逃亡-2
戦闘に勝つ、あるいは逃げ切るためにも俺がすべきことは俺自身の強みを押し付けることだ。
俺の…と言うよりこの魂の強みは空中で3次元的に動くことが可能なこと。そして…俺は人間時代の記憶がある。
血魔狼は強い。一般の人間は魔狼ですら手も足も出ずやられてしまう。魔物として格が低い魂の力だけじゃ対処が不能だ。
この魔物の特性と人間時代の解体技師としての強みを組み合わせて戦う必要がある。
それが俺の生き残る最後の手段だ。
血魔狼の姿を捉えた。リーダー格の狼が遠吠えを行い、それを聞いた4体の血魔狼が俺を囲むような配置に移動する。
獲物を逃げないように追い詰め、中でリーダー格の狼が直々に手を下す決闘スタイル。血魔狼、もとより魔狼系の嫌な性質だ。
リーダー格の部が悪くなったり、獲物が逃げようとすると急に集団リンチにされる非常に嫌な性質だ。
まずいな…
強みを押し付けるといったのに終始相手のペースに乗せられている。ただつけいる隙はある。それは血魔狼は、狩りを半ば遊びのように執り行うことだ。
だから俺は今まですんでのところで回避できているし、追い詰められても何とかタイマンに持ち込めている。
奴らは本機になる前に窮地を脱しなければいけない。
俺はジリジリと距離を詰めてくるリーダー格に対して、同じペースでジリジリと後退していく。それに釣られて他の4体も陣形を崩さず移動する。
相手のペースに飲まれちゃダメだ!
俺はスピードを緩めたり、急に速くしたりして包囲網を掻い潜ろうとする。
俺の出来栄えの低いフェイントに、包囲網を作っていた1体は引っかかってくれたようで、一瞬包囲網に綻びが生じる。
今だ!《噴射》
体の裂け目から空気が放たれ、加速を得る。十分なスピードではないものの綻びを突くことはできた。
半ば体当たりをするかのように包囲から抜け出す。
重っも!!!!岩にでもぶつかったのかと思うぐらい血魔狼の体は硬かった。
何はともあれ包囲網は抜けた!さあ上空に逃げ…
嫌な予感がする。俺はそのまま全速力で窪地に潜った。
次の瞬間、音の衝撃波が頭上で炸裂する。《ハウリングボイス》だ。
危なかった。今上を飛んでいれば木っ端微塵だった。
体から漏れ出すモヤモヤが止まらない。次第に気分も悪くなってきた。困ったなぁ。逃げられそうにもない。
第一数が多すぎる。一体でも限界だっていうのに…そうだ…!
俺はあることをするために血魔狼を誘導する。
俺はわざと円形の窪地の中央に陣取る。視界がモノクロになってきたが気にしない。血魔狼はというと窪地の淵に、俺を囲うように並び牙を剥く。俺は360度、狼の攻撃圏内に入った。
狙い通り。
俺は残りの魔力を振り絞り、小さな裂け目を開け空気を取り込む。
血魔狼はリーダー格を除いて4体が臨戦体制をとった。強靭な脚に力が溜まっていくのが見える。あの爆風のような突進をする気だろう。
次の瞬間、離れてみていたリーダー格の血魔狼が遠吠えをする。
空を切り裂く突進の合図だ。
血魔狼の突進と俺が《噴射》で真上に飛び上がるのは同時のことだった。
轟音と共に土煙が舞う。
やがて煙が晴れると、そこには互いに頭を打ちつけあって気絶した血魔狼がいた。
よかった。俺の狙い通りだ。俺は血魔狼の数を減らすため、同士討ちをさせようと企んだのだ。
よし、これであとはリーダー格をなんとかすれば…ッ!?
俺は空中でリーダー格の血魔狼と目が合う。
コイツ…ッ!!間髪入れず距離詰めてきやがった。
地面を強く蹴り舞い上がった血魔狼が俺に突進してくる。
俺は直感で躱せないことを理解した。
クソッ!!
俺はわざと空中で静止し、狼の方向へ空気を噴射する。
少しだけ加速を得た俺は、空中を猛突進する血魔狼と正面衝突した。
体全身に衝撃が走る。俺は天井まで突き飛ばされた後、鈍い音と共に意識が飛ぶ。
俺は消えかける意識の中、体制を崩し地面へ頭から激突した血魔狼を眺めた。
ざまぁみろ。
俺の意識は混沌へと消えた。