第165話 二人のそれからと狐猫の人化
それから一時間もしない内に廊下を歪ませていた幻が解除されて救助の騎士達が駆け寄って来た。ユーチャやショルテの姿もある。勢ぞろいですわね、当たり前ではありますけれど皆に心配をかけてしまった様です。此方は巻き込まれてしまった側ですのでちょっと言葉にし辛い状況ですが、全員が無事に安堵してホッとしてくれているので私は余計な事は口にしない、助けて貰った感謝だけを返す。刺客だった二人の死体の方は調査に回されて気絶している方は引き摺られていった、これから身元に背後関係からあらゆる事実を調べられるだろう。二度とこんな事件が起こらないように徹底して行われると考えられます。その後は間違いなく処刑でしょう、王族を暗殺しようとしたのだから当然の結末だ。同情の余地は欠片もない。
私とパリスは夫々に今日はもう刺激の多すぎる一日だったので後はもう安静にしておくように言われて使っている部屋に戻る。座っている椅子の目の前にはユーチャが腰掛けていて、机の上にはお茶とお菓子が置かれている。心を落ち着かせる作用のあるハーブティーだ、気を使ってユーチャが準備して容れてくれた。流石はフレイドル伯爵家で育てられただけはある心遣いだとカップに手を伸ばして口へと運ぶ、うん、香りも味も満足いく物でとても安らぐ。
「だけどカトレア様がご無事で何よりでしたー、本当にお怪我は無かったですかー?」
「刺客に飛び降り様に蹴りを入れて少し足を痛めた程度で既に治癒もして頂いてますから平気です。……後はパリスが護ってくれましたから…」
「んー?あれー?」
あ、失敗してしまった。うっかりユーチャの前でパリスを呼び捨ててしまいましたわ。これは確実にバレてしまう、まぁ、隠す理由もなかったし私達の仲だ知られてしまうのは時間の問題だったでしょう。開き直ってしまう事にする、ちょっとだけ顔が火照るのを自覚しながら僅かに頷くとユーチャがあらあらと微笑んだ。うう、言いふらされたり大騒ぎにされないだけマシでしょうと考える。それも少しの間でしょうけれど。
「カトレア様ってば何時になるかと思ってましたがやっと自覚されたんですねー。もう随分と前からそういう気配を感じてましたからー」
「へ?え?そ、そんな昔から?」
「はいー、でも正直に言って意外でしたねー、カトレア様はパリス様を嫌ってはいませんでしたが当初は引っ付くつもり何て一切、無かったですもんねー、一体、どのような心境の変化が?」
「た、大した事ではありませんっ!」
全然、気付いてなかった。私ってば自分で理解していないだけでそんなに分かり易い性格をしていたのでしょうか?うう、ますます顔が熱くなってしまう、どれだけの人にバレているのかと思うとどうにも体に籠った心地好い様なむず痒い様な言い表しがたい温度を秘めた熱が全身を巡って冷めてくれない。恥ずかしさが消えてくれないのだ。何て事かと毛布を被って隠れてしまいたくなるけれどそうはいかないというのが辛いですわね。
その後も二人で一緒にポツポツと語り合う、本当にかなり前から私の想いはユーチャに知られてしまっていた様ですわね。他の者達もカトレア様が自覚するか、パリス様が行動に移すかまでは見守ろうと暗黙の了解が出来てしまっていたらしい、ただパリスは如何にも心の内を見せないので周りが判断に迷っていたそうで、どうしたモノかと思われていたようだ。それでも今回の一件で決して嫌ったり、不快に思ったりはしていないのはハッキリした。
兎も角、何はともあれこれからだ。パリスとの正式な婚約は一年後でしょう、それまでにまた仲を深めて知らなかった、気付かなかった、分からなかったを理解していけば良いと考えながら今日一日で体験した事柄の詳細を根掘り葉掘り一つ残らず聞き出されて暴かれてもう許して欲しいと願う迄の間、楽しそうなユーチャと真っ赤になってしどろもどろに説明を続ける私の姿がそこにはあった。
