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17、独占欲2

先生の車の前で待っていたら、気づいた先生が、慌てて俺に駆け寄った。


「な、なんでいるのっ?」

「なんでって、三十分で交代だって言ってたから」

「そ、そうだけど………」


教職員の車は、校舎の北側に並べて駐車されている。

普段は校舎の影に覆われているだけなので人の気配はなく、すっかり陽も沈んだ今は、遠くの昇降口の灯りが微かに届いているだけで、先生の顔がなんとか判別できる程度だった。

普段は無音だが、今は南側に位置する運動場から、祭りの音がかすかにこちらまで届いていた。


「話したいんだけど、今いい?」


俺の誘いに、先生は一度辺りを伺ってから俺を見た。


「今じゃなきゃダメ?」

「なんか用事でもあんの?」

「別にないけど……今日は人が多いから、もし誰かに見られたら困るかな、と……」

「見られてもいいよ」

「付き合ってるって思われたらどうするの?」

「思わせとけばいいだろ」


先生は俺の腕を取って、体育館裏まで引っ張っていった。

俺がずっと真顔でいるから、何かを悟ったようだった。


体育館裏は、更に祭りの音が遠ざかった。

フェンスの向こう側に立つ街灯に、小さな虫たちが微かな羽音を立てて群がっている。

街灯のお陰で、さっきの場所より僅かに先生の顔が確認できる。

日が沈んでも気温はさほど下がらず、俺の頬から汗が滴った。


「遼介……なんか怒ってる?」

「怒ってる」

「なんで……?」


心配そうに上目遣いで見上げてくる先生に、俺は我慢ができなくなってキスをした。


「……りょ、遼介……ちょっと待ってっ」


先生の泣きそうな声に、俺は余計に止められなくなった。今の泣きそうな声で完全にリミッターが外れた。

舌を入れて、先生の舌を追いかけた。でも、先生は緊張して舌が固いままだった。


「先生、舌の力、抜いて」


わざと耳元で囁いて、俺は促した。

ついでに耳を甘噛みしたら、ほどなく先生が舌の力を抜いた。


その瞬間、柔らかくなった舌に俺の舌を絡ませた。先生の柔らかい舌に俺の柔らかい舌が重なって、俺の体は燃えるみたいに熱くなった。


彼女の吐息に、俺の心臓が愛しさで締め付けられる。先生の呼吸に合わせて、俺は何度も何度も舌を絡ませた。


先生の全部が欲しい。一つ残らず全部だ。


先生の口の中を、俺の舌でゆっくり這わせていく。

でも、こんなんじゃあ、全然、俺の欲は足りなかった。

先生の舌を甘噛みした瞬間、先生が崩れ落ちた。

へたり込んだままの先生に、俺はしゃがみこんで、


「大丈夫か?」


と、顔を覗き込んだ。


「……大丈夫じゃない。腰に力が入らない……」


先生は涙目でうるうるしていた。

俺はゾクゾクした。ここが外じゃなかったら思わず押し倒していたところだ。


「……なんでこんなことするの?」

「意地悪したくなったから」

「なんで怒ってるの? 話ってなに?」

「俺のこと信用してくれてるんだったらいいけど、温度差があると言うか」

「……温度差?」

「俺のこと、どう思ってんの? もしかして弟みたいに思ってないか? 言っとくけど、俺、先生の弟じゃないから」

「…………」

「俺が女子からLINEのグループに誘われてんのに、なんかニコニコしてて、全然、平気そうだったから。カノジョだったら、普通は気になったり嫌だったりしないか? 俺が他の人の物になってもいいのか? なんか凄いショックというか……」


黙ったままの先生に、俺は無性に悲しくなった。

こっちは頭がおかしくなるくらい夢中だというのに、俺だけが余裕がなくて、必死で、一方通行な虚しさを感じて、ただただ辛い。

先生が冷静であればあるほど、俺はいつか捨てられるんじゃないかと怖くなる。


「……なんかもういいや、この話やめる」


無理やり気持ちを切り替えようとそう言った瞬間、先生の目から大粒の涙がぽろぽろこぼれ落ちた。


「え、え、えっ?」


俺はめちゃくちゃ戸惑った。


「ど、どうした? 俺、そんなにキツく言ったか?」


すると、先生はぶんぶんと首を横に振った。


「りょ、遼介は、しっ知らないだろうけど、あの後、女の子たちに聞かれたの。先生は遼介のことをどう想ってるのかって……」

「…………」

「そっそれで私、生徒としてしか見てないからって答えたら…っ、じゃあ遼介のこと頑張ってみようかなって女の子たちがみんな話してて…っ、凄く凄く不安になって…っ…」

「…………」

「温度差ってなに? どうして私の愛情が少ないって分かるの? 私も遼介のこと、すっごくすっごく好きだからっ。遼介、朝の準備の時に運動場で女の子と楽しそうに喋ってたでしょっ。職員室から見えたんだからっ。凄く凄く嫌だったっ。私も、あの子達みたいに生徒だったら、遼介と一緒にいっぱい喋れるし、堂々と付き合ってるって言えて一緒に手を繋いで帰ったりとか」


俺は、ぎゅ~~~っと先生を抱き締めた。


「いたたたた、痛い痛いっ」


痛がる先生の声も無視して、めちゃくちゃきつく抱き締めた。


ヤバイ。なんだこれ?


今まで感じたことのない嬉しさだった。嬉しすぎて心臓が痛いくらいだ。

今までならヤキモチを焼かれて、正直、面倒臭いと思っていた。けど、今は純粋に嬉しさしかない。

不安な感情が一気に吹き飛んでいった。


「俺、めちゃくちゃ嬉しいんだけどっ!」

「う、うん、良かった……けど、鼻痛い……」


俺は「すまん」と先生の鼻をなでた。


「ちなみに、なんで俺が女子にLINEに誘われてるのにニコニコしてたんだ?」

「あれは……その……モテてるのが凄ーいって……」

「そっち?」

「うん……」

「でも、そんなに俺ってモテないよ。一臣のがめちゃくちゃモテる」

「あ、そうだ。新堂くんと仲直りできたのね?」


仲直り……というのかどうかは分からんが、


「できたできた。仲直りできた」


と、俺は答えた。

思わず早口になった俺に不思議に思ったようだったが、すぐに、たこ焼きや焼きそばを一緒に食べていたさっきの光景を思い出したのか、


「良かったわね」


と、先生はあどけなく笑った。


「卒業まで後六ヶ月半か……。なんか、なげーな……」

「そうね……」

「ポップコーン、余ってるんだけど一緒に食べるか?」

「……ポップコーンが腹立つけど食べる」

「ポップコーンくんに罪はないから」

「遼介、キスは禁止だからね」

「じゃあ、セックスはOKってことですか?」


両手で押されてツッコまれた。


「俺、なんだったら許してもらえんの?」

「卒業まではダメだから。分かりましたか?」

「……分かりました」

「ここ、暑いわね」


先生が首元を、手の平で内輪をあおぐようにパタパタした。めったに汗をかかない先生の首筋に汗が浮かんでいる。

俺が思わず首筋にキスしようとすると、さすがに気付いた先生が、手の平で俺の顔にチョップした。やはり、倫理観のが勝るらしい。


倫理観とか関係なしに、首筋のキスを思わず許してしまうくらい俺のことを好きになってほしいんだけどなぁ、とか思ってみたりする。


この時の俺はまだ、本当に人を愛するということがどういうことなのかを全く分かっていなかった。

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