既に詰んでいる
…ここはどこだ?
体がぷかぷか宙に浮いている。身体の重みが一切ない。痛みも光も感じない。
ここが天国ってやつか?それにしては物騒なところだな。
地獄??いやそんな悪いことはしてないぞ俺は。
おーいっおーいって声が出ない!?
俺はやがて自分の身に起きている異常を知る。
まず俺には体がなかった。
文字通り体がない。
手も無ければ足もない…何故か意識だけがある。
死後の世界…ってことか?
…やっぱり俺死んだんだな。少し物悲しく感じる。
もう少し生きたかった…というより訳もわからず死んでしまったことが悔しい。
親方に生きろって言われてすぐに死んでしまった。情けない。
俺は伝承に伝わる魂の形を思い出す。まるで火の玉が宙に浮いているソレだ。
それを思い出して自身の形を知覚したからなのか、そうなのかはわからないけど、宙を泳ぐように進めることに気づいた。俺はどうやら火の玉のような姿をしているらしい。
俺はぼーっと周囲を浮かんでいると自分が何かを持っていることに気づいた。
いや持っているというより俺の魂…つまり火の玉の中心に入っているという表現が正しいか。
なんだこれ…どっかで見覚えが…
銀を纏った巨大な鱗…間違いないこれは蛇竜の逆鱗だ。どうしてこんなものが?
そんなことを考えているのも束の間、その鱗が著しく発光していることに気付いた。
光は白くまた赤く発光し、俺の体を包み込む。
なんだこれ!なんだこれ!なんだこれ!!?
声を出そうとするが喉がないので音が鳴らない。
まずい…っ呑まれる!
俺は火の体を大きく振るわせ逃げ出そうとする。
が抵抗虚しくその光に飲み込まれていった。
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そよ風を感じる。…もっとも草原のような心地いい風ではなく湿ったカビの匂いの生暖かい風だ。
風を感じる?さっきは何も感じなかったのに…
ってかここはどこだ!?目の前が真っ暗で見えない!
土の匂いとその湿度から地下室…もしくは洞窟なのだろうか?
俺の推測が正しければ今の俺に目はない。瞼の感覚もないし目を開くと言う動作の感覚もわからない。それに先ほどまで火の玉だった俺だ。多分本当に目がないのだろう。
それにしても目が見えないとは不便なものだ。もちろん今は音も匂いも感じないが。あるのは触覚だけか。
むー、流石に不便というかここはどこかもわからないぞ…。
俺は額…と思われる場所に神経を集中させる。
瞑想するように無心で一点に集中させる。今どうなっているのか知りたい。このままで終わりたくない…このままずっと過ごすなんて耐えられない…!
バチッという音と共に何かが身体の中を駆け巡った。
魔力だ。
理屈はわからないがそう感じた。きっと本能的なものだろう。やがて周囲の魔力の流れを感じ取ることができるようになった。
目は見えないが周囲の様子がなんとなく分かるようだ。
さて、良いニュースと悪いニュースがある。どっちが聞きたい??
まぁどっちも聞いてもらうけど。
良いニュースはどうやら俺は生きていると言うことだ。俗にいう転生というやつだろうか。理由はわからない。いや、大体あの鱗のせいだろうけど。
しかも人間でない何かだ。魔力を知覚したことで自分の姿が朧げにわかった。解体技師として解体したどの魔物とも違う姿だ。
俺が見たことないとなると…魂、霊、精霊など実体を持たない奴らなのだろうか。工房には基本的に実体を持つ魔物しか運ばれてこないので精神体の魔物については知識が少ない。
お次は悪いニュース。
魔力を知覚して周囲の様子が分かるようになった俺は少し探索をした。その結果、ある場所でしか見られないある花を見つけてしまった。
今はその花についてはどうでも良い。問題はその花が生えている場所だ。
それは世界有数の巨大洞窟、まだ未開の地。アロワナ洞窟の深層に生える花だ。
俺はどうやら、世界一危険な場所に放り出されたらしい。
転生して束の間、既に詰んでいるというわけだ。