第164話 刺客と戦い
「平気かい?カトレア?」
「ええ、問題ございませんわ、パリス」
〖幻影通路〗を進んでいると時間感覚まで狂いだしたように感じるが、それでも歩みは止めない。こんな所で立ち止まったり襲われて終わってしまったりするつもり等、私達には更々ない。諦めずに黙々と足を動かし廊下に足跡を残す。前方は相変わらず靄が掛かったようではっきりせず、後方からもずっと絶えず微かな音が聞こえる。何とも言葉に表し切れない不安と恐怖が心身に圧し掛かって来るけれど繋いだ手の温もりがそれを打ち消してくれる。
本当に参ったものです。本来ならば最も安全で危険からほど遠い筈の王城内でこんな事態に陥るとは想像だにしなかった。護衛も大慌てで駆けまわっているでしょうけれど、どうしたって仕掛けてきた相手の方が行動は速い、こればかりはどうにもならない、助けが来るまで何としても逃げ切り、味方の合流を待つ、もしくはこの〖幻影通路〗を解除してくれるのを信じるだけである。それまでの時間を何としても稼がなければ……そう考えながらパリスに先導されて廊下を行く。
だけど、このままではそれも難しいかも知れない。後ろから響いてくる物音――間違いない、これは足音だ、それがかなり近づいて来た。やはり追手の速度の方が早い、いや、どうせ逃げられはしないと余裕を持って追いつめられる。何か策を弄さねばならない。しかし打てる手は限られる、そもそも曲がりくねっている様に見えるが通路は一本道で所々にある扉も開くことが出来ず中に入れない。どうしよう?悩んでいるとパリスが口を開いた。
「うーん、ダメだね。やっぱりこのままじゃあ時間の問題だ。カトレア、走る事は出来る?」
「いえ、今、身に纏っているドレスと靴では無理ですわね。早足くらいは可能でしょうけれど走るのは流石に…」
私の回答にパリスは考え込む。正直、靴を脱ぎ捨てドレスの裾でも破けば問題なく思うがままに駆けられるだろう、けれど非常事態ではありますがそんなはしたない真似はちょっとしたくない。命の危機ではあるし本当にもう他の手段が無いとなれば止む無く行うでしょうけれど、それでも実際、行動に移すのは躊躇してしまう。最後の最後、完全、完璧に術を失った時には迷いませんし、現状で追い詰められているのは確かですから、その程度は覚悟しておかなければならないでしょう。兎も角、この状況を引っ繰り返すには場を何とかするしかない。だけど私にはこれと言った良い案が浮かばない、手詰まりだ。護身用の武器すら持ってないし、〖魔導袋〗も手元に無い。多少は【LV】も上げているし、〘魔導〙も扱えるがまだまだ弱い、刺客の方が強い筈だ。パリスはどうだろう?王族として既に英才教育は受けている筈だけどそんなに私と差があるとは思えない。これはやはり逃げる事も抵抗する手段も持ち合わせていないと見透かされているとしか思えない。
一矢報いたいけれどその為の方法が私には浮かばないのである。追い詰められて取り乱したり、動揺せずにいられるだけマシかも知れないですが、それは只の虚勢でしかない。一体、10歳の王族と9歳の公爵令嬢に何が出来るモノかと相手も完全に侮っているのだろう。実際に間違ってはいない、私程度が正規の騎士や兵士、魔導士を相手取るのはどれだけ見積もっても数年は早い。実戦経験が圧倒的に足りない、それでも大人しく殺されてやる訳にはいきませんので精一杯の抵抗をさせて頂きますけどね。決意した所で何も思いつきませんが…でもパリスは違った様だ。
「しょうがないな、じゃあ、コレを使おう」
「え?」
