22、limの始まり2
翌日になった。
いきなり下駄箱で会った。一臣が先に上靴に履き替えていた。
いつものように隣に立って、下駄箱を開ける。
「……よう」
一臣が小さく挨拶をしてきた。
「……おう」
俺もいつものように返していた。十四年間続いてきた、いつもの挨拶。ほとんど無意識に口をついて出ていた。
「……昨日はごめん」
一臣があっさり謝ってきた。
「おう……」
俺も返していた。
一拍置いて、決心したように一臣が小さく言った。
「……もう終わりにしようか」
「…………もうちょい頑張ってみる」
「え?」
珍しく、一臣が驚いた声を出した。
幸いにも、周りは更に雑談でうるさかったので注目されることはなかった。
俺は上靴を履いて歩き出す。いつもとは違い、一臣が後ろから慌ててついてきた。
俺はまっすぐ教室に向かわずに、教室と同じフロアの一番突き当たりに位置する美術室の前に来た。美術室に用事がない限り、こちらにやってくる者はいない。
案の定、登校してきた生徒たちが、数十メートル先で、こちらとは別の方向へ次々と散っていくのが見える。
ここまでかなりの距離がある。廊下の電気も消されていたため、この空間だけ、切り離されたかのように静かだった。
「俺、思ったんだよ。二人になったらまずいのに、あの時はミスったな。次からはお互いに気を付けようぜ」
「そういう問題じゃないと思うぞ」
そうはいっても、俺だって考えあぐねていた。
もうこれに正しい答えなんてない。自分たちで出すしかない。
「じゃあ、俺たち、どうすりゃいいんだよ。また無理にシカトする日々に戻んのか」
「遼介、以前、言ってたよな。この関係はどういう関係かって。オレが聞きたい」
「俺も聞きてーわ。大体、お前が屋上に来たから二人っきりになったんだろーが。自制できねーんなら屋上に来んな。お前が悪い」
「お前と先生の話なんだから、二人っきりじゃないとできないだろうが。それに、オレは自分を止める自信はないと前もって忠告しておいたはずだ。それを知ってて、なんでこれからもオレに近づこうとするんだ。お前が悪い」
「…………」
「今回で分かっただろ。オレたちが親友関係を続けるのは、もう無理だ。悪いが、今後一切、オレには関わるな」
俺の頭でブチンと切れる音がした。
「そんなのは、お前が一人で決めることじゃないだろ!」
「…………」
「俺、なんにも悪いことしてねーのに、なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねーんだ! お前が勝手に俺を好きになったんだろうが! フッた俺が悪者か? いい加減にしろよ!」
「時々、殿様になるのやめろ」
「殿様にもなるわ」
「フラれた上に怒られてる身にもなれ」
「悪いことしてねーのに、近づいてくるお前が悪いとか言われる身にもなれ」
今まで口喧嘩をしてきたことはあったが、こんな内容は初めてだ。
「……蛇の生殺しって知ってるか?」
「知ってる。蛇って、目と耳と足が退化した生き物なんだよな」
「蛇の説明はいらんっ」
「そんなことくらい知ってる」
俺と一臣は、同時に吐き捨てるような溜め息を吐いた。お互いに一頻り黙った後、先に口火を切ったのは一臣だった。
「遼介」
「なんだよ?」
「……お前はこの関係を続けていく気なのか?」
「一臣はどうしたいんだよ」
「……お前がしんどい思いをしないようにしたい」
「しんどい思いをさせるから俺から離れていくのか?」
「そうだ」
「俺、昨日、ずっと考えた。で、思ったんだ。昨日のことより、お前が離れていく方が俺はしんどい」
「…………」
「別に弄んでるつもりはない。俺のそばにいるのが辛いんだったら、お前の言うように終わりにする。でも、俺はお前がいないと淋しいよ。お前と一緒にいられるんだったら、俺は……別にどうなってもいいよ」
一臣は大きく溜め息を吐いて、「そんなことは言うな」と言った。
「オレのことじゃなくて、自分のことも少しは考えろ。また昨日のようなことがあるかもしれないぞ」
「次は全力で逃げることにするわ」
「追いかけるかもしれないぞ」
「追いかけてこいよ」
にんまりした俺に、一臣は浮かない表情から少し柔らかい表情になった。
「……分かった。でも、この関係は卒業までにしたい」
「分かった。卒業までな」
小さく笑った俺に、
「……結局、お前の言いなりになってんだよな……」
と、一臣は呆れていたが、「本当にめげない奴だな」と諦めたように笑う。そして、
「オレもお前と一緒にいたい」
と言った。
不思議だった。ずっと考えていた。
これは、一体どういう関係なんだろうと。
あの時の俺は、嫌悪感もなければ、一臣なら別にいいとさえ思った。
いくら十四年間の絆があるとはいえ、親友にあそこまで思えるものだろうか。
あれは一体どういう感情のものなのか。
それに、なぜ俺はこんなにも一臣に執着しているんだろう。
これは、愛情なのか、友情なのか、ただの共依存なのか。
ただ、嫌な予感がする。
分かっていることが一つだけある。
愛情に近い感情――
――俺は一臣に絆されている。




