていた。


「あ、楢崎先輩………」


ホッとしたように微笑む。ショートヘアーの目がくりっとした可愛い系。でもやっぱり知らない子だった。


「本当に来てくださったんですね。ありがとうございます」

「だって、書いてたから」

「でも、私のこと知らないですよね? 一年二組の川島心海かわしまここみです」

「あ、一年だったんだ」

「そうなんです。私のこと知らないだろうし、多分、無視されると思ってたから……。来てもらえただけで嬉しいです。優しいんですね」

「いや、まあ、それは別にいいんだけど……なんで俺? どこかで会いましたっけ?」

「いつだったか、廊下であなたとすれ違って、一目惚れしちゃって」

「ええっ? そんなんでっ?」

「ダメなんですか?」

「いや、ダメってことはないけど……」

「お試しでもいいので」


にっこり笑う彼女に、俺は全身の力が抜けた。

軽い。歯医者に行けば良かった。おかげで一ヶ月待ちなんすけど。

イラっとした俺を察したのか、彼女は上目遣いで恐る恐る俺を見てきた。


「ひょっとして迷惑でした……?」

「いや、迷惑ってほどじゃ……。まあ、嬉しいっちゃー嬉しいけど……」

「良かったっ」

「でも、付き合えないから、ごめんなさい」

「ええっ? 早いっ! ひょっとして私、フラれたの?」

「そうなるな」

「待って待ってっ。お試しでもいいからお願いしますっ! ダメですかっ?」


なんだそれ? この人の好きと一臣の好きは絶対に違うぞ。明確にそれだけは断言できる。

なぜか俺は、ますます彼女に対して冷めてきた。


「悪いけど、他を当たってくれ。そんなん、俺じゃなくてもいいだろ」

「そんなことないですっ、楢崎先輩だから告白したんですっ」

「でも、俺のこと何も知らないだろ。俺がいいって言うなら、俺のどこが好きなのか顔以外で言ってみろよ」

「先輩のことをいろいろ知りたいからお試しでって思ったんですっ。だって、初めて喋るのに、お互いに分かるわけないじゃないですか。どうか、お友達からでお願いしますっ」

「……なんか軽いなぁ」

「軽いって言われても……。だって……顔しか分からなくて……。学年もクラスも分からなくて、顔しか分からなかったから似顔絵を書いて見せても、みんなに分からないって言われるし……」

「俺は指名手配犯か」

「最終手段で下駄箱に立って毎朝チェックしてたんです。でも、まさか朝練してたとは……。その事実に気付くまでに一ヶ月もかかっちゃって……。これでも必死に先輩のことを捜してたんです。やっと見つけた時は、やったぁ!なんて思わず両手でガッツポーズしたりなんかして。あ、バスケ部だったんですねっ。体育館もしょっちゅう覗いてましたっ。顔の汗を拭くとき、Tシャツの右袖で拭くんですね。新堂先輩がTシャツの裾をめくって拭くタイプで、新堂先輩は腹筋が見れるのに、楢崎先輩はいつまでも腹筋が見れない~もどかしい~みたいな」


緊張しながらも必死に説明しながら、赤くなって照れ笑いを浮かべている。

そうだったのか……。全然気づかなかった。誰に想われてるかなんて、分からないもんだな。

彼女のこの二ヶ月の奮闘に、俺はしみじみとなった。


「そうだったのか……。軽いとか言って悪かったな。俺のこと、好きになってくれて嬉しいよ、ありがとう。でも」

「一生のお願い! 一ヶ月だけ付き合ってくださいっ!」


俺の台詞を被せてのお願いに、俺は思わず、「ええ~……」とドン引きした。


「三週間!」

「ええ~……」

「二週間!」

「ええ~……」

「一週間……」


半泣きの上目遣いで懇願する彼女は、両手を合わせてぺこりと頭を下げた。

その両手は力が入りすぎて白くなっていた。しかも、俺に断られる怖さからか、微かに震えている。

この子も真剣に恋愛してるんだな……と、またもや、しみじみしてしまう。


今までの俺だったら、付き合っていた。可愛いし、お試しだし、好きになるかもしれないし、まあいっか、みたいな。


けど今は、無理になってしまった。

他にめちゃくちゃ好きな人がいると、別の人と付き合う気になれない。応えてやれないのが申し訳ない。けど、好きでもないし。

言葉に詰まった俺に、彼女は上目遣いで聞いてきた。


「カノジョがいるんですか……?」

「いや別に……」

「桜井先生が好きなんですか……?」

「えっ? なんでっ?」


思いもよらない名前に思わず叫ぶ。

すると川島は「やっぱり……」と溜め息をついた。


「だって、あんなあからさまに、桜井先生に声をかけたりちょっかい出したりしてるから……。本気に思ってないのは本人くらいじゃないかなぁ?」

「言ってやってくれ」


思わず力一杯、同意してしまった。

やっぱり周りは気づいてるんだな。桜井先生が、かなり鈍感なだけだったんだ。

すると、みるみる川島の表情は、目に見えてしょんぼりになった。


「そっか~……。この二ヶ月、楢崎先輩のことで頭がいっぱいでした……。好きになって、必死に捜して、毎日楽しかったです。来てくださってありがとうございました。桜井先生が気づいてくれたらいいですね」


