第092話 聖女と綿猫、帰還死人の目覚め?
「【光輝】」
アストラリオンの門を抜けて少しした所で私はセリアーナ様の馬車を引く馬達に【光輝】を掛けた。この旅も初めての時は驚いた。何処までも伸びる道、遥か遠い地平線、流れていく雲、そこら中に生えている街の中では見かけない植物、何もかもに驚愕した。初めての魔物との遭遇もセリアーナ様との旅だった。今と同じように聖都テレスターレへ向かう馬車の中だった。アレはまだ私が7歳になって少し過ぎた頃だ。
「ふわーーー」
馬車は森の中を走っていた。周囲の木々を馬車の中から珍しそうに眺める私、そんな私を微笑ましく見つめるセリアーナ様。それが森の中程に来た時にセリアーナ様が気配を変えた。
「セアラ、皆に【光輝】を!リリ、ララ!」
「「は、はい」」
セリアーナ様がまだ走っている馬車から飛び出す、護衛騎士のリリさん、ララさんも続く。私も慌てて言われた通りに皆に【光輝】を掛けた。直ぐに戦いが始まった。襲って来る魔物をセリアーナ様の結界が跳ね返し、杖術、杖技で打ち据え、魔導で吹き飛ばす。私には何が起こって居るのか殆んど分からなかった。私には理解が出来ないまま初めての実戦は終わった。もう大丈夫そうだと思って馬車から出てセリアーナ様の元に向かう。
「邪豹3頭を一蹴か…」
「討伐難易度B級、災禍だぞ、流石は大聖女様だな」
聖都テレスターレから来た護衛騎士のおじさん――お兄さん達が話してる。セリアーナ様の前に倒れている3頭の魔物は邪豹と言うらしい。リリさん、ララさんも2人で1頭をお兄さん達も5人で1頭を倒していた。皆凄いと思った。私はまだまだ子供過ぎるし弱いから戦いには出さないと言われてる。後方から支援するのみだ。
「セリアーナさま、おけがはないですか?」
「セアラ、大丈夫よ。ありがとう」
近付いた私の頭をセリアーナ様が優しく撫でてくれる。私はセリアーナ様のこの手が大好きだ。セリアーナ様が「皆も怪我は無いわね?」と聞くと「「はい」」リリさん、ララさんが返事、お兄さん達も「負傷者居ません」と返事が返って来る。じゃあ大丈夫だなとセリアーナ様と馬車に戻ろうとした時に気付いた。
「あれ?」
「あら?」
私とセリアーナ様が同時に見つけた。草むらから伸びてる茶色いフワフワの長い尻尾、これ魔物の?でも【神眼】には危険と映らない。大丈夫と言うように真っ白だ。さっきの邪豹は真っ黒だったのに、私は何だろう?と思いながら尻尾を掴んで引っ張り上げた。
「ミ?ミギャ?!ミィミィミィミィ!!!」
「わ?わわ??なに?なに?この子???」
「あら、まぁ、やっぱり綿猫の幼生体!」
セリアーナ様が綿猫と呼んでる。この子の名前?確かに猫みたいだ。尻尾が凄く大きいけど何だろう?本当に危険を感じない。全然怖くない。本当に魔物なのかな?とすら思う。
「綿猫ちゃん?なにしてたのあんなところで?」
私が持ち上げると綿猫は「フーーーーーッ!!!シャーーーーーッ!!!」と必死で威嚇して来た。でも全然怖くない、何なんだろう?この子?「ミミミミミミミミミミッ!!!」綿猫は私の顔目掛けてチクチクするパンチの連打を放ってきた。
「わ?わわ??わわわ???な、なにするのっ!」
私は反撃に尻尾を掴んだままの綿猫を振り被って地面に叩き付けてしまった。
「ミギャッ?!」
「あっ?!ごめんなさい、つい…」
い、痛かったよね?【月光】を掛けて上げた方が良いかなぁ?と思っていたら「フギャーーーーーッ!!!!!」と綿猫は復活した。物凄く怒ってる!齧り、引っ掻き、引っ搔きで攻撃してくる!!そこに「「ミィーーーーーッ!!!!!」」と言う鳴き声が加わった。綿猫が増えた?!三倍になった齧り、齧り、引っ搔き、引っ搔き、引っ搔きが私に襲い掛かるっ!
