第027話 狂乱する亀、対峙する聖女?
暗い洞窟の中を光りを灯す【魔導具】【魔光灯】を頼りに私達は進む。
水晶大亀が眠る場所迄は直ぐだと言っていたが暗闇が時間間隔を狂わせる。
もう長く暗闇を進んで思える。
そして進んでる内にノーザン様が「おかしい」と言った。
「何か問題ですか?ノーザン様」
私が尋ねると「はい」とノーザン様は言った。
「以前、此処に来た時はもうこの辺りでは水晶大亀の寝息が聞こえておりました。洞窟内に響く何処か恐ろしい音で…今も忘れません。それが全く聞こえない」
その言葉に皆が動揺する。
まさか水晶大亀が起きている?!
体が震えそうになる。
脅えて逃げ出したくなる。
だけど――
「進みましょう」
恐れを必死で隠し騎士達に言う。
「先程までより慎重にゆっくりと、危険と判断したら撤退です。それまでは行きましょう」
私が先頭に立って歩き出す。
こんな時に皆の前に立ち先導出来なくて何が聖女かと思う。
私が進むとリーレンが続く、ノーザン様も続き騎士達も歩き出す。
私達は暗い洞窟を更に気を付けて進んだ。
程無く大広間に出る。
山の中心で無くまだまだ南寄りだ。
その中心に居た。
巨大な魔物。
余りに巨大な亀。
100メートルは有に越えている。
背中の巨大な水晶の山を合わせると200メートルにも届くかもしれない。
水晶大亀。
【恩恵】【神眼】に見えるのは巨大な黒い、暗い闇だ。
魔物が人に抱く敵意だ。
だが、その中心に白い光が見える。
それは水晶大亀の僅かな良心か、心の拠り所か、分からないが完全なる邪悪な魔物ではないと思えた。
そして感じる力はB級の災禍などではない。
完全にS級の天災クラスのそれだ。
しかも―
「お、起きている…」
騎士の誰かがそう呟き、皆も顔を上げている水晶大亀を見て恐れている。
私も怖い、勿論恐ろしい。
だけど―
「リーレン、【魔眠草】を」
私がそう言うと思い止めようとするようにリーレンが「せ、聖女様しかし…」と言った。
そんなリーレンに必死で微笑みの表情を浮かべて「大丈夫、大丈夫です」と言った。
「まだ顔を上げているだけです。動いてはいません。寝ぼけているのかも知れません。完全に動き出す前に【魔眠草】を試します」
「で、ですが危険です。動き出すかもしれない。此処はダビートに戻って連絡を――」
騎士の一人が震える声でそう言う。
だが私は首を振る。
「寧ろ今しか無いかも知れません。既に顔を上げている。動き出す目前かも知れない。ダビートに戻ろうと言う間に暴れ出すかもしれない。今しか無いのです」
動き出せば力の気配からダビートに被害が及ぶのは確実だ。
本当に今のタイミングしかないのだ。
今だに渋るリーレンから【魔眠草】の袋を受け取り一番、危険そうな上がった水晶大亀の首の周りに震えるのを耐えながら【魔眠草】を撒く。
それにリーレン、ノーザン様と騎士達が続く。
巻き終えると水晶大亀を包むように円状に広げ繋げる。
「では参ります。聖女様」
「はい、お願いします」
騎士の一人が【技能】【火魔導】で小さな火の球を撃つ。
【魔眠草】に火が点き燃え上がる。
白い煙が出始めた所で私が【大結界】を発動し一帯を封じ込める。
段々と煙が【大結界】の中に充満し始め水晶大亀の姿が隠れる。
黄金色の【大結界】の中を真っ白な煙が立ち込める。
(効いて、効いて、効いて、お願い、お願い、お願い)
必死に祈りながら【大結界】を維持する。
私の低いステータスでもこれだけの事が出来るのは【大結界】の性能のお陰だ。
そして暫くすると「クゥゥゥゥゥゥッ………」と、言う音が響き始める。
「この音は?」
振り返り騎士達に尋ねるとノーザン様が「水晶大亀の寝息です。効果が出たようですね。良かった」と言った。
良かったと私は安堵する。
リーレンもノーザン様も騎士達も安心から弛緩した空気が漂う。
しかし、その時にそれは起こった。
バンッ!と音が上がる。
え?と思って【大結界】を見つめると続けて二度、バンッ!バンッ!と同じ音が響く。
見ると真っ白だった煙の中に赤い煙が生まれていた。
それは徐々に徐々に白い煙を侵食し、赤く塗り替えていく。
「何でしょうかアレは?」
「分かりません、分かりませんが、何か…」
私とリーレンは分からず戸惑う。
「何だアレは?」
「【魔眠草】に何か混ざっていたのか?」
「【発煙筒】か何かか?」
騎士達も分からないのか首を捻る。
だが、騎士の一人が「あ、アレは…まさか…」と声を上げる。
「知っているのか?」
ノーザン様が尋ねる。
すると震えながら騎士が「狂乱草かも知れない…」と言った。
【狂乱草】?!