言葉と同時に指差されたのは廊下にオブジェとして飾られていた鎧、あちこちに置かれた調度品の数々はどうやらそのまま利用が可能なようである。しかしこの見た目だけで実用性には乏しい品をどうしようというのか?装備するにも大きさが違い過ぎるし、中に隠れるにしても子供二人でも入るには狭すぎる。何をするというのかが想像できず私は首を捻るがパリスが自分の考えた作戦を告げる。上手くいくかどうかは難しい、成功率は五分五分位かそれ以下だと思われる。
でも私には何一つとして手が用意できないし、考え付かない、全く、優秀などと煽てられていてもいざと言う時に役立たずとは何と情けない事かと自分に憤ってしまう。しかし今はパリスの作戦に賭けるしかない、失敗してもしなくても何もしなければ運命は決まってしまう。彼の思い付いた案に乗って互いに置かれた鎧に近付き手早くとある仕掛けを施す、成功すれば恩の字ですけれど失敗すれば間違いなくお終いでしょう。そして私達は再び身を隠した。
少し時間が過ぎた。隠す気もないだろう物音に方角に目を向けると見えている視線の中で二人の男が〖幻影通路〗を歩いてくる。アトランティカ大国の騎士の鎧だが胸元に飾られた団員を示す印章は全部で十二騎士団ある中の第一王子派を示す第四騎士団の者だ。そんなには強そうに見えない、幼い私達程度は彼等で十分と考えられたのだろう。加えて長く務めた者では正体を知られて誰が襲わせたのかバレてしまう。入団して日が浅く、金でアッサリと動かせたお馬鹿な二人だろう、確実に全てが終われば見捨てられて揃って罪を被せられて口封じされる筈だ。まぁ、それにも気付かない程度の頭だから良い様に使われるのだと予想する。私達は潜んでそんな騎士の様子を見守る。
「まったく何処まで行きやがったんだ?あの二人は?」
「子供の足だ、そんなに遠くまで行ける訳が無い。もう直ぐ追いつけるだろ、それより隠れられて見逃した時が厄介だ、周りをよく見てろよ」
「へい、へい、しかし王族ってのも面倒だね。その地位に就きたいからって競争相手のガキの暗殺をしろとか俺はそこそこの平民で良かったわ」
「裏の仕事に係わって平民も何もないだろう、このまま始末すれば俺達は二度と表には出られねえよ。逃亡先は準備されて報酬も十分な額が支払われる予定だ。終わればもう一生、遊んでいられるさ」
うーん、聞いているとこの二名の騎士は貴族ではなく平民の様ですわね。確かに実力さえ伴えば騎士団には入団出来るけれど最低でもどこかの家からの推薦が必要な筈でしたわ。こんな如何にもな人間を城に、しかも奥の居住区に常駐させるとはかなり上位の者が係わってるのは間違いありません、第一王子とその家族に騎士団関係者までも厳重な調査が必要となるでしょうね。既に大事件ですけれど、これは後始末がとんでもなく面倒になりそうですわね。それも無事にいられればですけれど……。
話から色々と考察している間にも私とパリスの元へと騎士達……いえ、もうそうは呼べませんわね。賊の二人は着実に近付いてくる。運任せになってしまいますけれどここから罠に引っ掛かってくれるか、回避されるか、こっちが先に見つかってしまうか、どうなってしまうか分からない、不安に音を上げる心臓の音が聞こえてしまわないか恐れて小さく震えるがまだ繋いだままのパリスとの手が「大丈夫」と伝える様にギュッと握ってくれている。そのまま信じて時を待つ。
「ん?おい、あれどこか変じゃねえか?」
「何?どれだ?」
「そこに飾られた鎧だよ、動かされた跡がある。追われてるのに気付いて中に入ったんじゃねえか?子供が二人隠れるには狭いがギリギリいけなくはないだろう」
「確かにそうだな、よし、蹴り倒せ、居ればそれだけで死にはしないだろうが怪我は確実だ」
