10.家族が大変なことになっています(1)
ハネスが呪いを克服してから、半年が経った。あれから彼は一度も幼児化していない。半年もアドニスに会えていなくて、なんだかかなり寂しい。
話によると、過去に呪いを克服した当主たちは、大きくストレスがかかったり体調不良になると幼児化してしまうこともあったと言うが。
ちなみに。ハネスとの関係については……順調に仲を深めている、という感じだ。
朝、目が覚めたスフィミアは、寝台の横のチェストの引き出しに手を伸ばし、昨日実家から届いた手紙を取り出す。半身を起こして、眠い目を擦りながら手紙を読む。
(……また、お金の話……)
はぁと小さくため息を吐く。スフィミアが公爵邸に嫁いで来る際、多額の支度金が支払われた。それなのにここしばらく、しょっちゅう送金を求める手紙が届くようになった。
(まさか、もう6500万ドラ全部使い潰したのかしら……? だとしたら逆にすごい……)
公爵家が用意してくれた支度金は、一切スフィミアのために使われていない。全て家族に差し出した。
ため息混じりに手紙を読んでいたら、隣で眠っていたハネスが目を覚ました。こちらを見上げたながら甘い表情を浮かべる彼。
「おはようございます、ハネス様」
「おはよう。今日も朝から可愛いな」
「ふふ、それはどうも」
最初のころは恥ずかしがっていた『可愛い』や『好き』の言葉も慣れてきたものだ。アドニスはひどくはにかみ屋だったが、ハネスは恥じらうことなく思ったことを伝えてくれるし、よく褒めてくれる。
「スフィミア。……傍へ」
抱き寄せようとしてくる彼の腕をあしらう。
「もう。今はお手紙を読んでいるので邪魔しないでください」
ハネスは起き上がり、スフィミアの肩に顎を乗せた。
「また実家からか?」
「正解です。ここ最近、しょっちゅうお金の無心をしてくるんです。この短期間に何があったんだか」
「直接会いに行って確かめてみるのはどうだ?」
「……家族にはもう、会いたくないです」
手紙をびりびりと破り捨てゴミ箱に入れると、その様子を見ていぶかしげに眉をひそめるハネス。
「家族のことが……好きではないのか?」
基本的にスフィミアは人懐っこくて、大抵のことでは人を嫌ったりしない。なのに、明らかに家族に対して嫌悪感を示す彼女に、ハネスはずっと疑問を抱いていた。
「昔から折り合いはよくないですね」
苦笑いを返すと、彼は「そうか」と言うだけでそれ以上詮索はして来なかった。
◇◇◇
その後。あまりにもしつこく実家から手紙が届くので、ハネスからの提案通り、実家を訪ねた……のだが。屋敷はもぬけの殻だった。敷地は雑草が生えて荒れ放題。門は錆びて傾いている。
「そんな……」
一体家族はどこに消えてしまったというのだろうか。唖然としているスフィミアに、ハネスが冷静に言った。
「役所に行って確認してみようか」
早速役所に行ってみると、四か月前にあの屋敷は売られてしまったという。ちょうどスフィミアに金の無心をしてきた時期と一致している。
役所の人は噂好きな人で、ロディーン男爵家はタチの悪い詐欺に遭ったという話を教えてくれた。まさか本当に、支度金を使い尽くしてしまうとは。自分の身内だが、彼らにはほとほと呆れてしまう。現住所を確認すると、これまでより随分と立地条件の悪い田舎に引っ越したようで。
役所を出てからスフィミアはハネスに言った。
「ハネス様」
「なんだ?」
「……もう帰りましょう。事情はなんとなく分かりました。送金はしていただかなくて結構です。あの人たちは一度懲りた方がいいのだと思います。放っておくのもまた優しさでしょう」
「あなたがそれでいいなら」
放っておくとは言ったが、やはり家族のことが気になる。スフィミアは上の空になりながら無言でハネスの隣を歩いた。街道は昼時ということもあって、大勢の人たちが往来している。ぶつからないように、ハネスがスフィミアのことを庇うように歩いた。
(女性が沢山いるけれど、ハネス様は平気なのかしら)
呪いを克服したとはいえ、解呪した訳ではないのだ。ストレスが大きくかかれば、弾みで幼児化してしまうかもしれない。
(でもまぁ、アドニス様にお会いできるならそれはそれでいいか)
相変わらず、スフィミアはポジティブだ。一瞬頭に浮かんだ家族や幼児化への不安はすぐにとごかに吹き飛び、屋台から漂ってくる食べ物の匂いの方に意識が向いた。
すっかりご機嫌なスフィミア。
「いい匂い……! お肉を焼いている匂いがしますよ! ほら、ハネスさ――」
何か買って一緒に食べよう、そう誘うつもりで振り返ると、見覚えのある白い光が離散した。かと思えば、スフィミアの手を握っていた彼の手がみるみる縮んでいく。
「…………!」
はっとして視線を下に落とすと、困惑した様子でアドニスがこちらを見ていて。
「スフィ……ミア……? ここは一体……?」
スフィミアにとっては、半年ぶりに会う彼。久しぶりに会えたのが嬉しくて感極まってしまい、人目もはばからずぎゅっと抱き締めていた。




