洞窟-3
どうやら俺は体に何かを取り込めるようなので色々検証してみようと思う。
まずはそこら辺にちらほら生えている銀泥花。本来高価なもので人間時代なら金脈にしか見えないこの花だが、今の俺にとってはただの綺麗な花だ。
食べるとやたら苦い刺激が体を駆け巡り、ちょっとスッキリする。
通常、銀泥花は窯でまる1日煮詰めた後、油を加え少しずつ冷やしていく過程で銀色の染料になる。加える油の量や種類によってその銀色の煌めき具合が変わるが俺は職人じゃないので分からない。
まぁ要するに食用じゃないって事だ。
美味しいか美味しくないかで言えば確実に美味しくないこの花は、それでいて後味のスッキリ感がクセになる変な感覚を味わせてくれる。
おそらく麻薬的なアウトローな効果だろうけど。
さて気になることが一つある。
銀泥花を食べた時に少しだけ《魔力感知》が上手くなった気がしたのだ。まだ線分によるシルエットでしかモノを認識できないが、少しだけ音も魔力で感知することができてきた。
おかげで横を流れる水脈の心地よい音が頭に流れてくる。耳でモノを聞く…というより直接音が頭に入ってくる感覚だ。
これが俺が《魔力感知》に慣れてきたのか…はたまた銀泥花を食べたことによるモノなのかは分からない。それを確かめたいので、この花は見つけ次第食べてみよう。
…水脈か。俺は大きめの水流を見つめる。澱んでいるのか澄んでいるのかは俺の感知じゃ分からないな。
うーんどうしたものか、飲んでみようか飲まないでおこうか。
こんなナリをしていても生き物なところ、水はきっと必要だろう。
問題は俺がどれだけ水を摂取せずに耐えられる体なのかだ。一二週間摂取せずとも生きられる便利な体なのか、こまめに水を取らないとすぐ干からびる体なのかはまだ分からない。
それにこの水がありえないほど汚かった場合、飲んですぐおじゃんになる可能性もある。
うーん悩ましい。
ただ、ぱっと見は飲めそうな水だと思う。拙い《魔力感知》で見ても怪しいものは見当たらない。
じゃあ飲んでみるか。
そう思い俺はまた裂け目に魔力を込める。
相変わらず重い裂け目がギリギリと開き、俺の体内が露呈する。俺は水辺に近づき、水を取り込んだ。
おぼっ!
すぐさま大量の水が俺の体内を満たし、体が動かなくなる。水の重みで持ち上がらないんだ!
なんて貧弱な体!?
まずい、溺れるというか流される。心なしか苦しい気がする。
待ってこんな死に方するのは情けない!
うおー!!がんばれ俺。
俺は体に力を入れるがびくともしない。
俺の体はどんどん下流に流されていく。まずいな、本当にここで死ぬかもしれん。
どうすれば…
ッ!?簡単に考えよう。取り込んだんだから吐き出せば良い!俺は裂け目が水中に現れるよう体を回転させ《魔力操作》を行う。
ぶっつけ本番。
体内のモノを体外に吐き出すイメージ。魔力の流れを口に集中させる。
でろ、でろ…でろ!!!
瞬間、大量の水が俺の裂け目から噴出される。俺はその勢いに身を任せ宙空に放り出された。
やった!!!
なんとか俺は宙空で対空し生きながらえることができた。それにしても怖かった。死ぬかと思った。
まさかあんなに水を取り込めるなんて。俺の内部の空間はあくまで予測だが見かけより大きいようだ。そこになんでも取り込めるっぽいが、しっかり質量は俺に反映されるらしい。あまりに重いと浮けなくなる。
結局水は吐き出したので飲めずじまいだが収穫は一つある。
それは咄嗟の《魔力操作》を行ったことで、新しい技術、《噴射》を覚えたことだ。
普通に水を吐き出したわけじゃない。魔力を使って流れを生み出し、水を射出したのだ。よって魔物の本能として技術が刻まれた。
技術というのは習得した瞬間、魂に何をどう行ったかが刻まれる。要するに状況さえ整えばおんなじことがもう一回できる…ということだ。
嬉しい誤算も束の間あたりを見渡す。随分流されたな。
あ、あそこ3本銀泥花が生えている。あとで食べに行こう。こっちの岩の窪地には何があるんだ?
俺は身を乗り出して覗き込んでみる。
…?生き物??
4本足の胴長の生き物がそこにはいた。
浮かんでくるシルエットは大きな狼そのものだ。短剣と見間違えるほどの大きな牙が二対、それ以外の歯も鋭く噛まれればひとたまりもないだろう。目が四つあるようでそのうちの二つは俺をしっかりと捉えている模様。
おまけに見えるだけで5体は見える。どれも腹を空かせたように涎を垂らし、荒い息遣いが聞こえる。
アロワナ洞窟に棲みつく血みどろの魔物。血魔狼だ。
俺が覗き込むのと同時に奴らは俺に気付いたようで睨み返してきた。
何あの顔こっわ!人間だったら失禁していたが幸い今の俺の体からは何も出ていない様子。
とは言え窪地とここまで10mぐらいはあるぞ。見てみなかったフリをしてやり過ごせば…。そう考えていたところ先頭の血魔狼が脚に力を込める。
嫌な予感。俺は咄嗟にその場から後ずさる。
予感的中、血魔狼は矢のように速い速度で俺のいた場所を掠めた。あまりの速さにその先の石柱に激突したところだ。
…無理無理無理、あんなの無理すぎる。逃げなきゃ…!!
やがて土煙が晴れると、今度は四つの目と目が合った。
こっこんにちは~ちょっと見逃してくれませんかね??
あ、無理ですか。知ってました。
俺は咄嗟に覚えたてのスキル、《噴射》を使ってみる。
俺の体内から消化されかかっていた銀色の液体が血魔狼の顔に掛かった。
やったか!?
…当然その願い虚しく、血魔狼はピンピンしている。なんならちょっとキレてる。
こうなったらやることは一つ。
「逃げろー!!!!!」
声にならない叫び声が俺の体内にこだました。