言葉を交わす賊達の様子を慎重に眺める。どうやら彼等が目に止めたのは先程、パリスが仕掛けを施した鎧の様だ。これは上手くいったようですわね。このままならどうにかなりそうだ。まだ完全に安心は出来ないですけれど、きっと問題なく引っ掛かってくれると二人の賊が動くのを見下ろす。そう、私とパリスは鎧の中に身を潜めたと見せかせてその実、天井の陰に隠れたのだ。
王城の各間、各宮を繋ぐ廊下の天井は有り得ない程に高い、容易く登れる物でもなく身を潜める場所を探すのだって一苦労だ。常日頃から此処を通っている私とパリスだってこんな真似を考えた事はおろか実行に移そうとした経験など一度だってない。今は非常事態なので挑戦して行ったけれどもそうでなければ絶対にやらないギリギリで柱の陰に摑まっている状態となっている。〖幻影通路〗のお陰と言うか弊害で景色は歪んで此方は見つかりにくい状況、後は発見されずに賊が仕掛けに手を出すのを待つだけである。
「おら、かくれんぼはお終いだよお二人さん、さっさと出て来るんだな。時間が惜しいんだせめて苦しまずに死なせてやるからよ」
言うが早いか鎧に向かって回し蹴りを叩き込んだ賊の片割れ、普通であればこれで中身が空っぽのがらんどうでしかない目を引く外見が豪華なだけの鎧は倒れてバラバラになって床を転がる筈だった。仮にも城に納められる一品だ。相応しい者が身に纏えば十二分に性能を発揮して賊を返り討ちにしただろう。しかしながら私とパリスが装備するには大きさが違い過ぎる、残念ですけれどとても扱えない。だけど鎧として使えないからどうしようもないなんて事は無い。それなら別の使い道を探すまでです。私には思い付きませんでしたけどね。
「があああああぁぁぁっ!!!」
蹴りを放った男が足を抑えて転がり回る。これで手を使って押し倒すとかされていたら直ぐにバレていたでしょうけれど考え無しに思い切り全力で蹴り飛ばしてくれたのは幸運でしたわね。私達を甘く見て警戒心を全く持ち合わせてなかったのが助かった。種を明かしてしまえば何の事はない、鎧の中に大量の重り、砂利やら砂をたっぷりと詰め込まれていたのだ。パリスが自身のペットのトイレ用に手持ちの〖魔導袋〗に詰め込みに詰め込んでいたのが幸いでした。他にももっと便利な品が入っていればと思うがこんな状況だ、贅沢は言ってられません。賊が鉄製の防具ではなく身軽で音を余りたてないように革製の小手、胸当て、具足だったのが助かりましたわ。まだ正式な常駐ではなく見習いや斥候の身分だったのだと予想されます。
ですけれど、これで二人の内、一人が行動不能となってくれた。回復される前に完全にトドメを刺すか、気絶させてしまわないといけませんわね。まだまだこっちが不利な状況に変化はありません、油断すれば一瞬で私とパリスは討ち取られてしまう。残った男の方が「馬鹿野郎!直ぐに回復薬を使え!」と怒鳴り、倒れた者も急いで腰のホルダーから薬を出して怪我に振りかけようとしているがそうはさせない。何とかこの窮地を脱するにはこの時しかないのだから必ず今のタイミングを逃す訳には参りません。
「じゃあ、僕から行くから、カトレアは此処から援護、出来れば〘魔導〙を撃ちまくって、よっぽどが無い限り動かないように、良いね?」
「はい、パリスもどうかお気をつけて、どうしようもないと見たら私も飛び降りますのでその御積りで」
「はは、そうならないように頑張るよ。じゃあ、時間も無いし後ろは任せた。頼んだよカトレア」
「パリスこそ、このような状況ですから無茶をせぬようにとは申しませぬが、命を大事にして下さいませ」
「分かってるよ、うん、行って来る」
その言葉を最後にパリスはかなりの高さがある場所からヒョイと飛び降りる。破格ではないが訓練も魔物との実戦も経験しており一般よりも【LV】が上な私達ならこの程度は平然と怪我をせずに着地出来る。その勢いのままこれもまた廊下に飾られていた特に硬そうな花瓶を手に持ちまだ床に倒れたまま回復薬を使おうとしていた男の頭に向けて全力で叩き付けた。