淋しそうににっこり笑いながら俺の応援をする彼女に、俺は胸がじんわりと熱くなった。

なんか、凄くいい子だな。フラれたのに、俺の恋の応援までできるなんて。俺はそんなこと絶対にできない。


「ありがとう、嬉しいよ」


お礼を言いながら、あれ?と、ふと思った。

そういや、なんで好きな人がいるから付き合えないと俺は最初に言わなかったのか。

川島に告られて、一臣とは熱さが違うと冷めていた。この感情はどういうわけなのか。

俺は桜井先生が好きだけど、俺が桜井先生を想う気持ちを、なぜ真っ先に思い付かなかったのか。なぜ一臣だったのか。


考えられるのは愛情の比重の問題。俺が先生を想う気持ちと、一臣が俺を想う気持ちは、悔しいが、後者の勝ちだと認めざるを得ない。

十四年の歳月がそう思わせるのだろうか。


「先輩、これよかったら」


おもむろにポケットから出したチケットを渡され、俺は突然のことに「えっ? なに?」とビビった。


「夏祭りの無料チケットです。私、生徒会の庶務で、夏祭り実行委員もやってるんです。よかったら来てください。ポップコーンのコーナーにいますんで」

「えっ? 生徒会やってたの? ありがとう。ラッキーッ」


思わず笑った俺に、


「私たちって、今は友達未満ですよね? でも、私の努力次第で今後は変わる可能性ありますか?」


その言葉で、俺は途端に困り顔になった。


「うそうそ、冗談です」


川島はコロコロ笑った。


「私、先輩が来るもの拒まずでいろんなカノジョさんがいたって聞いてたから、押せ押せでいったらいけるかもって実は期待してました。すいません」

「……いや、別に謝ることでもないよ。実際、そうだったし」

「好きになった人が先輩で良かったです。ありがとうございました」


にっこり笑って手を振って、川島は踵を返していってしまった。案外あっさりしたいい子で助かった。


辺りが急に静かになった。

遠くでかすかに野球部の掛け声とバットにボールが当たる硬音が聞こえてきた。鳥が羽ばたいていく羽音もする。


俺は一臣のことを思った。

そうか。ようやく分かった。

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自分の欲ではなく、俺のことを真っ先に思いやるところがお前らしい。本当に俺のことを大切に想っているんだな。


気付いたら、涙が頬を伝って落ちていた。次から次から溢れて止まらなかった。

親友をなくすとは、こんなにもこたえるものなのか。

胸が張り裂けそうなほど苦しい。

吐き気がするほど淋しい。

もう無理だ。止められない。涙を止められない。


俺は嗚咽していた。こんなに涙が出るほど、俺は辛いんだと気付いた。

ただひたすら淋しさが募っていく。


今まで生きてきて、それなりに悲しいこともあったが、今思えば、どれも大したことのない涙ばかりだった。どの場面にも、そばには慰めてくれる一臣の存在があった。だから、翌日にはあっさり吹っ切れていた。

俺が何日も悩まなくて済むという幸せな人生を送ってこれたのは、ひとえに一臣のお陰だった。


今でも憶えている。

幼稚園の時、遠足でおにぎりを落とした時、半分くれた。

小学生の時、毎日、当たり前のように一緒に帰っていた。給食の時、俺の苦手なひじきの炒め煮を代わりに食べてくれていた。習い事がない日は、ほとんどの日々をお互いの家で過ごしていた。苦手な図工で居残りしてた時、いつも待っていてくれた。

中学生の時、お互いの部屋で山ほどゲームの対決をした。体育のハードルで脚を切った時、保健室まで肩を貸してくれた。

高校生になって一緒にバスケ部に入った。休み時間、イヤホンを半分個して、二人の好きな音楽をよく聞いていた。違うクラスだった時、忘れ物をした時は、必ずお互いに借りにいっていた。家族とケンカをして家出をした時、近所の倉庫に隠れて、一緒に夜を過ごしてくれた。


一臣、お前が教えてくれた。親友とは作るものではなく、気づいたら、なっているものだと。


なのに今、俺は親友をなくそうとしている。慰めてくれる者はいない。

立ち直り方が分からない。この苦しい感情をどうすればいいのか分からない。


俺たちの関係が壊れるなんて、考えたこともなかった。

十四年間のあの時間は一体なんだったのか。

深い絆だと思っていたものが、こんなに簡単に壊れるものなのか。


一臣をなくしたくない。だが、受け入れることもできない。


どうしようもない現実に、俺は泣くことしかできなかった。

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