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愛情と友情の極限を求めよ。  作者: 大崎真


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27、名前のない感情

卒業考査の結果が返ってきた。クラスでニ位、学年の三百二十二人中で十七位だった。

成績は落ちていないが、木曜以外は塾に行ってるのに、成績が上がらないとはこれいかに。周りも相当やっているようだ。


俺の塾では、毎週日曜の午前に五ヶ所の教室の塾生が一ヶ所に集まってテストを受け、午後にテストの結果発表と解き直しをしている。それも、落ちていないが上がりもしない。


合格判定も、理系なら余裕なのに、苦手な国語を入れると、総合と文系は途端に厳しくなる。

全国の受験者数のことを考えると、今のままでは理系に絞るか、ランクを落とさないとヤバイかもしれない。

いくら英語と政経が得意とは言え、これではカバーするにも限界がある。今更だが、無謀なことをしている気がする。


テスト返却だけだったので、夕方の塾まで時間がある。

俺は軽く外で昼ご飯を済ませ、もう一度、学校に戻って、久しぶりに図書室に来た。

肌寒い廊下から、ほんわかした暖かい空間に守られ、一気に俺の心が和んだ。先生とキスしたなぁとか思い出に耽ってみる。


塾まで気分転換したい。

あと、読解力で足を引っ張っている国語を考えたかった。こいつさえなんとかなれば、かなり点数が上がりそうなものを。読解力って、かなり高得点だから、俺って、めっちゃ損してる。


とりあえず、気分転換に本棚の間をうろうろする。

『読解力が身につくトレーニング』のタイトルの本を見付け、なんとなく手に取って、パラパラとめくる。

『要約の練習を繰り返すことによって、読解力が養われるのです。』


それは塾でも言われている。

四百字で答える記述式の宿題が隔週で出されるが、苦痛で苦痛で仕方がない。返ってくる総合評価も良くて八十点代、大抵六十点代後半だ。

講評も、「文章の構成を見直して下さい」とか「全体的にはまとめられていますが、筆者の主張は必ず入れましょう」とか。なんだか、ぼんやりした指摘で、具体的にどうやって対策して勉強すればいいのか分からない。


とりあえず、本を持って戻ると、俺のアディダスのリュックのそばに一臣が座っていた。


「来てたんだな」


一臣は声を掛けた後、俺の持っている本に気付いた。


「……なんか、行き詰まってんのか?」

「俺の読解力を上げてくれっ」


俺は一臣にすがり付いた。


「そんなに国語が苦手だったか?」

「古文と漢文は知識力でいける。問題は現代文だ。読解力が全然ない。こいつをなんとかしたい」

「勉強してるか? 読解力なんて場数だろ」

「実は、あんまり時間を割いてない。塾の時しかしてない。そもそもやる気が出ない。勉強したところで、どうせ毎回違う文章だから」

「お前はバカなのか?」


一臣は呆れた顔で、自分の隣に座るよう促した。

だだっ広いテーブルが五つ並んでいる内の一つを、俺と一臣の二人だけが優雅に使えた。

周りの生徒は二、三人くらいしかいなかった。


「まず問題をやってみろ」


言われるがまま、塾の問題集をやってみた。嫌いな論説文だ。

隣で一臣は片手で頬杖をついて、俺をじっと観察していた。


「やったぞ」


見せると、一臣は解答を見ながら、黙って採点を始めた。

悲しいことに、赤ペンでペケと三角を付けられた。漢字の変換と簡単な抜き出しは丸だが、述べよという配点が高い解答はバツばかりだ。


「これでよく学年の上位を維持してたな。逆に凄い」

「学校のは知ってる文章だから。とにかく、なんとかしてくれ」

「なんて説明したらいいのか……。お前の場合は文を読んで、自分なりに咀嚼して解釈してる。そんなことはしなくていいんだ。向こうはそんなことを求めてない。わざと変に凝り固まった分かり辛い論説文を、いかに忠実に理解しているのかをチェックしているだけだ。オレの説明、分かるか?」

