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愛情と友情の極限を求めよ。  作者: 大崎真


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31/33

31、今だけは……

午前中の卒業式予行を終えたので帰ってもよかったのだが、俺は桜井先生を捜した。

学校間の共有で、もしかしたらすでに知っているのかもしれないが、早稲田に受かったことを直接、報告したかった。


受け持ちの教室にいなかったので、職員室に行ったがいなかった。

たまたま職員室の出入り口にいたナカムラリに聞くことにした。ナカムラリは、中村という名字の先生が二人いるので、中村梨香のリを足して、ナカムラリというニックネームになっている。桜井先生と仲良しの先生だ。


「ナカムラリ、桜井先生どこにいるか知らない?」


ナカムラリは桜井先生の空席を見て、


「あれ? 教室にいなかった? じゃあ、まだ体育館かな?」


と、教えてくれた。

俺はすぐに体育館に向かった。


体育館は扉が開いたままだった。戸締まりがまだなので、確かにいそうだ。初めて先生と出逢った時、手を繋いで一緒に入ったことをふと思い出した。

パイプ椅子が整然と並べられている。さっきまであんなに人がいたのに、今は誰もいない。


体育館に入ってみると、反響しやすい構造で無音のためか、微かに声が聞こえていた。一人は男性で、もう一人は桜井先生の声だ。姿が見えないので、舞台袖の放送室にいるようだ。扉が開いている。

俺は会話を聞きながら近づいていった。


――他に悩み事はありませんか?


この声は、吉村の声だ。


――大丈夫です。いろいろ、ありがとうございます。


桜井先生が答えている。


――こちらに来られたばかりなのに、桜井先生は飲み込みも早くて、とても助かりますよ。

――いえ、そんなことないです。毎日、手一杯って感じです。

――あの、桜井先生、もしよかったら、連絡先の交換をしませんか?


俺は立ち止まった。聞き間違いか? こいつ、既婚者のくせに今、なんて言った?


――困ったことなどすぐに聞きたいこともあるかと思いますし。経験豊富なので、すぐにお応えできますよ。

――いえ、ご迷惑になりますし、また学校でお聞きしますので大丈夫です。

――僕が知っておきたいんです。桜井先生のことが心配なので。よかったら、今度、おいしい物でも食べながら相談にのりますよ。

――いえ……本当に大丈夫です。

――連絡先、交換できませんか? 僕のこと、信用できませんか?

――そういうわけではないんですけど……あの……個人的な連絡先の交換は職場内では禁止になってますし……。

――ああ、そうでしたね。それなら、これは二人だけの秘密にしましょう。


おいおい、ちょっと待て。

俺は慌てて声のする方へ走った。


――あの……申し訳ないんですけど、そういうことはできません。

――そう仰らず、ちょっとすいません、先生のスマホ、お借りしてもいいですか?

――やめてくださいっ。


俺が放送室に入ると、吉村はこちらに背を向けてスマホを取り上げていた。先生が涙目で取り返そうとしている。

俺はすぐに吉村の背後から先生のスマホを奪い返した。


「なにやってんだよ。先生、嫌がってるだろ」


桜井先生にスマホを返して、


「大丈夫か?」


と聞くと、涙目の先生が、


「……遼介……」


と、俺の腕の学ランをぎゅっと強く掴んでこくこくと頷いた。

吉村が「おい」と言った。俺と先生を交互に見る。


「お前ら、やっぱり付き合ってたんだな」


息をするのを忘れた。人間、絶対に知られたくない事実を突かれると、フリーズする。

思わず息を飲んだ俺たちに、吉村は言った。


「なるほどな、どうなるか分かっているのか」


半笑いになった吉村に、俺の中で何がが切れた。

今まで経験したことのない猛烈な怒りが、腹の底から沸き上がってきた。


気付いたら体が勝手に動いていた。


吉村の胸ぐらを掴んで壁に押し付け、俺は息がかかるほど詰め寄って睨み付けた。


「いいぜ、バラしてみろよ。そのかわり、お前のセクハラもバラしてやるよ。三十年かけて築いたお前のキャリア、俺が一瞬で終わらせてやる」


吉村は驚いた顔のまま、動かずにいた。首をすくめて、されるがまま棒立ちになっている。

俺が胸ぐらを離してやっても、硬直したまま立ちすくんでいた。

仕方ないから俺が顎で出口を指すと、ぎこちなく服を整え、慌てて逃げるように出ていった。


真っ青な顔で呆然としている先生に、俺は近付くと、心配になって、もう一度聞いた。


「大丈夫か?」

「……びっくりした……」

「変なことされてないか?」


先生はこくこく頷いて、


「こんなことあるなんて思ってなかったから……怖かった~……」


俺を見て安心したのか、急に先生の目からポロポロ涙が流れ出した。

俺は思わず抱き締めた。


「なんもなくて良かった……」


心の底からほっとして呟く。


「ごめんなさい……思わず遼介って言っちゃった……。私たちのこと、教育委員会に言われるのかな……。遼介、退学になったらどうしよう……っ」


怖い目にあったのに、こんな時まで俺の心配をしている。


「大丈夫だって。言ったところで何の得にもならねーから言わんだろ。どうせ、なんにもしてこねーよ。今頃、向こうの方がバラされるんじゃないかって怖がってると思うぞ」

「そう、かな……」

「大丈夫だ、心配すんな」

「うん……なんか大丈夫な気がしてきた……」


先生は俺の腕の中で、小さくこくこく頷く。そして、涙声で、


「怖かった~……遼介、ありがとう……」


と言うと、俺の背中に腕をまわして抱き締めてくれた。

ここは学校で、まだ俺は卒業していない。

だけど、今だけは教師と生徒じゃなくてもいっかと思った。






あれから、呼び出しもなかった。

一度、学校に用事があった時に廊下で吉村とすれ違ったが、「おはようございま~す」と言った俺に、「……おはよう」と淡々と返してきただけだった。そのまま、お互いに無関心に通りすぎた。向こうも何も言わず、仕掛けても来なかった。


先生もあれから吉村とは業務連絡しかやり取りしなくなったらしい。よっぽど教頭になりたいようだ。ざまーみろだ。

結局、何事もなかったかのように、そのまま時は過ぎていった。


桜井先生は懲戒免職にならず、俺は退学にならず、吉村もキャリアを失うことはなかった。

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