12、この症状は中毒か依存か
小テストが返ってきた。
いつものように「100」の下に「Excellent!」、更にその下に「5:30」と赤ペンで数字があった。今日の先生の仕事終わりの時間だ。
部活が外練で早く終わる木曜日は一緒に帰ることにしていた。木曜のテスト返しの時だけ、この数字を俺にだけ書き込んでくれる。
一緒に帰ると言っても、先生は車で通勤している。
学校から離れた人気のない約束の所で待っていたら、先生が拾ってくれて、人気がない場所に停めて、お互いに楽しく喋りあって、またさっきの所で下ろしてもらって、一人で歩いて帰る……を繰り返している。
一人暮らしをしている先生のマンションの中まで入らせてもらえるほど、俺は男としてまだ認めてもらっていない。
車内で二人きりだけど、会話の内容はめっちゃくちゃ健全だ。
最初は少し緊張している空気を出していた先生だが、すぐに友達みたいにリラックスして喋るようになってきた。
お互いに学校の話から始まって、俺は部活のことやYouTubeの話、先生は職員会議ってそろそろ私も一言くらい発言しないといけないかしら、とか言っていた。
なぜか全然エロい雰囲気にならない。先生が全くそういう流れになると思っていないからかもしれない。
というか、俺を男と見ていない感じが凄くする。
あんなに怖がって避けてたくせに、とか思ったりする。
「遼介、聞いて! 昨日、遂に夏休みの宿題を作り終わったの!」
「そうなんだ……やだなぁ~……」
「大変だったわぁ~。三種類あって、一つ目は基本と応用編の三十問、二つ目は更に難易度が高めの三十問、三つ目が東大京大クラスの十二問よ。三つ目は欲しい人だけ自由に取りに来てもらうやつなの。遼介はどうする?」
挑戦的な目つきで見てくるその瞳に、俺がいつでもエロモードになれるなど微塵も思っていないことがありありと分かる。
「……分かりました、やります!」
「偉い!」
こんな感じの会話で日々が過ぎていった。
しかし、遂にその時が訪れた。
あれはお腹が空いたため、先生が持っていたじゃがりこを二人で食べていた時だ。何度目かの時に、手を滑らせてしまい、先生の膝の上に落としてしまったのだ。
決して計算していたわけではない。わざとでもない。
本当に事故で先生の膝の上に落としてしまったのだ。
「あ、ごめん」
条件反射で取ろうとしたら、先生の体が目に見えてビクッと警戒した。
その途端、俺の中で火がついてしまった。
先生の車は日産の軽で、運転席と助手席の間にサイドブレーキがなく、まるで一つのシートのように繋がっていた。
ありがとう、じゃがりこと日産。すべてが俺の味方をしてくれていた。
そっと先生の頬に触れてみる。少し警戒しながらも、俺を見つめたまま、嫌がらずに受け入れてくれている。
そのままそっと、優しく触れるキスをした。キスをしながら、頬に当てていた手を身体にまわして先生を抱き締めてみた。
先生は嫌がらなかった。そのままさりげなく、胸の下の根元を親指で探ってみた。俺の親指の先に全神経が集中していた。
そして、先生のそれに触れた瞬間、
「ダっ、ダメっ! ピピーっ!」
と、両手で押し退けられてしまった。ガックリだ。
結局、車内でエロい雰囲気になったのは、その一度きりだった。
俺がガツガツしすぎなんだろうか? いやでも、もう三週間も経ったら、そろそろいいんじゃないだろうか? 俺より八つも上のくせに、なんて純粋無垢で、清らかで、可愛い人なんだろう。あれ? 悪口になってない。今の俺の頭ん中はお花畑だ。
どこかの本で読んだ。
付き合い初めの頃は、脳内で快楽物質のドーパミンや興奮状態のノルエピネフリンなんかが大量分泌され、中毒症状と近い状態になるらしい。今の俺はまさにそれだ。
学校でも、相変わらず、俺は先生をからかっていた。俺がからかうことで先生が困ったり焦るほど、俺はゾクゾクした。俺は根っからのSだ。
でも、あのキス以来、先生は照れ臭そうに、こっそり微笑んでくれるようになった。
途端、俺の胸は、ほんわか癒されてしまい、俺も周りに気付かれないよう、こっそり微笑み返す。
先生との甘い秘密の共有――
甘美で刺激的という相反するモノが混じりあったそれは、ますます俺をジャンキーにさせた。