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13、仮定と結論

六月も中旬になると、かなり暑い。

校庭の隅で咲いている紫陽花が、青と紫とピンクの綺麗なグラデーションを彩っている。


部活で、体育館がバレー部と新体操に取られる日は、校庭でひたすらダッシュを何本もやらされる。かなりキツイ。

季節外れの暑さも手伝って、終わった後、俺の上半身は汗びっしょりでベタベタになっていた。


仕方ないから、上半身裸になって、校庭横の水道で頭から水をかぶる。

ついでに水をがぶ飲みし、顔を振って飛沫を払い、顔をあげると、視線を感じた。

一臣だった。

俺の上半身を見てムラムラしているんだろうか。

カミングアウトされてからというもの、今まで意識していなかったことをあれこれ変に勘ぐってしまう時がある。


――カミングアウトしたのに、今まで通りの関係なんてもう無理だろ。


一臣の言葉を思い出す。

いろいろ考えてしまう自分が嫌になってくる。大体、裸なんて今更だしな、と思考を無理矢理やめたくなる。


一臣は真っ直ぐこっちを見ていたが、すぐに視線を反らして去っていった。

この空気が卒業まで続くんかい。

そう思うとげんなりした。


「あ」


かすかに先生の声が後ろからしたので振り返ると、先生は真っ赤な顔のまま、


「お、お疲れ様」


と、恥ずかしそうに笑っていた。

俺の腹の底から、沸々と嬉しさが沸き上がってくる。それと同時に俺のSが発動した。


「今、大丈夫?」

「う、うん、大丈夫だけど……」


先生は戸惑いながら答えてくれた。

先生に近づいていくと、俺はそのまま腕を取って「えっ? えっ?」と戸惑う声を無視して体育館裏にやってきた。

以前、川島に呼び出された場所で、誰も来ないから便利だと思った場所だ。


「なに? こんな所に来てどうしたの?」


目のやり場に困っている先生を、俺はいきなり正面から抱き締めた。

てっきり抵抗されると思っていたが、あっさり先生は受け入れてくれた。


車内で抱き締めた時はガチガチに固まったままだったが、今はおずおずと遠慮がちに俺の背中に両腕を回してくれた。上半身裸だから、先生の細い腕と温かい手の平を背中に直に感じる。それだけで、俺の心臓は驚くほど加速した。


そのまま、先生の両肩に両腕を乗せて、先生の顔を優しく包み込んでキスをした。

時折、苦しげに息をする先生の吐息に、俺の心臓は溢れ出る愛しさに潰れそうになった。


だんだん体が熱くなってきた。

先生の背中と腰をキツく抱き寄せ、思わず舌を入れたが、先生は体を固くしたものの、受け入れてくれた。

先生の舌を追いかける。息をするのを忘れてしまいそうだ。


先生の胸の下の根元に親指で触れてみた。体がビクッと跳ねたが、初めて抵抗されなかった。


ヤバイ。キスするだけのつもりだったのに。


学校でこんなことは二度としないでと図書室でお説教を食らったから、また焦ったり困ってる顔にしてやろうと、いつもみたいにからかうだけのつもりだったのに。


先生のスカートを片手でたくしあげ、手を入れて太股に触れてみた。

体を固くしたが、先生は止めなかった。


ヤバイ。俺の中のヒューズが飛ぶ。

もう限界だ。

止メラレナイ――


その時、チャイムが鳴った。

体育館裏のすぐそばにはスピーカーがあったので、耳をつんざく凄まじい大音響だった。


「うわっ」


俺は思わず両耳を塞いだ。

先生も同じように塞いでいる。そして、お互いに目が合って、思わず二人で吹き出してしまった。


「先生の服、濡らしちゃったな。ごめん」


先生は、白い長袖シャツにネイビーのひらひらのスカートを着ていた。清廉潔白の象徴みたいな服装だ。

上半身裸で水浴びをして、拭かないまま抱き締めたから、滴が服に付いてしまっていた。


「拭いてからにしたら良かったな」

「ううん、濡らされてちょっと嬉しいかも、なんちゃって」


照れ臭そうに微笑んだ先生に、俺は思わず乗っかってみた。


「今日、先生ん家に行きたいかも、なんちゃって」


すると、


「……ごめんなさい」


と、先生は途端に顔を曇らせた。


「……俺って、そんなに男として魅力ない?」


俺の心配に、思ってもみない台詞だったのか、先生は驚いた顔をして、次にブンブンと激しく首を横に振ってくれた。こちらが首を心配になるほど、はっきり否定してくれた。


「あ、違ったんだ。じゃあなんで?」

「だって……あなたは生徒だから……」

「あ、そか、なるほどな。忘れてた」


手の平に拳を置いてポンッと音を鳴らした俺に、先生は「ぷっ」と吹き出したが、すぐに小さな溜め息を吐いた。


「なんか、教師失格だったな……。さっきも私が止めなきゃいけないのに……」

「俺のカノジョとしては合格ってことでここは一つ……」

「もうっ、真剣に悩んでるのにっ」

「あのさ、そんなに教師と生徒って付き合っちゃダメなのか?」

「……遼介、今、何歳?」

「十七。二月四日で十八」

「……私、十七歳と……犯罪になる……」

「合意の上だから大丈夫だろ」

「しかも、よりによって早生まれ……」

「俺の誕生日になんか文句でもあるんですか?」

「遼介は転校しなきゃいけなくなるかもしれないのよ?」

「そんなん別にいいよ。ここのみんなと離れるのは淋しいけど、俺、友達作るの得意だから」


親友はもうできないかもだけど、という言葉がふと脳裏を霞める。


「受験のことより友達のことを言ってる……」

「大事なことでしょ」

「あと……あのね、私、懲戒免職になると思うのよ……」

「え! それはまずいな……」

「うん……」

「あ、だからか。ドラマとか漫画とかで教師と生徒の設定ってよくあるじゃん? 俺、なんで卒業するまでダメだとか、あーだこーだ言ってんだろって思ってた。そういうカラクリがあったのか。長年の謎が解けたわ」


なるほどな~と腕組みをして大げさに納得して見せた俺に、「もうっ、真剣に悩んでよっ」と先生はいつものように、両手で俺を軽く押すというツッコミをした。


「やっぱりこんなの駄目よ……。私、ちゃんとしたいの。立派な先生になりたくて、今、勉強中なの。だから、だからね」

「ええっ? ちょっと待てっ。てことは、もしや卒業までの九ヶ月間、オアズケってこと……?」


申し訳なさそうにこくんと頷く先生に、俺はガックリとうなだれた。


なんか、これからの俺、目の前にごちそうがあるのに「待て」ってご主人様に言われてる犬みたい。目の前にニンジンぶら下げられて走ってる馬みたい。

なんか、俺、凄く可哀想な存在になる……。


「ごめんね……」

「ええ~……」

「教師と生徒に戻ってもいい……?」

「ええ~……」


迷惑そうな俺の顔に、先生は今にも泣き出しそうな顔で、両手を合わせて上目遣いで見てきた。


俺は思わず笑ってしまった。そんなに謝ることでもないのに、なんか可愛いなぁと素直に思う。

それに、立派な先生になりたいとか、ちゃんとした目標があって羨ましい。俺はまだ将来のこととか、仕事とか、何も考えていないのに。


今度は、そっと両肩に両腕を乗せて、俺は先生を見下ろした。


「じゃあ、俺からもお願いがあるんだけど」

「なに?」

「俺のこと、卒業するまで待ってて」


すると先生は、


「うん、ありがとう。待ってるっ」


と、優しく微笑んでくれた。

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