因みに生きて捕らわれた賊はこの日の夜に口封じに殺されたらしい、重要な証人にして犯人でしたから厳重に監視されて居たそうですがそれでも隙を突かれてしまった様です。これで今回の一件の真犯人には届かずじまいになってしまいます。予想は付きますけれども相手が相手です、証拠が無ければどうしようもない。これはもう二度と同じ事件が起こらないように徹底した警備を行うように心がけるべきでしょう。
本当に相手がもう少し強い者だったら私達に助かる術は一欠片として無かったのだから、今回潜り抜けられたのは運が良かった、只、それだけ、それ以外に無事で居られた要素は全くなかったのですから、それから〖幻影通路〗の管理も今一度、見直しが図られる事となり初代大帝が残された文献から施された〘魔導〙の調査が行われている。此方もまた悪用される機会はないだろう。そうして事態の対処が全て終わり、今回の王都滞在期間が過ぎた所で私は自領へと戻り大神殿に入る準備が行われ正式にパリスとの婚約の手続きも済ませた。
そして翌年、10歳になった私は大神殿で聖女の任に就くと同時にパリスの婚約者一号と決まった。彼が正式に次の次の大帝と決まればもう一人の婚約者候補である未来の大聖女が定められるだろう。今の所はこれといった候補はいないですが、そうなるか、その頃には見つかっていると思われる。でも妹君のイーナ様は大騒ぎするでしょう、私との婚約が決まった時だってもの凄い荒れ様でしたからまた饒舌に尽くしがたい状況に陥ると考えられます。
ともあれその後は聖女として活動しつつ順調に順位も上げて問題も起こさず厳しくも難しい正妃教育にも耐えて必死になって学びパリスとの仲も深めていった三年後に起きたのが今回の事件です。うん、本当に何事か?としか感じられませんでした。この数年で培ってきた関係は何だったのか?と叫びたくなるような突然の婚約破棄です。しかも手紙で、当然、納得なんて出来る訳が無く私はその時に言い渡されていた仕事を放り出して現地に向かって急行してしまいました。その後の結果は現状の通りです。何だか私と殆んど歳が変わらない様に見える女の子、セリアと名乗った少女にやたらと親し気にしてるのを見てかなりイラッとしましたね。私と婚約破棄して置いてあの様な素性の知れぬ子とイチャイチャするかなり苛立ちを感じました。本人にその気は無いと思われたのでちょっと牽制するに止めましたがパリスは別です、当分は許しません。心の底から反省して二度とこの様な真似をしないと判断出来る迄は絶対にもう一度、婚約を結び直す等しないと誓いました。本気で謝ってる様なので流石にそろそろ良いかな?とも思いますがどうにもまだ素直に許してあげますと言えないのが難しいです。昔に戻ってしまった様な気分ですわね、何にしても本当に次は無いと心胆に知らしめるまでは現状維持、パリスにはもう暫くの間ですけれど自分がやってしまった事の罪深さを理解させるのが良いですわ。その後は――ま、まあ、前以上に優しくしてあげないでもありませんけれど…それまでは今の状況を受け容れてどうか私のご機嫌を取って下さいね、パリスとの昔を思い出しながら私はこの日の眠りに付いた。
◇
「ん。お帰り」
「ただいま帰りました、ホウお姉さま」
「ミィミィ、ミィミィー」(ホウ様、ただいまー)
何時も通りに帰って来たオウの里、瞬きの間に目の前に現れているホウ様、相変わらずのとんでもないスピードである。本当に全く、欠片も追いつける気配も見える様になる感じもない、出鱈目すぎますってホウ様…ホントに強くなっても、強くなっても差が縮まる所か開く一方にしか思えない。〖亜神〗や〖神〗になれば届くだろうか?等と思わなくもないけれど私やセアラが目指すのはホウ様の高見では無いからなー、目指すのはセアラはテレスターレ聖国を元に戻しダスド帝国を打倒する事、私はその為にセアラを〖亜神〗の頂に上げるだけだ、それさえ叶えば思い残すモノはない。
