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16、独占欲

期末テストが終わった。

長い長い夏休みが始まることになる。

先生にしばらく会えなくなるんだと考えただけで自然とため息が出た。こんなに気分が乗らない夏休みは初めてのことだ。


夏休みといっても、部活で毎日学校に来る。

けど、先生は休みだから、職員室の窓を覗いても、当たり前だがやっぱりいなかった。桜井先生の座っていない席は、見ていて淋しすぎる。俺の気力が八割減退した。


八月になった。

茹だるような熱気が、容赦なく頭上から降り注ぐ。セミの鳴き声が耳をつんざく。


毎年恒例、PTAと学校と地元の自治会が主催の夏祭りがあるので、この日は昼からテント張りに駆り出された。

去年もやったので、後輩を誘導しながら作業をこなす。すべてのテントを張り終えた頃には、コンロや大量の食材を抱えた自治会の大人たち、一部の先生とPTAの保護者たちが、各々、分担してコーナーをセッティングし始めていた。


一面、黄土色の砂しかなかった運動場は、瞬く間に白いテントや赤い提灯で彩られ、賑やかな雰囲気に変貌していった。


「あっ、楢崎先輩っ」


呼ばれて振り返ると、川島心海が大量のポップコーンのカップを両手に抱えていた。


「あ、お疲れ様」


軽く会釈した俺に、川島はニコニコして、カラカラした笑い声を立てた。元気そうで良かった。


「なになに、なんなんですか、その他人行儀な対応は~っと危ないっ」


倒れそうになったポップコーンのカップを俺はとっさに支えた。


「手伝うわ~………」


さりげなくカップを多めに受け取ると、


「嬉しいですわ~………」


と、俺の口調を真似てくる。

思わず、ぶふっと吹き出すと、川島は赤くなって、はにかんだ笑みを浮かべていた。

今までの俺ならSが発動していたが、今は誤解を招くような行動は慎もうと気付かないふりをした。


「これ、何個作るんだ?」

「四百です」

「四百!? なんか、ありがとうございます」

「どういたしまして。無料券、持って来ましたか?」

「当たり前だ」


真顔で言った俺に、川島はカラカラと笑った。


「さすがですっ。先輩にはサービスして多めに入れますねっ」

「おうっ、頼むぞっ」


俺は夏祭りが楽しみになってきて思わず笑った。

ここ数日、夏のインターハイの引退試合のために朝から夕方まで練習ずくめの毎日だったから、久しぶりの軽いメニューに俺はテンションが上がっていた。毎年、夏祭りが開かれる日は、軽めのメニューになるのだ。


