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愛情と友情の極限を求めよ。  作者: 大崎真


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28、強烈な洗脳

一時間だけと言っていたが、結局、一臣は最終下校の五時を知らせるチャイムが鳴るまで付き合ってくれた。

校舎を出ると、すでに日は落ちていて、辺りは真っ暗になっていた。


誰もいない。辛うじて、隣の一臣の顔が確認できる程度だった。

木枯らしが吹いていて、さっきまで暖められていた体温が一気に奪われる。あちらこちらで枯れ葉が舞い上がっている音がする。

二人揃って吐いた息が白かった。


「一臣、マジで助かったわ。ありがとう。お前はいつも俺の前を行ってるな。俺、お前に追い付けるよう頑張るわ」

「ああ、追いかけてこいよ」


いつだったか、どこかで似たような台詞を言ったような気がする、とふと思う。


「一臣には、いつも助けてもらってばっかりだな」

「……そんなことはない。オレも遼介に助けられている。人見知りのオレが毎日楽しく過ごせているのは、みんなお前のお陰だ。お前がいてくれたから、人見知りのオレにも居場所があった。ありがとう」


そんな風に思ってくれていたのか。

俺は嬉しくて、照れることも忘れて自然と笑みがこぼれてしまった。

辺りが暗いと、自然と本音が出てしまうから不思議だ。


「一臣は、なんでも要領よくこなすけど、人間関係だけは不器用だよなぁ……」

「特に、この関係はお手上げだ」

「確かに。俺でもお手上げだ」

「……今、二人っきりだぞ」

「そうだな」

「オレから逃げないのか?」

「別に」

「なぜだ?」

「守衛さんがいる」


数メートル先の正門横の守衛室を指で指して教えたら、一臣はチッと舌打ちした。


「舌打ちすんな。守衛さんが可哀想だろ。俺の貞操を守ってくれてんのに」

「チャンスだと思ったのに」

「お前、親友をする気ないだろ」

「一応ある。ハーフハーフくらいだ」

「半分かい。俺が逃げないから期待したな」

「悪いか?」

「あぶね。勉強法を教えてくれたからって誰が抱かれるか」

「オレの貴重な三時間返せ」

「今度、奢ってやるから。何が欲しいんだ?」

「お前が欲しい」


わざと困り顔をして見せた俺に、一臣はハハッと珍しく声を出して笑った。


「オレ、実は凄く嬉しいんだ。カミングアウトした後に、こんな風に普通に話してくれるなんて思ってなかったから」

「……そっか」

「お前のことがずっと好きだった。多分、初めて会った時から」

「……そっか」

「お前はオレのことを親友だと信用してくれていたのに、オレは下心があって、ずっと苦しかった。この十四年間、ずっとお前を好きなことに罪悪感を感じていた。親友のふりをしてお前のそばにいる卑怯な奴なんじゃないかと」


びっくりだ。そんな風に考えていたなんて、微塵も気付いてやることができなかった。


「お前にカノジョができる度、さっさと告白して、終わらせて離れようと思った。でも、嫌われるのが怖くて、そばにいたくて、どうしてもできなかった。数えきれないほど、お前に告白する夢を見た。……ずっと打ち明けたかったんだろうな、オレは」

「あのさ、俺、ころころカノジョが代わってたのに、その度に告白しようか悩んでたのか?」

「いや、三人目辺りからは呆れてきて、お前の好きとオレの好きの感情、絶対に違う……とツッコんでいた」

「ほっとけ」

「でも、桜井先生の時は初めてヤバイって思ったな。心臓を包丁でぶっ刺されたみたいな衝撃だった。凄くショックだった」

「そっか……」

「十四年間も一緒にいられて楽しかったよ。辛かったけど、でもやっぱり、お前のそばにいられてオレは幸せだった」


最後のお別れみたいな言い方をする。


「過去形で言うんだな」

「……そうだな」

「卒業までだったな」

「……そうだな」


幼稚園の頃から今までずっと一緒だった親友が離れていく。

人生のほとんどの時間を共にした親友と、今後一切、関わらないでいくというのはリアルに想像すらできない。本当にそんなことができるのだろうか。


一臣といると、俺は世界が全然、怖くなかった。不安な気持ちが微塵も沸いてこなかった。

俺は一臣がいなくても生きていけるんだろうか。


「泣くな。我慢できなくなるだろ」

「お前は俺と離れて淋しくならないのか? 俺はお前と話せない間、淋しくて地獄だったぞ」

「オレも地獄だった」

「……おい、自分から俺のこと避けてたくせにか?」

「当たり前だろ。仕方なく避けてたんだ。分かってただろ」

「分かってはいたけど、なんだかな~」

「地獄なのに、いつも通りに生活は続いていて、何の支障もなくて……それが不思議だった。お前と離れている間、景色がずっとモノクロに見えた。お前がいないと、なにも楽しく感じないんだ。この世のすべてがつまらない。オレ、お前がいないと生きるのが楽しくないんだよな……」