テクテクと歩いてホウ様の家に向かいながら、あー、そろそろ一度はズィルバーやソラと一緒に一日のんびりゆっくりと過ごして見たいなーと思う。毎日一緒なナハトは除く、実際に旅に出てからもうかなりの日々が過ぎたけど随分とズィルバーに寂しい思いをさせている。もう後僅かで仔馬も生まれるというのにだ。月はもうすぐ七月、後一月ほどで出産になる、うん、アトランティカ大国の王都であるアルディージャに到着したら一日くらいはオウの里でだらけよう。
それはそれとして今日やるべきは遂に念願叶っての初の人化お披露目である。相変わらず小っちゃなホウ様の家に辿り着いて皆、と言っても私、セアラとホウ様にナハトだけだけれどそれでも一番に見て貰うのは彼女達になる訳だ。さーて、どんな姿になるのかなー、最初に使った時はとても人とは思えない悲惨な姿だったけれど最大強化した今ならばおかしくない普通の人間の姿になれる筈だ。
「ミィ、ミィミ、ミィミィミミィミィミミ【ミィミィ】ミ。ミィミィミミィミミミィィ」(さぁ、使うよ、今回こそ確実な私の【真人化】だ。初お披露目だ見ててね皆)
「前はただ人型をしているだけでしたからね。今回はきちんとした姿をとると思うのでワクワクします」
「ん。ちょっと楽しみ」
「キューン」
リビングルームと言っても狭いけれどそこでシュタッとポーズを決める私を興味深げに眺める二人と一匹、正確には一人と二匹だけどね。あ、でも、セアラとホウ様は嬉し気だけどナハトはちょっと寂しそうだな。自分だけだ人型になれないのが残念なんだろう、でも問題はないぞナハト、お前はまだまだ若いのだ、これから頑張れば何時かきっと【人化】を覚えられる時も来るだろうと信じる。
まぁ、それは兎も角、今は私の【真人化】の発動だ。「ていやっ!」と気合を入れて使用してみる。ボンッと煙に包まれて体が変化していく感覚、何とも言葉にし難い不思議な感じだ、だけど、それも一瞬の間でホンの僅かな刹那で白煙は晴れて私は二本足でその場に立っていた。うん、二本、人の足だ見間違う事はない、だけどなんだかうまく言えないけどもうずっと四本足だったからバランスがおかしい気がする今にも転びそうだ。それでも何とか立ったまま口を開いて「ど、どう?」と訊ねて見る。
「可愛いです!ハクア、ふふふ、妹が出来たらこんな感じでしょうか?」
うん?妹?私ってばどんな外見になってる訳?首を捻ってから両手を目の前に持って来てみる。よし、これもちゃんとした人の手だ、でもなんか小さい、体も見るけどあれ?って思う。しかも服着てない全裸である、これはいけないと慌てて〖精霊糸の円環〗から糸を出して服を身に付ける。なんとなくだけど和服にしてみた、黒地に銀糸の刺繍が入った着物だ。悪くない着心地をしている、そうこうしてるとホウ様が「ん。見る」と言って目の前にでっかい姿見を置いてくれた。
おおう?何歳児だよ?これ?4歳か5歳?身長は1メートルあるか、ないか程度の大きさしかない。体重もそんなにないだろう、肌はセアラにも負けない程に白く、髪は腰まで伸びた純白で目は真っ赤、綿猫の時とほぼ同じである、顔の造形もかなり将来が有望そうだ、確実に美人さんになれるであろ、だがしかし、困った点が一つ…いや、二つ、耳が頭の上にある完全にケモ耳だ、加えてお尻から生えている大量の尻尾、ちょっと何本あるのか数えきれない、いや、これ【真人化】の筈だけど人類じゃない、獣人である。迂闊に街中で【人化】出来ないじゃないかと慌てる。だけどセアラにはストライクだったようで私が呆然としている内にギュッと抱き締めて持ち上げられてしまった。