一度、体育館に戻って軽く汗を流し、夕方に練習を切り上げてストレッチをしていると、学校中に音楽が流れ始めた。

夏祭りが始まったようだ。


お腹が空いたので運動場へ行ってみると、すでに地元の子供たちが大勢、並びだしていた。

正門からも、どんどん子供や付き添いの大人がやってきている。日が沈んで、赤い提灯が灯り、運動場はあっという間においしい空気に染まっていった。


バスケ部の数人でたこやき、焼きそばと食べてまわり、次に川島のいるポップコーンのコーナーに行こうと近付いていくと、俺は度肝を抜かれた。

桜井先生が隣のフランクフルトのコーナーで、ホットプレートに並べられた大量のフランクフルトをトングでひっくり返していたのだ。


エプロンをつけて、頭に三角巾を巻いている。いつもの、白いブラウスにひらひらの長めのスカート以外の姿を見たことがなかった俺は、心臓を鷲掴みにされた。


「先生、なんでいんのっ!?」


思わず駆け寄ると、先生はふふっと柔らかく笑った。

驚いていないので、俺がいることにはとっくに気付いていたようだった。


「フランクフルトの担当に当たっちゃって。でも、あと三十分で交代だから。あ、楢崎くん、食べる?」

「食べるっ!」

「マスタードはいる?」

「いるっ!」

「はい、どうぞ」

「食べさせてくれないの?」


トングを振り上げた先生に、俺はウシシ笑いをした。


久しぶりに見る先生は、やっぱり綺麗だった。こんなに暑い中の作業なのに、なぜか汗一つ流れていない。

凛とした佇まいに、清楚な大人の空気を纏っているのに、反応と動作が相変わらず可愛い。アンバランスさが俺の中では理屈抜きにドストライクだ

八割減退していた俺の気力が、フルに戻った瞬間だった。


他愛ない会話をして、俺は次にポップコーンのコーナーに移った。

途端に、


「先輩っ、これ、特別に多めに入れた先輩専用のやつですっ」


待ってくれていたのか、川島に即座にポップコーンの入ったカップを差し出され、


「お、おう、ありがとう」


俺は慌てて受け取りながら、慌ててお礼を言った。

なんか、こんなにおいしい思いをしていいんだろうか?と不思議に思うほど、山盛りに盛ってくれていた。後でバスケ部のみんなで分けてやろうと思うほどの盛りようだ。


「あなたが楢崎先輩ですか?」


川島の両サイドにいる女の子たちに聞かれ、


「そうですけど」


と返事をしながら、俺はポップコーンを頬張った。


「うまいっ」

「分かりますっ? 去年まで塩味だったんですけど、今年からバター醤油にしたんですっ」


力説した川島に、


「グッジョブ!」


と、俺は親指を立てると、川島と両サイドの女の子の三人も親指を立てて返してきた。

俺は思わず吹き出した。


「あの、カノジョはいるんですか?」


突然、誰かが聞いてきた。川島ではない。

一瞬、考えた後、


「いない」


と、ポップコーンを食べながら答えると、


「うそーっ」

「絶対いそうですよねー」


と、口々に言われた。


はい、そうです、本当はいるんで。

いる……? いると言っていいのだろうか。

今の俺と先生は、これはどういう関係なんだろうか。

付き合うのは卒業までやめにしたから、ただの教師と生徒の関係に戻った。

だが、両想いという確たるものがあるから俺のカノジョと言っていいんだろうか。謎が謎を呼ぶ。


それにしても女子って鋭いなと思いながら、俺は平常心を装って返した。


「いると思うでしょ? でもいない」

「へぇ~」

「そうなんですね~」

「LINEとか平気ですか?」

「せっかくなんで、五人でLINEのグループとかしませんか?」


川島の両サイドの女の子達がぐいぐい来た。川島を助ける連携プレーなのか、個人個人が俺に興味があるのか、なんなのか。

しかし、川島は申し訳なさそうな、困ったような、なんとも複雑な表情なので、個人個人が俺に興味があるらしい。


俺は思わず、桜井先生を見た。

距離にして五メートル弱。明らかにこちらの会話が聞こえているに違いないが、先生はなんとニコニコ笑って俺を見ていた。


まったくヤキモチを焼いていない……。

穏和な先生に怒れと言うのが土台無理な話なのかもしれないが、それにしてもニコニコ笑うって……。不安そうな顔をするなり、せめて聞こえないふりをしてくれたらいいものを。もしや先生にとって俺は弟みたいな存在なんじゃなかろうか……。


思い当たる節はあった。

大抵、俺が嫉妬して、先生がそれを知らず知らずのうちに拭ってくれているパターンだ。

先生が嫉妬しているところを見たことがない。

図書室の時も好きかどうかまだよく分からないと言っていた。

認めたくはないが、ひょっとしたら、弟の好きを恋愛の好きと勘違いしてるんじゃなかろうか……?


俺はガックリした。

だったら、今からカレシに昇格できるよう努力すればいいだけなのに、せっかちな俺はまたしても、もやもやが出てきた。

余裕のある大人になるとか、包容力を養うとか、そんなことには無縁の一本槍な性格だ。自分でも嫌になる。


「嬉しいけど、さすがに初対面の人とはやめとこうかな。ごめんな」


謝ると、三人は、


「いえいえ、そんなっ」

「滅相もないですっ」

「こちらこそ厚かましかったですっ」


と、両手と首を左右にブンブン振ってくれた。


「それに、カノジョはいないけど、好きな人はいるから誤解されたくないしな」

「その人には告白したんですか……?」


川島が真顔で聞いてきた。いつもの明るいキャピキャピした雰囲気は消えていた。

隣の桜井先生を意識しているのが手に取るように分かる。

ついいつもの悪いクセで、また俺のSが発動してしまった。


「いや、まだしてない。なかなか気付いてくれない鈍感な人で困ってるんだよな。どう思います、桜井先生?」


急に振ってみたら、


「えっ?」


と、先生はびっくりして、両肩をピョンと上げた。

女子たちになにやら詰め寄られているようだったが、知ったことではなかった。


俺は心の中でウシシ笑いをして、さっさとその場から立ち去った。

ちょっとだけ、いやかなり、俺は先生を困らせてやりたい気持ちになっていた。

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