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第7話 エミーがすぐに謝るなんて、珍しいわ

 馬車で帰宅するのもアマーリエ一人である。

 馭者は何かを言いたそうな顔をしていたが、敢えて彼女は無視することにした。

 いつもであれば、「お姉様達を待つわ」と言っていたことを思い出したアマーリエだが、生じた罪悪感は姉二人よりも気を使わせた馭者に対する方が大きい。


(以前のあたしなら、そうしたでしょう。ニコニコと笑顔を絶やさずにきっと、そうしてた。でも、もうしない。そう決めたの)


 帰宅するまでの仄暗い気持ちまでも思い出し、アマーリエは暫し、放心状態になっていた。


「どうしたの、エミー? ゴホゴホ」


 エヴェリーナの声が彼女を現実に引き戻した。

 病弱なエヴェリーナにしては珍しく、ベッドから起きていた。

 顔には全く血の気がなく、青褪めている。

 咳も苦しそうで見ているだけでも辛そうなほどだ。


 小説の中でもエヴェリーナだけが常にアマーリエの味方だった。

 それは現実でも変わらない。

 アマーリエの記憶の中のエヴェリーナはいつも優しく、そして、何も変わらなかった。

 誰に対しても変わらないエヴェリーナは、愛が欲しくて見せかけで愛想を振りまいていた自分とは違う。

 やつれていても何と凛として、眩しく感じるのだろうか。

 アマーリエはそう感じていた。


 だが、エヴェリーナは病弱でこのまま、手を施さないでいると病が進行し、悪化していく一方である。

 一年後には重篤な症状に襲われ、ついには帰らぬ人になってしまう。

 小説の中の出来事だからと一笑に付すことが出来ない事実だった。


「何でもないわ」

「嘘でしょ? エミーは嘘をつく時、鼻の頭を触る癖があるの。気が付いてなかった?」

「嘘!?」


 咳が治まったからか、エヴェリーナは先程の苦しそうな表情よりも少し、穏やかになった。

 静かに微笑みかけるエヴェリーナはを見て、誰もが彼女を愛しているのだとアマーリエは確信した。

 それはアマーリエも例外ではない。

 彼女もまた、エヴェリーナのことが好きだった。


「それでどうしたの?」

「どうもしないわ」

「どうもしないのに髪の色が変わったの?」


 アマーリエは自分が負けたことを認めざるを得なかった。

 エヴェリーナの疑いを知らない真っ直ぐな目に見つめられて、黙っておくことが出来る人間などいやしないのだ。




(あたしは小説の中だけじゃなくて、おしゃまでお喋りなんだ。黙ってられないよね)


 そして、アマーリエは自覚した。


「分かったわ。エヴァ(エヴェリーナ)の部屋で話しましょ」

「ええ」




 エヴェリーナにとって、ベッドから起きていたこと自体が負担だった。

 かなり無理が祟ったのか、部屋に戻ったエヴェリーナはベッドに寝そべったまま、起き上がれなくなった。


「ごめんなさい、エヴァ」

「あら。エミーがすぐに謝るなんて、珍しいわ」


 荒い息遣いをしながらもエヴェリーナはそう言うと、アマーリエに微笑み返しさえした。


 愛されないことが悲しくて、月の女神様にお祈りをしたら、不思議なことが起きたのはアマーリエの身の上に起きた事実だった

 この世界が、小説『淑女(レディ)への子守歌(ララバイ)』と同じということを()()()()()()()()のもまた、事実であるとアマーリエは認識していた。


 だが、そのことをそのまま、話したとして信じてくれる人間は少ないということが分からないアマーリエではなかった。

 自分が怪我をして、暫くの間、動けなかったと知ったら、エヴェリーナがびっくりもするし、悲しむだろうとも考えた。


(そこは秘密にしておくべきかしら?)


 ミリアムとマルチナは思慮深い人だから、エヴェリーナに負担をかけないよう考えているはずだとアマーリエは思った。

 アマーリエが怪我をしたと話していれば、優しいエヴェリーナがどう動くのか、分からないような人達ではない。

 エヴェリーナは愛されているのだから、それも当然のことだろうとアマーリエは一人、納得していた。


 しかし、不安な要素があることも忘れてはいない。

 自分に意地悪なことしか、してこない次女ユスティーナだった。


(でも、エヴァのことは気にかけているみたいだから、大丈夫かな?)


 一抹の不安が胸を過ぎりながらも決意したアマーリエはエヴェリーナに打ち明けることにした。


「あのね、エヴァ」

「うん。どうしたの?」

「実は……」


 アマーリエはまとめて、冷静に話をするのが苦手だった。

 考えるよりも先に体が動く性質であるだけにその苦心たるや相当なものだった。


 言わないといけないこと。

 言ってはいけないこと。


 ゴチャゴチャとした雑然とした内容ではあるもののアマーリエが己の考えを伝え終わった時にはかなりの時間が経っていた。

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