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愛情と友情の極限を求めよ。  作者: 大崎真


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29/33

29、恋愛の定理3

今日は三日振りの登校日で、終業式だった。


終業式が終わると、俺は早速、桜井先生を捜した。

充電をしておきたい。冬休みに入ったら、なかなか会えなくなる。

いや、厳密に言えば、共通テスト対策の補習を各教科2コマずつ受講しないといけないから学校で会えるんだけど、俺は先生と一対一で話したかった。


先生の受け持ちの教室、職員室、廊下、学食まで捜したが、どこを捜しても見付けられない。

諦めて、明日の補習後に捕まえようと校舎を出ると、校舎の脇の花壇の前に立っている桜井先生をあっさり見付けることができた。脱力だ。


「なにやってんの?」


近づいて思わず聞くと、先生は振り返って、


「あ、遼介。なんか、冬なのに咲いてるから凄いなぁと」


花壇には、黄色に白い花びらのマーガレットに似た花と、パンジーに似た紫色の花が咲いていた。マーガレットに似ている方は、『ノースポール』と書かれたプラスチック製の札が土に埋まるように刺さっており、パンジーに似ている方は、『ビオラ』と書かれて同じように土に刺さっていた。


「確かに、冬なのに咲いてるのは不思議だな」

「そうでしょ。不思議不思議」

「うん、不思議不思議」


二人でほのぼのと花を眺める。いやいや、そうじゃなくて、と言おうとしたけど、ふと思った。

なんか、こういう何気ない会話も先生とだったら楽しい。

他愛ない会話をしてから、俺は気になることを聞いてみた。


「……あのさ」

「うん、どうしたの?」

「先生は、俺が浮気しないか心配になったりしないのか?」

「え? 突然どうしたの?」

「いや、なんとなく」


先生は首を僅かに横に振った。


「別に、今のところ考えたこともなかったなぁ」

「そっか。いや、別に浮気はしてないんだけど……」

「遼介は?」

「ん?」

「遼介は、私が浮気をしないか心配にならないの?」


そんなこと考えたこともなかった。


「全然、心配してない。先生が浮気するとかあり得ないし」


すると先生は、


「ふふ、ありがと~」


と、柔らかく笑った。

そうか。そうだったのか。


俺は知らなかった。

愛する人に愛されるためには、信頼されなければならなかったのか。愛情だけでは足りなかったんだ。

愛し合う上で大事なことは、お互いに信頼関係があるかどうかなんだ。そんなこと、今までの恋愛で考えたこともなかった。


「先生は間違ったことをしないし、いつも真面目だしな」

「そんなことないけど……。でも、なんかね、校長先生に叱られた時に自分のことが嫌になっちゃって……」

「え? なんで?」

「だって、遼介のことは好きだけど、でも、車の中でキスをしちゃった自分は好きな自分じゃなかったな…… 尊敬できる先生じゃなかったなって……反省……」

「…………」

「なりたい自分になりたいし、好きな自分でいたいしね」

「…………」

「真面目というか……真面目とも違う気がするなぁ」

「…………」

「人として美しく生きたい。そんな感じ」


俺の心臓に刺さった。

この人は、なんて澄んだ人なんだろう。


視聴覚室で、自分の吐いた台詞を思い出す。俺と先生がセックスしてるなんて、どうせ誰も知らないことなのに、と本音を口走った自分。そんな俺を、先生は泣きながら止めてくれた。