しみじみと言った絞り出したその声は、微かに震えていた。今まで一緒にいて、こんなにも苦しそうな表情の一臣を俺は知らない。


「あのさ、だったら、どこにもいくことないだろ。俺もあんな思いするのは嫌なんだよ。これからもずっと、俺のそばにいてくれよ」


すると、一臣は俺を包み込むようにきつく抱き締めてきた。


一気に俺の胸がざわついた。


試合に勝ったり、夏休み明けに久々に会った時、幾度となく親友としてのハグをしたことはあったが、それらとは明らかに違っていた。


愛する者への深くて熱い抱擁。それは、俺の中枢神経を破壊した。


愛おしい――


そう思ってしまった。

頭が混乱する。


ヤバイ。どういうことだ。親友とはいえ、男だというのに。


華奢でもなければ、胸もなければ、くびれた腰もなければ、柔らかく突き出たお尻もなければ――とにかく女ではない。

なのに、俺は今、一臣に愛おしさが沸いてきている。


この感情は、ヤバイ。

こんなことが本当にあるのか。

これは、ヤバイ。

嫌な予感がする。


――堕ちるかもしれない。


この感情は危険だ。ある意味、洗脳に近い。一臣が無自覚なのが始末が悪い。

一番優しくて強烈な洗脳。おそらくそれは、一生、解けることはない。


この洗脳は偉大だ。なにもかもを凌駕していく。

性別なんか、もはやどうでもいい生物学的情報だった。

一臣だから愛おしい――

そう思わせる威力があった。


「ずっと、ずっとこうして抱きしめたかった」

「一臣……」

「手に入らないから、好きになりたくなかったのに、恋愛感情というのは厄介だな。自分じゃどうにもできない。どうすればいいのか本当に分からない」

「一臣……」

「お前がいないと辛い。離したくない。お前が欲しくて欲しくてたまらない。世界中の誰よりも……お前のことを好きなのは、このオレだ」


一臣の両腕に更に力が入る。

壊れるほどの抱擁は、セックスなんかより、よっぽど濃厚で甘美なものだった。


性欲抜きのまっさらな愛情表現は、動物的なものがなく、人間本来の精神だけで生まれてくるものだからか、純粋さが抽出されていて、愛情の純度が高い。


一臣の愛情が全身に伝わってくる。腹の奥底から幸福感が沸き上がってきて、思わず陶酔してしまう依存性がある。

恐ろしいまでの恍惚感。全てを敵にまわしても、二人でいられれば何も怖くないという圧倒的な安心感に溢れていた。


この感覚をどこかで味わったことがある。

そうだ。視聴覚室の時だ。

この感覚を味わったが最後、自分の感情なのに、コントロール不能になる。相手に自分の全てを投げ出してしまってもいいと思ってしまう。お前にだったら、抱かれてしまってもいいとすら思ってしまう。


ノンケだとか、ゲイだとか、男だとか、女だとか、それこそ、どれほど年齢が離れていようと、そんな無意味な物差しを一臣は熱い抱擁で強引に取っ払っていった。


キスでもセックスでもない。それなのに、こんな抱擁一つで、人ってこんなに簡単に堕ちたりするのか。


いつか言った、自分の台詞を思い出す。

――ごちゃごちゃうるさい。生徒がどうとか関係なしで考えろっつったろ。

男がどうとか関係なしに考えたら、俺はどういう答えを出すのか。


そう思った瞬間、俺の腹の奥底が、ざわっと騒いだ。


――ブレーキかけてる時点で、それは好きだろ。

いつか言った、自分の台詞を思い出す。


全身の毛穴から、汗がわずかに吹き出した。

気づかないように無意識に蓋をしていた感情。

男だから、親友だからと、無意識にブレーキをかけていた感情。

霧がかっていただけで、ずっと確かにそこにあった感情。

突然、湧き出る滝のように、地中深くに塞き止められていた感情が溢れだしてくる。


一臣に絆されている自分に、嫌な予感がした。俺は自覚したくなかった。もしかしたら、堕ちるかもしれないと。


好きにならないようにブレーキをかけようとしていた。それはもはや、好きだと認めたようなものだ。


俺は恋愛を分かっていなかった。俺の恋愛観は、先入観に支配されまくっていた。どこまでもガチガチに頭のかたい、勝手に世間が作った常識に洗脳されまくったバカな脳だった。俺は、一臣は男だから恋愛対象外だと勝手に決めつけていた。


俺のものを触られてイカされて、嫌悪感があれば、無感情であれば、俺は被害者でいられた。


けど、あの時の俺はどうだった? 「頼むからイカせてくれ」と一臣に頼んだ。一臣にイカされて、ただ、気持ちよくてイっただけだった。そして、思った。他の奴なら嫌だが、一臣ならいいと――


女の川島にはキスをするのも抵抗があったのに、男の一臣なら許せてしまう、この感情はなんなのか。


快楽に負けただけ?

熱い友情?

違う。これは―――愛情だ。


なぜなら、俺は、先生に悪いと罪悪感を感じた。それくらい、一臣から与えられた快楽に満足していた。その時点で、俺と一臣は共犯者になっていた。認めるしかない。

――俺は一臣に愛情を抱いている。


先生……ごめん。

俺、分からなくなってきた。

先生のことが好きだ。

好きだけど……一臣のことも好きみたいだ。悲しませたくない。気持ちに応えてやりたいと思う。離れがたく思っている。それになにより、俺自身が純粋に一臣という人間に惹かれている。


どうしても、なくしたくない大事な人なんだ。ただの親友じゃない、大切な人なんだ。一臣を絶対になくしたくないんだ。なくしたら、俺は必ず後悔する。


俺は一体どうすればいいんだ。

分からない。自分のことなのに、どうしたらいいのか分からない。


先生に逢いたい――

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