3、過去
俺の初めてのカノジョは、英語教室のアンジー先生だった。彼女とは半年続いた。
その当時、彼女は二十七才で、俺は中二の十四才だった。キスもセックスも大人のオモチャも、全部、彼女から教えてもらった。
今思えば、恋人とは違ったんだろう。明らかに俺は調教されていただけだった。デートらしいデートなんてしなかったし。
突然いなくなった彼女のことを別に恨んでもいないし、なんならこっちもおいしい思いをしたから、今にして思えば良き青春だ。さすがに、当時はかなり落ち込んでいたけれど。
アンジー先生が母国に還ってからは、カノジョは、女友達か、同級生の姉や妹から告白されて付き合うパターンになった。
長い時で三ヶ月、一番ひどい時は一日だけの時があった。女友達に「付き合ってみない?」と言われて、「分かった、付き合ってみる」と答えて、一日デートして、「なんか違うな、友達に戻ろっか」と言った。もちろん、セックスはなし。
相手は爆笑していたが、もしかしたら帰り道に泣いていたのかもしれない。知らないが、なんとなくそれ以来、距離ができてしまったからだ。
その時の俺は、女友達と一日楽しく遊んだという感覚だけだったが、今なら分かる。向こうはそうではなかったのだ。
自分から好きになったことがなかったから、こんなにも相手のことを想っていて、断られることが怖いことだったとは想像できていなかった。多分お試しだろうから、傷も浅いうちがいいだろうと勝手な解釈をしていた。
どれほどの傷かなど、本人にしか分かりようもないことなのに。
一番ヤバイやつは、別れたカノジョの兄が俺の教室へ怒り心頭でやってきた時だ。
「人の妹を遊ぶな」と言われ、「遊んだつもりはない。友達からと言われて付き合いだしただけだ。俺なりに好きだった」と正直に話したが分かってもらえるはずもなく、止めに来ていた妹(俺にとっては元カノ)の手を振り切って俺を殴ろうとしてきたそいつに、「だったらオレが妹さんと付き合ってもいいですか?」と一臣が言い出し、あっさりその場が収まった。友達からでと、一臣と俺の元カノは付き合いだした。
後日、「セックスしたか?」と聞いたら、「した」と言われたので、「これで晴れて俺たち兄弟になったな」と言ったら、「同じ穴の狢だな」と上手いこと返された。「もしかして、あの場を収めるために付き合いだしたのか?」と聞いてみたら、「そんなんじゃない。彼女が気になっていたからだ」と返ってきた。
一臣とは好みのタイプがよく被る。雑誌で好きなタイプの指差しはほぼ被っている。
取り合いになったことはないが、唯一、同じカノジョになったのがその子だ。結局、その後、二人は別れてしまったが。
如何せん、若いときの恋愛とはうまくいかないものである。
始業式から一ヶ月が経った。
あっという間に、新しい教室にも新しい生徒の顔ぶれにも新しい時間割りにも慣れてきた。
桜井先生の授業で、四十分間の特別考査があった。全部で十二問。
極限の範囲に漸化式が出てきた。例の特性方程式を使う問題も出たが、もちろん解くことができた。
テスト中、先生は回答用紙を埋める生徒の間をすり抜けながら様子を観察する。
そして、俺の答案用紙を見たのか、
「ちなみに、このテストの解答に0はありません」
と、教室のみんなに言った。
俺は書いたばかりの0を怪訝に思いながら見返し、計算ミスに気付いて慌てて消した。
お陰で、俺は満点を取ることができた。先生なりのご褒美なのか、赤ペンで100の下に「Excellent!」の文字を入れていた。しかも、俺がテストの隅に書いた「ありがとう」の文字の横に「恩返しです!」と赤ペンで返事が書かれていた。
「平均点は、なんと八十二点でした! みんな凄い! 頑張ったね!」
先生は満面の笑みで、本当に嬉しそうに俺たちを褒めてくれた。
こんなに点が取れたのは、自分たちの努力だけではなく、彼女のお陰であることはクラスのみんなも分かっていた。
彼女の周りに生徒が集まるのは、俺のように下心がある奴だけではないことは明白だった。
生まれて初めて、俺にはもったいない人だという感情が湧いてきた。