その言葉に私達、全員の目がその騎士に集中する。
「【狂乱草】だと?馬鹿な―」
「絶対の禁草だぞっ!」
「待てよ、それが本当なら水晶大亀が狂乱状態になるって言うのか?」
騎士達が騒ぎ、私とリーレン、ノーザン様は絶句する。
【狂乱草】それは発見次第に絶対に処分されねばならない禁草だ。
【狂乱】という理性を失い破壊衝動のみに突き動かされステータス1.5倍の状態異常になる禁草。
何より恐ろしいのはこの【狂乱】には【耐性技能】が無いという事だ。
使われたが最後、人も動物も魔物も目に付く全てに襲い掛かるベルセルクになる。
そんな【狂乱】状態にこの水晶大亀がなる?!
「間違いないのかっ!」
ノーザン様が叫ぶ。
「お、俺…自分は盗賊団討伐の任務の際に首領が逃げる為に部下に使うのを見ました。…恐らく、いえ、間違いなく同じ色です」
私達が話している間に煙はすっかり赤く塗りつぶされていた。
水晶大亀の寝息も聞こえなくなっている。
――マズイ。
「全員っ!今直ぐにダビートに戻って住民の避難誘導を行って下さいっ!」
私は叫んだ。
「せ、聖女様は?」
「私は此処で限界まで水晶大亀を足止めます」
問うリーレンにキッパリと告げる。
猶予はない。
【神眼】にも僅かにあった水晶大亀の白い光が赤くなっていくのが映る。
「し、しかし…」
まだ迷うリーレン。
そこに―
「護衛騎士っ!」
ノーザン様がリーレンを突き飛ばす。
赤い煙が渦を巻き、私の【大結界】を貫いて何かが飛来した。
それは巨大な水晶の矢。
リーレンを貫き殺す筈だったその矢は寸前で気付いて彼女を救ったノーザン様の右腕を根元から吹き飛ばして壁に刺さった。
「「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」
「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」」
4人の騎士達はそれを見て駆け出した。
来た道を戻って行く。
これで彼等は大丈夫だ。
きっとダビートに戻って知らせてくれる。
だって騎士なのだから、私は信じた。
残るは私とリーレン、ノーザン様だ。
私はすぐさまノーザン様に【恩恵】【月光】を使う。
コレは完全治癒の力だ。
死んでさえいなければ四肢の欠損すら癒す。
「せ、聖女さま?」
ノーザン様が直ぐに気付く。
「リーレン、ノーザン様、残るはお二人だけです。お早く」
私は穴が空き其処から【狂乱草】の赤い煙が漏れる【大結界】を解き目の前に厚い壁になる様に展開し直す。
其処に水晶大亀が口から放った水晶の矢【水晶息吹】が突き刺さるが今度は貫通させず防ぐ。
【狂乱草】の煙も防ぐ。
「ダビートの民の為です。お願いします」
「聖女様しかしっ!」
まだ納得しないリーレンに私は安心させるように恐怖を押し殺して微笑む。
「私も限界まで粘ったら退きます。先に行って下さい。リーレン、ノーザン様」
嘘だ。
退くなんてない。
ごめんね、リーレンと心の中で謝る。
「行くぞ、護衛騎士。聖女様の意思を無駄にするな」
ノーザン様がそう言い、リーレンの腕を引く。
「聖女様…か、必ず、必ずお戻りください。お待ちしております」
「ええ、大聖女様とのお約束もあるモノ、絶対よリーレン」
また嘘だ。
私は嘘つき聖女だ。
申し訳が無い。
そして走り去って行く2人。
これで【大結界】を大きく展開している必要が無くなった。
自分だけを覆う形に厚く圧縮する。
【狂乱草】の煙が部屋中に広がり水晶大亀の姿が顕わになる。
目を【狂乱】で真っ赤に燃やした巨大すぎる亀。
恐ろしい。
怖い。
逃げたい。
でも―
私は聖女だ。
最後まで聖女だ。
決して逃げないっ!