「おう、分かりやすい」

「読み手によって答えが変わったら採点するほうは大変だろうが。答えはいつもは一つだ」

「コナンくんですか?」

「コナンくんは『真実はいつも一つ』という決め台詞だ。そういうことを言うんだったら、オレは帰るぞ」

「ごめんごめんっ、謝るから見捨てないで!」


立ち上がった一臣の腰に俺はしがみついた。

帰してなるものか。俺の人生がかかってんだ。

動きが止まったので見上げると、一臣の耳が真っ赤になっていた。

十四年以上一緒にいるが、こいつのこんな反応を見るのは初めてだ。俺と同じで、攻めるのは得意だが、攻められたら途端に弱くなるらしい。

思わず俺のSが発動した。


「……お前、ひょっとして、俺が抱きついたから照れてんのか?」


無言で固まったままの一臣に、そんなに意識されたら、なんかこっちまでむず痒くなってきた。でも、帰してなるものか。


「頼むから教えてくれ」

「……分かった、もう少しだけ付き合ってやる」

「やったっ。ところで、照れるのやめてくれ。俺も照れるわ」

「仕方ないだろ、お前が抱きつくからだ。問題集を見せてみろ」


一臣から手を離すと、俺たちはまた勉強会を再開した。

なんだか不思議な関係だ。

周りからは、ごくあり触れた親友同士のじゃれあいに見えただろうが、俺と一臣にとっては、恋人同士に移行するまでの甘い触れあいに思えなくもない。


一臣に恋愛感情はないが、気持ち悪いとも思わないし、こんなガタイのいいクールな奴のこんなウブな反応を見るのは、見ていて純粋に微笑ましいとさえ思ってしまう。

親友とも、恋人とも違う感情。

この感情に名前を付けようにも、俺の浅すぎる人生経験ではかなりの難問だ。


「質問のパターンは大体決まってる。場数を踏めばなんとなく分かってくる。論説文も、わざと難しく論説しているだけで、よく読んだらそうでもないみたいな感じだ。数学で言うと、難しい公式をわざわざ使わなくても、基礎を知ってたら組み合わせて解けたりするだろ。そんなようなもんだ。難しい知識なんか持ってなくてもできる」

「なるほど」

「お前の場合は感想文を書いてるみたいな答え方だ。そうじゃなくて、文章の構造を読み解くみたいな……」

「文章の構造を読み解く……?」


頭にハテナが出た俺に、一臣は言い直した。


「そうだな……。難解な暗号文を解読するみたいな感覚でやれ。お前のように自分なりの余計な解釈はせず、素直に解読しろ。それから、出てきていないワードは絶対に使うな」

「はい」

「そして、必ず必要なワードを入れろ」

「はい」

「選択肢では、自分の解釈に近い答えを絶対に選ぶな。根拠を見付けろ。本文にない、根拠のない物を消していけ。選択肢は消去法だ」

「はい」

「あと、一番大事なのが、問題を解いた後、絶対に解答と解説をじっくりと時間を掛けて読め。それを永遠に繰り返せ。分かったか?」

「……分かりました」

「じゃあ、あと一時間だけ付き合ってやる。やれ」

「……はい、ありがとうございます」


物凄い上から目線の家庭教師に指示され、俺は素直に従って黙々と解いていった。

問題を解き、解答と解説をきっちり見直す、の流れを二回分、付き合ってもらった。


「あと、この評論文の二項対立も憶えておけ。大体の評論文が、Aという意見とBという対立した意見について書かれた二項対立の文章だ。こういう文章で大事なのは、著者がどっち側の立場なのか把握しておくのと、問題文で聞かれている意見や理由はどっちの意見なのかを把握しておくことだ」


慣れるまでは、二項対立は、赤ペン青ペンで引いていけ。

具体例はカッコをつけろ。

主張のところは波線を引け。


一臣は俺に分かりやすいよう、具体的な対策まで教えてくれた。

文学的な才能が必要な漠然としたやり方ではなく、点を取るテクニックを教えてくれている。理数系の俺に分かりやすいよう、数式を解くように教えてくれている。

俺のことをよく分かってくれているだけに、なんとも有難い説明だった。


「一臣」

「なんだ?」

「模試の結果がこれなんだけど、ランクを下げた方がいいと思うか?」

「見せてみろ」


一臣は、俺から受け取った全統共通テスト模試をじっくり見た後、


「苦手な国語を普通にすれば、滑り止めは確実に合格できるだろ。最終の試験まで二ヶ月半ある。お前だったらできるな?」


と、人差し指を指して聞いてきた。


「できます、できますとも。おまかせあれ」

「言ったな? 絶ッ対にしろよ」

「はい……」


一臣のSに比べたら、俺のSなんて可愛いもんだと思う。めっちゃくちゃ怖ぇーよ。


「問題は第一志望のこいつだな。今はCよりのギリギリDか。これをAよりのギリギリBにするには、あと20点足りないんだな。お前の目指す学部が400点満点だから、900点満点にすると約45点が不足していることになる。七科目受験だから一科目に換算すると、各科目七点追加で到達する。各科目一問だけ多く正解するだけで、B判定になるんだ。頑張れるか?」


下手な慰めや応援よりもよっぽど効く。胸が熱くなる。

一臣、俺はお前といつまでも一緒にいたいよ。


「頑張ってみる。もともと、第一志望は夢だったから、やめる気なんかなかったしな」

「そうだと思ったよ」

「一臣」

「なんだ?」

「ありがとう」


ありったけの心を込めてお礼を言った。

一臣は慈愛の込もった目で俺を見ると、小さく笑って、


「今度、昼飯おごれよ」


と、俺の髪をくしゃりと優しく撫でてくれた。


不安でしんどかった。どうすればいいのか分からなかった。それが嘘みたいに消えていた。不安よりも闘志が沸いている。


一臣、卒業までしかいられないなんて淋しいよ。

一臣、お前には分からないかもしれないが、俺はお前をどうしてもなくしたくないんだ。

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