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15、次の関係性が成り立つことを証明せよ。

体育館の室内温度計が三十五度を越えた。

まだ六月だというのに、季節外れの高温は未だに続いている。体育館の壁の漆が溶けている時があるから、もたれない方がいいぞとコーチからアドバイスされるほど、体育館の熱気は凄まじいものがあった。


3on3をして、次にフリースローのわずかな休憩のメニューになった時、不意に吐き気が襲ってきた。体育館を出て、扉の足元に置かれている大量の水筒の中から自分の水筒に手を伸ばす。

一瞬、眩暈がした。


ヤバイ、熱中症か?


俺は慌ててスポーツドリンクを喉に流し込んだ、その瞬間、視界が傾いていた。

そのまま、俺は、意識がなくなった――




微かに消毒液の臭いがした。

遠くで誰かの声がする。

小さい頃から聞き慣れた声だ。

一臣の声だ。

俺の名前を呼んでいる。

いつもは冷静な声が、今は不安と焦りが入り交じった声だ。いつだったか、聞いたことがある。そうだ、小学生の時だ。ジャングルジムから落ちた俺を、心配していた時と同じ声。


俺は、ゆっくりと目を開いた。視界には、一臣と保健の先生が覗き込んでいた。


「良かった! 気が付いたのね!」


うちわで扇ぎながら、保健の先生がホッとした顔をした。一臣もすぐに安堵した表情を見せた。


「大丈夫か?」

「……ああ、大丈夫」


なんだか分からないまま、とりあえず返事をした。

だんだん視界がハッキリしてきた。白い壁に白いカーテン、白い天井、白い布団のベットの上で、俺は横になっていた。すぐにここが保健室だと分かった。


「良かったわ~っ! 今から救急車を呼ぶところだったのよっ。意識はハッキリしてるわね? 念のため、名前は?」

「楢崎遼介です……」

「大丈夫みたいね。今すぐポカリ飲んでちょうだいっ」


冷えたペットボトルを渡され、俺は上半身を起こして、ごくごく飲んだ。

喉から胃まで、冷たい液体が流れ込んでいくのがハッキリ分かるくらい、俺の身体はカラカラに干からびていたようだ。

ふと視線を落とすと、何袋かの氷のうがベッドに転がっていた。俺の身体を冷やしてくれていたらしい。


「念のため、病院に行く? 行くなら家に電話していいかしら?」


保健の先生の提案に、俺は「あ、いや、もういいです」と即座に断った。


「今日、おかんパートだから出ないんで。もう大丈夫なんで、病院もいいです」

「そう。念のため測ってちょうだい」


体温計を差し出され、測ったら微熱程度だった。


「下がってきてるわね。もう大丈夫そうね」


保健の先生が、体温計を確認しながら安心した時、放送が流れた。保健の先生の呼び出しだった。


「行かなきゃ。しばらく、帰ってこれないかもしれないし、申し訳ないけど、後はあなたにお願いしていいかしら?」

「分かりました」

「ありがとう。お願いね」


そう言って保健の先生が出ていった後、一気に部屋は静まり返った。エアコンの風の音が聞こえるほどまでになった。

窓の外から生徒の声が聞こえてきた。

保健室の窓からは運動場が一望できる。見ると、陸上部がハードルを片付けているのが見えた。もう部活が終わったらしい。

俺は体を冷やすため、ベッドにもう一度、横になって一臣を見た。


「俺って倒れたのか?」

「倒れた。すぐに気付いたから、みんなで保健室に運んだ」

「そっか。誰が気付いてくれたんだ?」

「オレ」

「よくすぐに気付いたな」

「お前が気付かんだけで、オレはお前を見てる」

「有難いような、気持ち悪いような……」

「今回は有難いと言え」


俺は、ぶふっと吹き出した。

一臣の目を見て、


「一臣、ありがとう」


と、きちんとお礼を言った。久しぶりに話せるのが嬉しくて思わず笑う。

すると、一臣はベッドの横のパイプ椅子に座り込んで、全身で脱力した。ぐったりとうなだれてしまった。まるで脱け殻みたいだ。


「おい、大丈夫か? どうした?」


心配になって顔を覗き込むと、一臣は突然、目を見開いて怒鳴り出した。


「心配かけるなっ! ちゃんとポカリを飲めっ! 熱中症は死ぬかもしれないんだぞっ!」

「はい……」


いつもの冷静沈着な一臣はどこへいってしまったのか。俺は素直に返事をするしかなかった。


「次からは気をつけろっ!」

「はい……ご心配おかけしました」

「よし。ところでお前、桜井先生と付き合ってるだろ」

「えっ、なんでっ?」


唐突な質問に思わず聞き返すと、一臣は深い溜め息を吐いた。


「お前、図星の時に『なんで?』って聞く癖、直した方がいいぞ」

「…………」

「そんなに分かりやすい性格なのに、隠し事ができるのか?」

「…………」

「お前は危なっかしい性格だから、それも気をつけろ」

「はい……ご忠告、ありがとうございました」

「おう」


ぶっきらぼうに返事をした一臣に、俺は「あの……」とおそるおそる聞いてみた。


「俺らって、これ、どういう関係? 俺、まだお前と喋っちゃダメなのか?」

「そうだな」

「勝手に好きになっといて、フラれたからって勝手に俺から離れていくってひどくねーか? 俺はそんなの認めんぞ」

「時々、殿様になるのやめろ」


俺は子供の頃から、時々、こんな風に殿様になることがある。そんな時はいつも一臣が嗜めてくれていた。

確かに言い方、冷たかったかな、と思い直し、俺は素直な気持ちになって言い直した。


「一臣、応えてやれなくてごめんな。俺のことを思って離れることにしたんだろうけど、でも俺、お前と喋られなくなるのはすげー淋しいわ……」


一臣はしばらく黙った後、心配そうに返してきた。


「お前、知らんぞ。オレは自分を止める自信がないからな」

「分かった分かった。ならこうしよう。二人っきりにならないようにしよう。それならいいだろ?」

「お前、今のこの状況を分かって言ってるのか? 思いっきり二人きりだろうが。無防備にもほどがある。今、襲ってもいいんだぞ」

「待て待て落ち着けっ、俺、Sだし攻める方が好きだから。マジで受け身は無理だから。頼むからやめろ」


手のひらでストップさせ、馬を宥めるように「どうどう」と言いながら一臣を落ち着かせると、


「なに焦ってんだ。冗談に決まってるだろ」


と、一臣は淡々と返してきた。


「こんな時にややこしい冗談を言うなっ、分かんねーよっ」

「困ってるお前を見てると楽しいな」

「反省してないっ。ふざけんなっ。Mだと喜ぶんだろうけど、俺はムカつくだけだっ。もういいわ、制服、取って」

「その顔で甘えるのが好きでSは詐欺だろ」


一臣からまたもや淡々とクレームが入った。


結局、いつもお前の言いなりになってんだよな……とぶつぶつ文句を言いながらも一臣は俺に制服を投げてくれた。

俺はいつものウシシ笑いをした。一臣はまたげんなりした顔をしたが、すぐに観念したのか、困った奴だと言いたげに笑った。いつもの一臣だ。


なんか、こそばゆくなってきた。いつもの空間だ。

涙が出そうだ。すげー嬉しい。

俺にとって、この空間は必要不可欠だ。この空間にずっと甘えていたい。

自分の居場所なのに、居心地の良さって自分ではどうにもできないんだなと思う。


自分の居場所は自分だけじゃなく、周りが作ってくれている尊いものなんだ。

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