「ちょ、セ、セアラ?」
「ああ、もう、愛らしすぎますハクア!今夜はこのまま一緒に居ましょう。そうしましょう。ね?良いですよね?構いませんよね?」
むう、まあ、自分でもかなり可愛い方かなーとは思うけどセアラが此処まで暴走するとは思わなかったブンブンと振り回される。ちょっと目が回るぞ、落ち着けセアラと念じるけど止まらない。ナハトもご機嫌に足元を駆け回っている。ホウ様も出していた鏡を片付けてはしゃいでいる私達を見守る。ちょっと幼すぎるけど変な姿にならなくて良かったと喜ぶ所だろう、まぁ、そんな事はないと信じてはいたけれど…。
しかしすっかり遅くなったので今夜は寝るとしよう、寝室に移動だ。セアラとホウ様に着いて行くけど二足歩行って難しい、これは慣れないとダメだなー、前世では普通に出来ていた筈なのにたった体感一年ちょっとぶりでこうなるとは思わなかった。【擬人化】した時には平気だったんだけど、あれは少し違ったから問題なかったんだろう。今はしっかりした【人化】だからね、慣れるのに手間取るんだと考えられる。転びそうになりながら何とか進む、歩くのって大変だなぁと必死に足を動かす。
そして大した距離でもないのに苦労しながらベッドに到着、ホントに頑張らないと縦横無尽に駆け回るなんて不可能そうだ、コツコツと努力していくしかない。取り合えず、基本は綿猫状態で今後は機会や状況を見て人型になる様にしていこうと決める。その為にも訓練だなー、一刻も早く普通に歩ける程度にならなければならない。久々にスパルタンの出番かな?只、歩行するだけが大事だ、けれど、まぁ、私は実際には赤ん坊見たいなモノだからしょうがないよねと考えて、しっかりと正に一歩、一歩、キチンと熟せる様になろうと心する。
そんな感じで二人で寝るにはちょっぴり狭いベッドだけどお互いに小柄なのでどうにかなると揃って横になった。私はセアラの腕の中だ、よっぽど【人化】した私が気に入ったらしい、確かに今までずっと周囲は歳上ばかりだったからねー。歳下の子は身近にいなかったから貴重に感じて可愛がりたくてしょうがないんだろう、私としても嫌じゃないから好きにさせるけどね。そのまま抱き締められて二人一緒に眠った。だけど、眼を覚ますとまた床の上で転がっていた、オカシイ、あれだけきつく抱かれていたのに何で【人化】も解けて床で寝てたのか?分からんなー。
本当にどうしてなのか?考えても思い出せないからしょうがない諦めよう、さて、目が覚めたから朝食迄の間、またホウ様と訓練だな、前回からちょっとは強くなってる筈なのだ。今日こそはと気合を入れて挑む、結果は変わらずだったけどね。無念だ、実力差がぶっちぎりであり過ぎる。〖亜神〗に至っても勝ち目がないと思うのは気のせいかなー、それでも私達が挑む敵や魔物、試練もこの先は更に苛酷になる、負ける訳にはいかないのだ。特訓は続ける、そしてもっともっと強くならなければならない。目指す目標はまだまだ遠いのだ、頑張らなければならない。
それから疲れた体に鞭打って朝ご飯を準備して皆で一緒に食べ終わるとまた出発の時間だ。プルートーのフレイドル伯爵家でもパリス君にユーチャさん、カトレアさん達が食事をしているだろう、偽装させた【並列存在】の私とセアラも夫々に過ごしている筈だ。街を出る前に入れ替わらなければならない、部屋で大人しくしてくれてると良いなーと考えながら今日はホウ様だけを見送りにまた〘集団長距離転移〙を発動して私達は旅へと出るのだった。
狐猫の小話
やっと、遂に人型化です。此処まで結構時間がかかった。
まぁ、それでも基本は綿猫形態です。
人型が日常になるのはずっと先ですね。