ズドン、ズドンと【水晶息吹】が【大結界】に当たる。
1秒でも、1分でも、10分でも、1時間でも耐えるのだと気合を入れる。
だが、それでも絶望的なステータス差は覆せない。
今までの攻撃はまだまだ本気でも何でも無かったのだろう。
ズドンッ!!と言う音と共に私の体が吹き飛ばされる。
【大結界】は貫通されていない。
極限まで圧縮した【大結界】は撃ち出された【水晶息吹】は防げても衝撃波までは防げなかった様だ。
私は地面をゴロゴロと転がる。
良い様に玩ばれる。
宙を舞い、地面を転がり、這いつくばり、其処へ【水晶息吹】が連打される。
木っ端の様に吹き飛ぶ。
【大結界】が徐々に徐々に薄くなる。
『貴方は【恩恵】を三つも持ちその才能があるのは認める。だが、他の全てが足りない』
唐突にヴァン侯爵に言われた言葉が思い浮かぶ。
そうだ。
その通りだ。
どれだけ頑張ってもステータスは上がらなくて、【技能】は覚えられなくて、【LV】上げもパーティーの後方から【恩恵】の【光輝】と【月光】を使うだけで、僅かしか経験値が得られなくて、それでも大聖女様に『貴方は私の、私達の希望なのよ』と言われて、頑張って、頑張って、頑張ったんだけどなぁ。
『我等に必要なのは貴方の様にただ守られるだけの弱い聖女ではない』
私は必要のない弱い聖女だったのかと思う。
運が良かっただけ。
【恩恵】に恵まれただけ。
大聖女様の養子に成れただけ。
私の実力ではない成り上がりの大聖女候補一位。
それでも脳裏に残る憧れ、聖女らしく。
あの日見た光の様にっ!
立ち上がる。
前を向く。
聖女は逃げないっ!
私を煩わし気に見る水晶大亀口に今までに無いほどの水晶が生まれる。
アレは今の【大結界】では防げないなと悟る。
ごめんね、リーレン。
ごめんなさい、大聖女様。
ごめんね、大事な、大事なお友達。
私はもっと―――
◇
「急げっ!護衛騎士っ!少しでも早くっ!聖女様が耐えられている内にっ!」
「分かっています、分かっていますがっ!」
ノーザンに言われて私は走る。
だが流れる涙が止まらない。
あの方の嘘などお見通しだ。
短いが濃密な1年2ヶ月だったのだ。
最初に大聖女候補一位の護衛騎士に任命された時は歓喜に震えた。
私の様な若輩者にそんな栄誉がと思った。
だけど実際に聖女に会うと失望した。
僅か10歳の少女で、見るからに弱そうで、貴族でもなく平民で、マナーも礼儀も全然で、だがシャリス公爵の養女になって、【恩恵】が3つも在ったから大聖女候補一位。
正直、大聖女様の正気を疑った。
こんな少女が次期大聖女かと、だから訓練を厳しく行おうと思った。
だが大聖女様に「まだ子供の内は早めに寝かせて上げてね?」と言われた。
代わりに朝6時に起こすようにした。
私も幼い頃からそうしていたから、少女は頷いた。
翌日、時間通りに訓練場に居た。
ちゃんと起きていた。
ちょっと見直した。
厳しくした訓練にも泣き言、文句を言わずに着いて来た。
私の少女を見る目は変わった。
そんな訓練は1年2ヶ月経った今もまだ続いている。
ステータスは上がらないが、聖女様は今も頑張っている。
マナーの授業が入る。
平民だった少女に貴族としてのマナーを叩きこむ。
短い時間で詰め込み授業になるので厳しい人選が行われた。
同じ聖女の第四位となったシャル様が選ばれた。
授業は私の目から見ても厳しかった。
だが特に忙しい聖女様の時間を割くのだ。