先生は言った。好きだけど、卒業までは教師と生徒に戻ろうと。嫌だったけど、仕方なく了承した俺に先生は笑ってくれた。


彼女は俺を正しい道へと導いてくれていたんだ。

彼女は、俺のズルい部分を全部キレイに拭い去ってくれる。俺をまっさらにしてくれる。

彼女は、俺のようなバレなければいいという考え方をしていない。

彼女の生き方は、周りにどう見られているかで左右されていない。

判断する基準は第三者の目ではなく、あくまで自分自身。

――自分がどういう人間でありたいかなんだ。


「先生、好きだよ」


俺は自然と口にしていた。

先生は慌てて周りをキョロキョロしてから、


「言っちゃダメってば」


と、小声で言った。俺はにんまりしながら構わず続けた。


「先生のこと、すげー好き」

「だから、言っちゃダメってば」

「先生のこと愛してる」


次はびっくりした顔で固まったまま、真っ赤になった。俺は思わず吹き出した。


「いちいち反応してくれて、すげーおもしろい」

「く~~っ」


先生は漫画みたいに声を出して、悔しそうに顔を歪めている。可愛い顔が歪んでいても、やっぱり可愛い。


「先生は、教師と生徒は好きだなんて言わないって言ったけど、俺は先生が好きだから言うよ。それに、俺が先生を好きだってこと、学校中の人が知ってるよ」

「えっ? そうなのっ?」


どこまで天然なのか。


「みんな気付いてるに決まってるじゃん。気付いてないのは先生くらいだよ」

「本当にそんなことある?」

「あるよ。言っちゃダメとか言うけど今更だって。あー、フラれたのにまだあいつ頑張ってるなーくらいに思われてるだけだって」

「そうなの?」

「そうだよ。それに俺は、先生のことを素直に好きだと言ってる自分も好きだよ」


視聴覚室の時の暴走した俺はダメな奴だったけど、好きな人に好きだと言える自分は好きだ。


「で、でもね、私は言われ慣れてないと言うか、人前だし恥ずかしいって言うのもあるのよ……」

「そんなに嫌がらなくても、今までカレシに言われたことぐらいあるだろ」

「…………」

「え?」


目を泳がせた先生に、俺はなんで?と驚く。すると、先生は慌てて返した。


「ち、違うのよ……」

「? なにが?」


言われたら恥ずかしい以外に言ってほしくない理由があんのかな、と答えを待っていたら、先生は衝撃的なことを言った。


「中学高校は女子校だったから……」

「えっ?」

「大学でも合コンとか面倒臭くて参加してなかったし……」

「えっ!?」

「多分モテないとかではないと思うんだけど、恋愛は苦手で、面倒臭くて、カレシは今まで……その……いたことがなくて……」

「えええ~~~っ!?」


俺は大絶叫してしまった。


「……やっぱりドン引きしたわね……」

「引いたんじゃなくて、ただただ衝撃。今世紀最大の衝撃」

「……いつかバレるだろうとは思ってたけど……」


先生は、なぜかしょんぼりしている。なぜしょんぼりしないといけないのか。沸々と笑いが込み上げてくる。


なんか、いろいろ納得できた。

夏祭りの時も、ヤキモチの焼き方とか分からなかったのかもしれない。車内で甘いムードにならなかったのも分からなかったのかもしれない。キスが下手なのもそうだったのか。初めてだったからなんだ。

初めての恋愛なのに、先生なりに頑張ってたんだなぁと先生の気苦労にしみじみと想いを馳せる。


しょんぼりしている姿も愛おしい。きっと、なにをしていても、どんな姿をしていても愛おしいと思える。

こんなに際限なく人を好きになれるのか。もうなんでも構わない。先生だったら、俺はなんでも愛せる自信がある。


抱きしめたいけど、校舎から出てきた生徒がいつまでも流れている。どう考えても見られてしまう。

俺は転がっている石を拾い、地面の砂に書いてみせた。


『だきしめたい』


「先生、読んで」と指差して知らせると、先生は「遼介は恋愛が上手ね」と、恥ずかしそうに嬉しそうに笑ってくれた。

俺は首を横に振る。


「そんなことない」


と、返す。


「そんなことないよ」


と、俺はもう一度、言った。





一臣、ごめん――

気付くのが遅くてごめん。

あまりにも、近すぎて気付かなかった。俺は自分のことなのに、自分の感情に気付いていなかった。


俺はお前に憧れていた。

頭が良くて、容姿も良くて、運動神経も良くて、バスケ部のキャプテンも完璧にこなす。頼り甲斐があって、誰にでも分け隔てなく優しく、自分の能力をひけらかすこともない。そして、圧倒的な存在感と人間味の大きさ。


出会った時から、お前はいつでも俺の前を歩いていた。お前に追い付きたくて、俺はずっとお前を追いかけていた。

お前に憧れていた。そう思っていた。


でも、違った。

違ったみたいだ。

お前に抱き締められて、やっと気付いた。

憧れじゃなかった。憧れなんかじゃなかった。


俺は、お前のことが好きだったんだ。


気付くのが遅くてごめん――


謝って済むことじゃない。

許してくれなんて言えない。

謝っても、もう遅い。

もう取り返しがつかない。


親友でいたいなんて、虫が良すぎるだろうけど、でも、親友でいいから、お前とは一緒にいたいよ。


人を愛するということがどういうことなのか、俺はまだ分かっていない。

だけど、もし、人を愛することが、愛情と信頼と自分の全てを投げ出してしまってもいいと思えることであるのなら、俺はお前のことを間違いなく愛していたよ。

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