「わぁーーーっ!セリアーナさまーーーーーッ!!」
私は耐えきれずに逃げ出した。セリアーナ様は「はい、はい」と笑いながら綿猫を「ミギャ?!」「ミギッ?!」「ミグッ?!」と撃破してしまった。三匹の綿猫はそのまま「「「ミィーーーーーッ!!!」」」と鳴いて逃げ出してしまった。やった、流石はセリアーナ様だと思った。その後を追って茂みをかき分けていくセリアーナ様。
「やっぱり…、セアラーー!ちょっと来てーー!」
「?はーい」
私はセリアーナ様に呼ばれてその後を追って行った。
「「「フーーーーーッ!!!シャーーーーーッ!!!」」」
小っちゃな3匹の綿猫はもう絶対に通さないと言うように私とセリアーナ様を威嚇した。その後ろに居るのは3匹よりずっと大きな綿猫が2匹。でも傷だらけでボロボロ。痛そうだ、この2匹を護る為に3匹は必死だったのかと分かった。
「さぁ、治してあげて」
「はい【月光】」
私は5匹纏めて傷を癒した。その後は綿猫にすっかり懐かれた。私は毛だらけにされた。出発の時間ギリギリまで5匹と遊んだ。一番、小っちゃい子、多分、私が尻尾を掴んで持ち上げちゃった子とは一番、仲良くなった。何となく名前を付けて上げたくなった。でも今じゃないと何かに言われた気がした。だけど次に会った時にはきっと、そう思って綿猫達と私は別れた。
「可愛かったわね」
「はい!すごく!……でもなんだかちょっぴり…」
別れとは違う寂しさが心に残る。あの子達に合って私に無いモノが心に隙間を空ける。家族、それが私には無い。あの一番、大きかった綿猫がお父さん、次がお母さん、お兄ちゃんとお姉ちゃん、一番小さなあの子はきっと私だ。私も小さいからきっと………俯いてギュッと無意識にセリアーナ様の真っ白いローブを掴む。ポタポタと雫が落ちた。何でだろ、凄く寒い気がする、冬だからかな?私は冬産まれだから寒いの平気な筈なんだけどな。私の頭に手が乗せられた。セリアーナ様の手だ。優しくて暖かい何もかもへっちゃらにしてくれる不思議な手だ。私にとって掛け替えの無い只一人の家族の手だ。この温もりがある限り私はどんなに辛くても寂しくても頑張って行けると思えた。そうして私は初めて見た家族への情景と初めての友達との別れをポタポタと雫を瞳から零しながら乗り越えていった。
アレからもう直ぐ3年が過ぎるのかと思う。隙間だらけで寂しかった私の心は今は暖かいモノで一杯だ。友達も増えたそして10歳になれば貴族と養子縁組が可能になって私は何処かの家の養子になる可能性が高いそうだ。出来るならセリアーナ様の家に行きたい。セリアーナ様をお母さんと呼びたい。でもセリアーナ様は公爵家一番偉い貴族だ、無理は言えない、今迄だってあり得ない程にお世話になっているのだ。これ以上の無茶は許されない。でも、それでもと思ってしまう、自分とセリアーナ様の距離を考えるとどうしても私は期待をしてしまう。今になって思えば私はそれを疑問に思うべきだったのかも知れない。物心が付いてからセリアーナ様はずっと平民な筈の自分の側に居てくれる唯一の家族で何より大切な母だった。私にはセリアーナ様は傍らに居てくれるのが当然な人になっていて疑問に思う事が無くなっていた。私はこの日に1度目の絶望を知る。
「セリアーナ様、聖都テレスターレ久しぶりですね」
「え、ええ、そうね」
「1年振り位でしょうか?」
「………」
「セリアーナ様」
「………」
「セリアーナ様?」
「え?ああ?なあに?セアラ?」
「いえ、ご様子がおかしいですよ?顔色が…【月光】をお掛けしましょうか?」
「い、いえ、大丈夫よ、それよりもセアラ」
「はい?」
「聖王様が今日は貴方に会いたいそうだから城に入ったら私に着いて来て貰える?」
「聖王様がっ?!私なんかにですか?ああ、それでセリアーナ様が緊張してたんですね?大丈夫です。コレでも貴族だらけの聖女の学び舎で4年近くも過ごして無いです。最低限のマナーは弁えてます」
私はまだ全然ない胸を張って答えた。正直に言って自信は無い。だがこういう場合は今になって無理だと言う方が無礼になると知っている。だから何とか会うだけ会って後はセリアーナ様に何とかして貰おうと考えてた。セリアーナ様はちょっと調子が悪そうだけどきっと大丈夫だと思った。何時も通りに何となくどうにかなると漠然と私は考えていた。
馬車が城内に入った。此処までは入った事がある。馬車は何時も其処で止まってと思ったら止まらなかった。其処で初めて私はアレ?と思った。謁見の間で聖王様に会うんじゃ無いのかと、馬車は進んで行くこの馬車は何処に向かうんだろう?私だけが首を傾げていた。やっと馬車が止まる。随分と奥まで来たもう城の端じゃないだろうかと思う。それ程に奥まで来た。止まった馬車から降りる。何処なんだろう此処は?と思った。其処で唐突に意味も無く私はまだ幼い子供の声を聞いた気がした。私は空耳?と首を捻る。でも少ししてまた聞こえた。その声は言った。『セポラ』『セリス』と…。護衛騎士の皆と別れて私とセリアーナ様だけが城内の広い離れを進んで行く。