泣き言など言わせられなかった。
予想に反して少女は泣き言など言わなかった。
黙々と厳しい授業をこなした。
僅か8ヶ月程で上級貴族が要求する水準に到達した。
少女は頑張った。
私の少女を見る目がまた変わる。
少女の人付き合いは不思議だった。
ニコニコ近寄って来る人達の半数以上を避けて自分に厳しい人、意地悪な人の幾人かに自分から近付く。
不思議だった。
訊ねて見た。
【恩恵】の効果だそうだ。
全てを見通すという【神眼】だそうだ。
人の好い悪いが解るらしい。
隠す事無く己の【恩恵】を教える。
驚いて「ならば私は貴方にとって好い人なのですか?」と尋ねる。
「リーレン様は厳しいけれど優しい人です」と言われた。
優しいなどと始めて言われた。
何時も「美しいが鉄面皮で無愛想な女」と言われてきた。
戸惑う私に少女は笑う。
距離が変化した気がした。
聖女の任務は苛酷だ。
色々とある。
例えばあらゆる森でその地域の冬等に起きる病気に対する秘草採取の任、秘草一本一本に【祝福】を掛けながら聖女が手ずから摘まねばならない。
そんな普通は聖女2人か3人で行う任務に少女は1人で行く。
一本一本丁寧に摘む。
1人なので時間が掛かり街一つ分なので量も大変だ。
それを黙々とする。
「何故か?」と問うた。
「私は弱くて戦いとか危険な任務に赴けないからこういう地味で大変な仕事で他の聖女様の助けになるの」と答えられた。
私は自分が見る目を誤っていたと思った。
私が知る限り少女は逃げなかった。
辛い事から、苦しい事から、大変な事から、決して泣かずに逃げなかった。
丁度、出会って1年経った日に私は言った。
「今日から私をリーレンとお呼び下さい。私は貴方を聖女様とお呼びします」と。
すると聖女様は花のように笑って「じゃあ、これからお友達ね。よろしくお願いね。リーレン」そう言われた。
私はその日、真に護衛騎士になったのだ。
だと言うのに――
私は聖女様を一人残して走っている。
悔しくてたまらない、悲しくてたまらない、己の弱さが不甲斐無い。
そんな涙が止まらない私の前を走るノーザンが叫ぶ。
「あいつ等め、護衛対象を放置して先立って逃げ出すとか厳罰処分だっ!」
と、先に逃げ出した騎士達に恨み言を言う。
だが逃げてるのは私達も同じだ。
それが聖女様の願いだとしてもだ。
そこにヒュンと何かが――小さな、小さな、何かが私達とすれ違う。
それは白い真っ白い幼生のファトラ。
一瞬だが私と目が合う。
(セアラは居ないの?)
(聖女様はお一人でまだ奥に)
瞳での会話が成される。
ファトラは速度を落とさずに駆け抜けた。
「何だ?今のスピードはあんなの成体のファトラでも…」
そう立ち止まり呆然とノーザンが呟く。
そんな彼に涙が止まった私が声を掛ける。
「急ぎましょう、騎士隊長。あの子が向かったなら聖女様は大丈夫です」
「お?おおう、だがそれこそ、像に蟻がいや岩山に蟻が挑むようなもんだ。流石に希少種の変異種と言っても…」
「大丈夫。急ぎます」
今度は私が先になって走り出す。
ノーザンが追って来る。
だって聖女様が言ったのだ。
あのファトラは【太陽】だったと、【太陽】は何時だって人に道を示してくれるモノなのだ。
狐猫の小話
ヴァン侯爵の娘の聖女シャルはセアラが大好きです。
お姉さんなつもりです。
ちょっと厳しいですけどね。
二人はとても仲好です。




