5、告白
教室の窓から覗く青い空に、飛行機がまっすぐ白い線を引いていく。
一臣が言うには、飛行機雲が出ると天気が下り坂になるらしい。どうやら傘の出番のようだ。
俺と一臣は、久しぶりに、のんびりと放課後の教室に居座っていた。
練習試合が近いバレー部が体育館を全面使わせてくれと言ってきてため、今日だけバスケ部は突如として活動休止に追い込まれたのだ。いい迷惑だ。
どちらかが言い出したわけでもなく、なんとなく持っていたポテチを食べながら駄弁っていたら、いつの間にか教室に二人だけになってしまっていた。
いつもは体育館で体に鞭打ってダッシュしている時間なのに、のんびり教室にいるのがなんだか不思議だ。
「一臣、ちょっといいか?」
「急にどうした? 真面目な話か?」
さっきまで、少年ジャンプの連載漫画のこととか、新しいアプリのゲームのこととか、俺はもしかしたら、おっぱいではなくお尻の方が好きかもしれないとか、そんな話をしていた俺からは想像もつかない真剣な切り口に、一臣は怪訝な顔をした。
「あのさ、お前、汚い手を使うなよ。どういうつもりだ?」
「なにがだ?」
「桜井先生に俺のこと悪く言いやがってよ」
「分からん。なんのことだ?」
「俺が女遊び激しい奴みたいに説明してただろ」
「知らん。分かるように説明してくれ」
しれっとした顔の一臣に、俺は我慢がならなくなって立ち上がると、座っている一臣の胸ぐらを掴んで立たせた。
「しらばっくれんな。桜井先生から聞いたぞ。俺がカノジョを取っ替え引っ替えしてるみたいに説明してただろ。殺すぞ、コラ」
「ああ、あれか。悪くもなにも、真実だろ。付き合ってすぐにセックスしてただろうが。しかも、長続きもせず、すぐに新しいカノジョができてだろ。あれが取っ替え引っ替えじゃなくて、何が取っ替え引っ替えなのか」
「そんな言い方したら悪く聞こえる。言っとくけど、告白もキスもセックスもみんな向こうからだ。俺から迫ったことは一度もねーわっ」
「えっ、そうだったのか。知らなかった。悪かったな」
素直に謝られて、俺は拍子抜けしてしまった。なんだそりゃ、となった。
途端に怒りは消え失せ、「じゃあ、いいや」と、胸ぐらを掴んでいた手を離してやった。
胸ぐらを掴まれていたというのに、一臣は相変わらず平然としていて、顔色一つ変えない。それどころか、
「二回目からのセックスも全員向こうからか?」
と、平然と聞いてきた。
「二回目以降はずっと俺から迫ってましたが、それが何か?」
「そうかそうか」
「でも、無理やりどうこうしたことねーわ。お前、あれだろ。先生をとられるのが嫌だったんだろ? 裏で汚い手を使うなよ。男なら正々堂々と好きな人は手に入れろ」
「分かった」
頭が真っ白になった。俺と一臣の唇が重なっていた。
「やめ……っ」
やめろと言おうとしたが、口の中に、一臣の舌が強引に押し入ってきた。
一瞬で俺の身体中にゾクッと寒気が走った。一臣の舌が、俺の舌を追いかけてくる。
ヤバイ、嘘だろ! なんだこれ! こいつ、マジか!
思わず一臣の舌を噛むと、「いてっ」と一臣が漏らした。俺から離れた拍子に一臣は僅かにふらつき、そばの机にぶつかった。
静かな教室に、机の脚が床を擦る硬音が響いた。
「なにしてんだ、お前……」
混乱を通り越して呆然とする俺に、一臣はうつむいていた顔を僅かに上げ、上目遣いでため息混じりに言った。
「……遼介、勘違いしてる」
静まり返った教室で、一臣の声だけが静かに響いた。
「オレが好きなのは――お前なんだ」
激しく俺の心臓が羽上がった。
強烈な耳鳴りがした。頭がガンガンする。
「一臣、お前、もしかして……」
「そうだ。ゲイだ」
俺は唖然とした。言葉が見つからない。
「先生にお前をとられるのが嫌だったんだ。悪く言ったのは悪かった」
無表情のまま、一臣はカバンを拾い上げ、そのまま教室を出ていった。
今までの人生で一番の衝撃だった。
一臣が……ゲイ?
こんな身近にゲイがいたのか。しかも、幼稚園からの幼馴染みだった一臣が。
俺はどういうわけか、同性愛者は自分のそばにはいないものだと勝手に思い込んでいた。身近にいても不思議じゃないのに、なぜか考えもしなかった。
今まで見たこともない一臣の表情と感情だった。
俺の知らない一臣だった。
十四年間も一緒にいたのに。何もかも知り尽くしているものだと思っていたのに。
俺は一臣の何を知っているつもりでいたんだろう。
俺は、しばらくその場から動けなかった。