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第8話 ご飯はちゃんと食べてる?

エミー(アマーリエ)。無茶はダメだよ」


 エヴェリーナはそれだけを言うと咳き込む。

 見ているだけのアマーリエにも辛さが伝わってくるほどだ。

 口に当てた真っ白な布が見る間に赤く、染まっていった。


「ごめんね、エミー」

「ううん。大丈夫? 薬は飲んでる? ご飯はちゃんと食べてる?」

「う、うん」


 エヴェリーナは人と話をする時、決して目を逸らしたりはしない。

 どんな話でも真っ直ぐに目を見て、話をする。

 そんなエヴァが僅かに目を逸らした。


 それは微かに瞳が揺れた程度であり、非常に分かりにくいものだ。

 しかし、アマーリエはその僅かな異変に気付いた。

 エヴァが嘘を言っているということに……。


 サイドテーブルにはアマーリエが朝食で飲んだスープがよそわれた皿と水差しが置いてある。

 そして、グラスと薬包があった。

 具合が良くないエヴェリーナでも食べやすいようにと考え、スープが出されたのだろうとアマーリエは考えた。

 それにしてはほとんど、手が付けられてないように見える。


 そのことが気にかかったアマーリエは、ふと違和感に気付いた。

 明らかにおかしかった。

 よく目を凝らして見れば、グラスはいつ洗ったのかも分からないほどに曇っている。

 サイドテーブルにも薄っすらと埃が積もっていた。


「何よ、これ」


 スープもアマーリエが飲んだ物と違う。

 煮込まれた鶏肉や色とりどりの野菜が入ってなかった。

 色も水で薄めたとしか思えないくらいに薄いのだ。


「エミー。どうしたの?」


 血の気が通ってない青白い肌をしたエヴァは、ベッドに寝そべったまま、いつもと同じように穏やかな表情をしていた。


(何なの、これ? あたし、知らない。エヴァがこんな扱いを受けてたなんて、知らなかった)


 自分だけが愛されないと考えていたアマーリエにとって、受け入れがたい事実だった。

 誰にも愛されていたエヴェリーナがなぜこのような扱いなのか、理解出来なかった。


「これ、ずっとなの?」


 エヴェリーナは声を発しないでただ、頷くことで肯定する。

 どうして、気が付かなかったのかと自分を責めるようにアマーリエは下唇を強く、噛んだ。


(病気のせいだと思っていたのにそれだけじゃなかったんだ……)


 エヴェリーナの顔は頬が痩せこけ、血色も悪かった。

 大きな目だけが妙に目立っている。

 腕も骨に皮がついただけにしか見えず、ガリガリで明らかに栄養が足りてないことが分かった。


 母親のミリアムは戦地にいる父親の代わりに領地の差配をしなければいけない、日々だった。

 何かに憑りつかれたように慈善活動ばかりをしている毎日で多忙が服を着ているかのようだ。

 娘達に無関心や無頓着な訳ではなかった。

 ただ、家のことにあまり、気を遣いたくないとしか思えない行動を取っていた。


(もしかして、デビュタントが控えてるマリー(マルチナ)にお家のことを任せて、成長を促そうとしてるのかしら?)


 アマーリエが思い当たる理由は、それくらいしかなかった。

 小説の中でマルチナは長女として、責任感の強い淑女になっていく様子が描かれていたからだ。


 では、エヴェリーナのこの待遇の悪さは誰の仕業によるものなのか。

 彼女らの身の回りを管轄している人間は()()しか、いない。

 嫌な推理が頭を過ぎり、アマーリエは思わず体が震えてしまう。


「エミー」

「何?」

「無茶はダメだからね」


 エヴェリーナはアマーリエが、何をしようとしているのか、察しているようだった。

 そんな言い方をしても彼女が止まらないのは知っているだろうに……。


「分かってるって。ねぇ。この薬、いらないよね?」

「え? う、うん。何に使うの?」

「内緒」

「変なエミー」


 無理して、笑っているのが誰の目にも分かる辛そうな笑顔だった。

 それでも無理をするのがエヴェリーナという少女である。


「な、何をしているの?」

「怪しまれないように工作してるのよ」


 アマーリエは薬包の薬を別の紙に移すときれいに包み直してから、薬包の外紙をくずかごにわざと見やすいように捨てた。

 それから、水差しの水をグラスに注ぎ、窓から中身を捨てた。

 エヴェリーナが薬を飲んだと犯人に思わせることが出来るとアマーリエは思いついたのだった。


 名探偵が出てくる小説の中にそんな話があったのを思い出し、実行に移したのだ。


「じゃあ、また来るね」

「うん」


 アマーリエはエヴェリーナに別れを告げると、自室へと戻った。

 部屋を出ていくアマーリエを見るエヴェリーナがどのような表情をしているのか。

 人の背に目はついていないのだ……。

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