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愛情と友情の極限を求めよ。  作者: 大崎真


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30/33

30、一月と二月

冬休みになり、塾の冬期講習が始まった。朝から晩まで、また勉強づくめの毎日だ。

あんなに桜井先生のことを考えていたのに、もうその余裕すらなくなってきた。頭の中は勉強一色だ。


集中し出したら二つのことが同時にこなせない。桜井先生のことはわざと考えないことにした。とりあえず、今は桜井先生は二番手に、一番手は受験くんが躍り出るカタチになった。


ふと気付けば、クリスマスが終わっていた。恋人同士だったら最高の日なのに、俺はすっかり忘れていた。カレンダーで確認すると、その日は九時から十九時まで塾だった。そら忘れるはずだ。


まだ十二月下旬だというのに、早速、勉強が嫌になってきた。嫌々やったら頭に入りにくい。少しでも勉強が楽しくなる方法はないだろうか。


――そうだ。俺はゲームが好きだから、こいつはゲームだと思うことにしよう。俺はプレイヤーだ。

出てくる問題は敵キャラ。やっつけたら俺のレベルが上がっていく。シンプルで分かりやすいぞ。シャーペンやマーカーペンは武器アイテムだ。


そう考えたら、攻撃ボタンを押したくなってきた。普通に問題集を解くよりも、若干やる気が沸いてきた。


強い敵キャラは付箋を貼って塾で質問し、手当たり次第にやっつけていった。全クリアしたら、俺は問題集を自分の部屋の床に叩きつけた。

床に叩きつけた問題集がどんどん貯まっていった。その周辺に散らばった、出なくなった赤と青のマーカーペンもどんどん貯まっていった。増えれば増えるほど、俺のレベルが上がっていくのを感じた。


日中、敵キャラをやっつけていると、おかんが急にゴミ袋を持って部屋に入ってきた。部屋の隅に貯まった問題集とマーカーペンを見て、


「なんやこれ? 捨てるよー」


と言って触ろうとする。俺は慌てて止めた。


「やめろよ、俺の大事な仲間なんだよ。それが貯まれば貯まるほど、俺のレベルが上がってくんだよ」

「……なにを訳の分からんこと言うてるの、あんた。どう考えてもゴミやろ、これ」


おかんは大阪出身で、バリバリの関西弁だ。親父は東京出身の標準語で、俺と弟も大体、標準語だが、たまに関西弁が混ざってしまうことがある。


「いやいや、違うんやって。敵キャラをやっつけたら自動的に俺の仲間になるから、こいつらは大事な仲間なんだよ。終わったマーカーペンは武器アイテムから薬草に変身すんだよ」

「この子、またおかしなこと言い出して」

「うるせえ、早よ出てけ」


当然、分かってもらえるはずもなく、俺はおかんをさっさと部屋から追い出した。






いつの間にか、カウントダウンが始まり、新年になっていた。

正月は正月特訓という名の講習があった。おかんにおせち料理を弁当に詰められ、正月早々、九時から十九時まで勉強だ。ここまで勉強づくめだと、逆になんか笑けてきたぞ。

三が日が過ぎた一月四日、やっと正月特訓が終わり、塾がない日になった。


俺は近所の神社に一人で初詣にいった。塾以外に私用で出掛けるなんて何日振りだろう。かなり寒く、耳が痛い。

静かに雪が降ってきた。人はかなり疎らだった。

絵馬を飾ろうとして、見覚えのある字に目が止まる。黒板で見た字だ。


『私の大切な人が、第一志望の大学に合格しますように。桜井美和子』


とある。大切な人って、ひょっとしたら俺のことか? 名前を書いたらまずいから、こういう書き方にしたのだろうか。

俺は、自分と先生の絵馬を重ねて吊るしておいた。ずっとこんな風に一番近くにいられたらと思う。


桜井先生に逢いたい。今すぐにでも抱き締めたい。

早く受験が終わってくんねーかなぁ……と切実に思った。






九日は始業式だった。久しぶりの学校だ。

始業式には出たが、翌日からは自由登校だったので、俺は学校に行かないことにした。あんなに桜井先生に逢いたがっていたのに、逢ったら集中できないと思い始めた。


今まで無理やりストイックになっていたが、勝手にストイックになってきた。入試日が近付くと、世の受験男子は嫌でも悟りを拓くようだ。

人生がかかっている時に、色恋沙汰は後回しだ。……でも、もちろん逢いたいんだけど。


やる気が起きなかった現代文だったが、一臣のお陰でだいぶコツを掴めるようになってきた。言われた通り、文中に全て答えが隠されているので、洞察力を養えば、かなり点数で返ってくるようになった。


文法や助動詞の意味、論理構造を理解していくやり方が重要だと分かってきた。国語がようやくちょっと楽しくなってきた。

ただ、もっと早くから、こうした意味を意識した勉強ができていればと後悔の念が湧く。


とにかく、今となっては、ひたすら場数を踏むしかない。暗記物と違い、時間がないだけに、これは結構厳しい。入試までに間に合うだろうか。今までの教科で一番手こずる奴だ。


