損失と報酬
暗闇の中で意識が覚める感覚がした。あたりは無音で、ただ一辺倒の黒がある。
ここはどこだ…いったい俺は何をして…
…ッ!?
突然頭に映像が流れてくる。土煙から飛び出す真っ赤に充血した狼。それに正面衝突する俺。そしてそのまま洞窟の天井に叩きつけられる様子。
頭の中にその光景が数周した後、俺はそれが自分の気を失う前の記憶であることを認識した。
それと同時に《魔力感知》を使いあたりの様子を見渡す。
真っ黒な闇が晴れる。風の音がする。必死の戦闘を終えた俺の《魔力感知》は成長をしていたようで、視界にいつの間にか色がついていたようだった。音もかなり聞きやすくなっている。
こんどは《魔力操作》で体内の様子を探る。
やはり、というか当然の結果として俺は体の幾分かを血魔狼に持っていかれたようだ。
俺が転生した魔物、魂はその名の通り身体に魂が含まれている。その身体をいくつか持ってかれたので、俺には何かが精神的にダメージを負っている可能性がある。
それが何かはわからない。血魔狼と対峙してそれだけの被害に抑えたのは幸運というべきか。パッと思いつかないなら特に問題ないのだろう。
…血魔狼、そういえばアイツらどうなった?
流石に諦めて居なくなったか?
俺はそう思い高度を下げ洞窟へ降り立つ。《魔力感知》であたりに生物らしい姿はないことがわかって居た。
これは…骨?
俺の真下には無数に散らばる白と血染めの赤が混じった骨が転がって居た。
骨の太さやパーツ的に、魔狼種の魔物の骨であることはわかる。やはり、打ちどころが悪かったリーダー格はそのまま死んだのだろう。
問題は既に骨になっていることだ。残り4体の血魔狼は見当たらないし、相変わらずこの洞窟は生物の気配がない。
パッと思いつくのは3つ。
微生物や虫が血魔狼の死体を平らげるほどの期間、俺が気を失って居た。
目が覚めた4体の血魔狼が共食いをした。
他の捕食者が彼を食した。
このいずれかではないか。一番目なら俺はとてつもない期間眠って居たことになる。二番目は魔狼種は仲間意識が強いのでよっぽど起こり得ないだろう。三番目が現実的なラインだ。
俺は骨の様子を見る。肉や血が骨にこびりつき、見るからに腐りかけて居た。
案外一番目の可能性もあるか。
《魔力感知》で臭いまで感じ取れないのは幸いというべきだろう。見るからに臭そうなその骨を俺に躊躇なく近づくことができる。
この骨をどうしよう。
せっかく手に入れた戦利品をみすみす放置しておくには勿体無い。魔狼種の骨は軽く丈夫なため、武具や道具に加工されることが多い。
本来使い勝手のいい素材なのだが…
俺の今の体では綺麗に加工することもできない。
ではどうするか…一つ、人間では思いつきもしなかった選択肢が頭に浮かぶ。
「そうだ、食べよう。」
今思うとこれから取る行動は異常であったと言うしかない。きっと魂に傷がついた影響だろう。この時は衛生観念も、常識も一時的に失って居たのだ。
俺はじっと脂や血で濡れた骨を見つめる。
体に魔力を通わせ口のような裂け目を開封する。
そして空気と一緒に血魔狼の骨を吸い込む。体に小さな穴を作り《噴射》で空気だけ押し出す。
もう慣れたものだ。
俺は血魔狼の骨を体内に取り込むことに成功した。
銀泥花は、体が覚めるようなスッキリした感覚になったけど…この骨は何か俺の体に影響あるのか?
以前、銀泥花を《噴射》した時、若干溶けかけて居たので消化機能はあるらしい。
すごく体に重量を感じる。水ほどでは無いが取り込んだ重みで体が動かしづらい。
なぜだか急に眠気が襲ってきた。閉じる瞼もないが、視界が狭くなってくる。
やがて辺りが暗闇に覆われた。
数分あるいは数時間経っただろうか。
急に俺の意識が回復して目覚める。
謎の高揚感を感じる。まず第一に身体中の魔力が増大しているのを感じた。
視界についた色が人間時代のように鮮明に見えるようになってきた。さらに生暖かい風に紛れて、地面の湿った香りが流れ込んでくる。
俺はいつの間にか臭い、色、音を認識できるようになっていた。
ここで俺の仮説が真実味を帯びてくる。銀泥花では正確にわからなかったが今ならわかる。これらの急成長の原因は食事という行為にある。
つまり、俺は食えば食うだけ取り込んで強くなれるのだ。
ちなみにアラン君はダメージを追うたびに魂を摩耗して人間性を失っていきます。どんまい