「セリアーナ様、此処、何か出るんですか?私、さっきから変な寒気が…」
「………」
体が震える。何故だろう?物凄く恐い。もう何年も使われて居ない廊下は埃が積もっている。
お化けや幽霊等信じて居ないが此処には出ると言われたら私は信じそうだ。理由は分からない。
「セリアーナ様、オカシイです。さっきから空耳が…子供の笑い声が…『セポラ』『セリス』って声が…」
「………」
脅える私の言葉にセリアーナ様が一瞬、震えた。でもそれだけだ。進む足は止まらない。
何時もなら隣を直ぐ傍を歩く私はセリアーナ様に大きく遅れて進んでいた。声がまた響いた。『『『きゃはははは!』』』と言う幼子3人の笑い声、その声が私の記憶を刺激した。
「セリアーナ様、変です!オカシイです!私はこんな場所知らない筈なのに記憶が…声が…助けて、助けて下さい!」
「………」
耐え難い恐怖に私は等々、動けなくなった。もう一歩を進む事も出来ない。知らない筈、絶対に覚えがない筈だ。私は王宮に初めて入った。なのに何かが私にこの場所を知っていると囁いてくる。それは恐ろしい程の苦痛となって私を襲った。
「セリアーナ様!…ダメです。私はもう進めません。これ以上は行けません」
「………」
座り込んだ私にセリアーナ様が振り返り近付いてくる。素のお顔は真っ青を超えて真っ白い、セリアーナ様にもこの場は苦痛の様だ。セリアーナ様の様子が聖都テレスターレに近付くにつれてオカシクなって行ったのはこの為かと思う。聖王様にはご不敬になるがこれ以上は耐えられない。日か場所を改めて貰おうと声をあげる。
でもセリアーナ様は私を立たせると手を引いて前に向かって歩き始めた。
「セリアーナ様!!!」
私は悲鳴を上げた。止めて欲しい。これ以上は、如何か、如何かと願う。幼子の笑い声が酷くなる。
記憶の混濁も一層、激しくなる。私?この声は私の声?私は此処を知っている?違う、私は―――、私は此処、この場所で―――。
「………セアラ」
「セリアーナ様」
城内に入ってセリアーナ様から初めてお声が掛かった。どうしようもない恐怖にぐしゃぐしゃになっていた私の顔にやっと安堵が浮かんだ。やっと分かって貰えたと、此処で終わりだと私は願った。
「もう少しだからがんばって?」
「セリアーナ様ァァァァァッ!!!」
響いたのは希望を砕く悪夢の一言、私は絶叫を上げた。
私は最早、立って居るのか歩てるのかすら解らなくなっていた。
只、セリアーナ様に手を引かれて行く。
だが、その手を引く力も弱々しい、とても【LV65】もある人の力では無い。
【LV1】でも振り払えるだろう、何故、どうして出来ないかと言うと私の力がそれ以上に弱々しいからだ。
体にまったく力が入らない、座ると言う抵抗すら出来ない。
そして【神眼】に見えるセリアーナ様の慟哭と嘆き――。
「こんな事をしたくないっ!」「知らせずにいたいっ!!!」「ああ、でも―――」「セアラ、セアラ、セアラ、セアラ、セアラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「どうしようもない、シラネバナラナイ、己が何何か何であるのか?セアラノサダメ、逃れられない、イツカカナラズシルトキガクル」
私はニゲラレナイ。
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そして遂に―――。
「来たか」
4人の男性が待つ部屋に辿り着いた。
セリアーナ様はもう限界だったのだろう。
扉を開けると同時にその扉に寄りかかってズルズルと倒れこんでいった。
男性3人が支えようと立つがそれを正面に立つ男性が止めた。
何時もなら一番にその身に寄り添う私は最後に引かれた腕の惰性によって部屋の中心まで進み其処で膝をついた。
「さて此処まで辿り着いた。既に分かっていようが聞こう。『セアラ』お前は自分が誰なのか自覚はあるか?」
バラバラだが確かにあったパズルのピースが合わさる様に全てが繋がっていく。父の居なかった私、私に無関心だった母、献身的にずっと寄り添い続けてくれたセリアーナ様、記憶に微かに残る城の風景、『セポラ』『セリス』、そして忘れられないこの部屋、全てが組み合わされ1枚のページになった。
私は悟った。自分が何なのかを、そして絶望して私は私の全てを失った。
「私ィ………私ワァ………私はダァレェ?」
ピコーン
【神哭眼】
【恩恵】が
【特殊進化】
【神眼】
【恩恵】
【埋葬】を習得
私の【神眼】が一滴の血の涙を流した。
【名前】名無し
【種族】帰還死人・聖女
【位階】零
【LV】3
【気力】7
【理力】7
【霊力】2
【魔力】3
【SP】13
【技能】【幸運LV1】【治療LV1】【加護LV1】【障壁LV1】
【恩恵】【神哭眼】【光輝】【月光】【埋葬】
狐猫の小話
ホンワカな話の後にホラーっぽい話です。
セアラが会った一番小さな綿猫は生後数年な母狐猫です。
狐猫と彼女の縁はこの時に生まれました。