学校に行かず、日中はひたすら家で読解力を上げまくった。六割が国語、残りの四割がその他の全教科くらいに時間を割いた。

現代文は、機械生命体のボスキャラで、俺はそいつにハッキングしてプログラム内部に侵入するという設定で解くことにした。


シャー芯があっという間に消えていった。赤ペンと青ペンも、必ず一日で各一本ずつ使い物にならなくなった。山ほど書きまくって勉強した。


夕方の塾では質問しまくり、敵キャラをやっつけていく。全ての敵キャラをやっつけたら、また床に叩きつけた。これをひたすら毎日、繰り返した。床に叩きつける動作をしたいので、わざと薄い問題集をやったりした。時には塾のテキストを叩きつける時もあった。


一臣に、模試の復習は最低三回はしろと言われていたので、模試の用紙は、入試直前の三回目の時に叩きつけることにした。






二月に入った。

全クリアした問題集や塾のテキストが、更にどんどん床に貯まっていった。俺のレベルがかなりアップデートされていった。


問題集をやりまくるアウトプットをしていて気付いた。暗記物は、ただ赤シートを使った勉強法ではなく、一冊の参考書を完璧にして、アウトプットした時に分からないところがあったら、その参考書に戻って勉強し直した。その方が完璧になっていく。


どんどん頭が整理されていく感覚があった。暗記だけに頼るのはやめて、本当に頭を使って勉強している実感があった。


嬉しいが、副作用もあった。

どんぶりのきざみ海苔が、重なりでΣに見えたりする。

惣菜にかかっている刻みネギが∞に見える。

道行く車のナンバープレートを見て、国際人権規約が国連で採択された年だなーとか思ったりする。

見て瞬時に分かる問題が立て続けに来たら、バトルコマンドが自動化した、と思うようになった。

勉強のしすぎで、もう俺はかなりヤバイ奴になっていた。


ふと、一臣を思う。あいつも今頃やっているのだろうか。おそらく、やっているだろう。だから、俺は頑張れる。

一臣、言われた通りにちゃんとやってるぞと心の中で思いながら、俺はまた問題集を開いた。






気分転換に学校の図書室に来た。数日振りだが、かなり懐かしく感じた。一年と二年は通常授業なので、自分が授業を受けていないのが不思議な感じがする。


桜井先生は捜さないことにした。偶然、逢えたらそれはそれでラッキーだが、わざわざ職員室に行ったりはしないことにした。


図書室に入ると、自習室で一臣を見つけた。ひたすら勉強をしていた。俺に気付く様子はない。声を掛けようか迷ったが、離れた机で勉強を始めることにした。


受験は辛い。やってもやっても不安が拭えずキリがない。終わりの見えない勉強は辛いが、お前と一緒なら闘える。

しばらくすると、一臣が近づいてきた。


「いたんだな。塾があるし、先に帰ってるぞ。これやる。お誕生日おめでとう」

「え? あ、そうか。忘れてた」


今日は二月四日だったのか。俺はやっと十八歳になったのか。


――……私、十七歳と……犯罪になる……。


未成年の俺に驚く桜井先生の顔が思い出される。


「ありがとう……って駄菓子かーい」


ツッコんだけど、俺の好きなブラックサンダーだ。めちゃくちゃ嬉しい。


「会えると思ってなかったしな。用意してるわけないだろ。大体、お前もオレの誕生日プレゼントはサンミーだっただろ」

「違う違う。期間限定のヨンミーだった」

「本当にどっちでもいい」


笑った一臣に、俺もリュックにあったキットカットをやることにした。


「じゃあな」

「おう。頑張ろうな」

「おう」


お互いに拳をくっ付けて、健闘を讃え合う。

あんなに熱い抱擁を交わしたのに、ちゃんと親友をできている。

十四年間の時間が報われたような気がした。






三回目の復習をした模試の用紙を床に叩きつけた。本番はもうそこだ。

早く試験を終わらせて先生に逢いたい。いや、勉強する時間が欲しいからまだ試験日にはなるな、の葛藤と鬩ぎ合いの日々だった。


二月二十五日。東京大学の試験を終えた直後に、早稲田と慶応の発表を見た。

結局、慶応の法学部はダメだったが、早稲田の法学部に受かっていた。なんとかなるもんだ。

一臣は早稲田も慶応も受かっていた。

俺と同じく東大を受けたが、合格発表は卒業式の九日後だ。

やるだけやったからもういいや、という気持ちだ。はたして、どうなっていることやら。


あと一週間で卒業式だ。

桜井先生と二人で出掛けられる。

そして、一臣とはもう会えなくなる。

俺は嬉しいのか悲しいのか、どちらなんだろう――

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