ガシャァァァーーーン!!!という凄い破砕音と共に頭部を強打された男の「がっ?!」と響いた声を最後に沈黙する、どうやら完全に気を失った様ですわね。これで残るは一人、しかし砕けた花瓶もかなり高価だったでしょうけれど、この状況で必要な犠牲だったと認めて貰うしかありませんわね。他に使えそうな物が何も無かったのですからしょうがないのです。気絶した男が手にしていた剣を素早く拾いパリスが構える。
これで二対一、相手の実力は分かりませんけれど数の上では此方が有利となりました。決して油断は出来ません、ですが必ず此処で仕留めると私も素早く詠唱を開始します。「き、貴様!」と叫ぶ男を無視してパリスが斬りかかり、こちらも〘火弾〙を連続して撃ち込み相手が攻勢に出る暇を与えません。一対一なら負けていたでしょうが賊が振るう槍にパリスが追い込まれるたびに私が〘火魔導〙と〘水魔導〙を連射して互角の状態に戻す。ですけれど、このままでは決め手がありません、私の【魔力】が尽きると同時に負けが確定してしまいます。今まで魔力切れになった経験が無かったのであとどのくらい使えるのか分かりませんが、そう長くはない気がします。敵もそれに気付いてか持久戦の構えを取り出しています。いけない、如何にかしませんと……ずっとパリスに頼り切りだった此処は私が手を打たなければなりません。
二人は今、ほぼ私の真下で打ち合っている。剣と槍、やはりリーチがある分、槍の方が有利な様でパリスも攻めあぐねていて押し切れない。技量や体格に【LV】でも向こうが上、勝っているのは数と後は素質でしょうか?少しずつ相手に対応してきていますけれどまだまだこっちが不利ですわね。覚悟を決めるしかありません。〘火弾〙を放ちながらゆっくり移動、殆んど躱すか手にした槍で打ち払われる。流石に数発は直撃したけど大きなダメージにはなってない様ですね。ならば手を変える迄、どうせ命を狙われている状況なのですから命懸けの手段に出るしかない。私は詠唱を変えて足に炎を纏う〘火打〙を発動させると勢いを付けて天井から刺客に向かって飛び掛かった。
「このおぉぉぉっ!!!」
「なっ?!ガキが調子に―――」
飛び蹴りを放った私に気付いて槍を突き出そうとする男にパリスが斬りかかって動きを止める。次の瞬間、両足に物凄い衝撃が跳ね返って来た。危なかったけれど、どうやら目的通りに標的を捉えた様だ。花瓶が叩き付けられて意識を失った奴と同様に頭に私の炎を纏った足がめり込む、体術の訓練も行っていますが、これ程、完璧に決まったのは生まれて初めてかも知れませんわね。気絶こそしなかったけれど体勢は完全に崩れた其処を見逃すパリスではない、首元を狙って突きを放つ、研ぎ澄まされた剣先が男の急所を貫いた。
「がひゅ!!」
致命傷を受けた賊が槍を取り落とし喉に刺さった剣を抜いて何とかしようとしたようですけれどもう不可能ですわね、暫く藻掻いた後に力を失ってバッタリと倒れてしまいました。死んだ、いえ、私達が殺した。初めて人の命を奪ったという事実に体に震えが走る、ですが、こうしなければ自分達が間違いなく死体となって転がっていたでしょう。だから、どうしようもない事なのだと脅えを潜める。けれどもパリスには隠し通せなかったようで床に座り込んでしまっていた私に近付いて「大丈夫かい?」と優しく声を掛けてくれる。
「まったく、もしもの時は飛び降りると言ってたけどまさか本当にカトレアがあんな真似をするとは予想外だったよ。助けられた側が言うのも何だけど危ないから止めて欲しかったな」
「そ、それでもパリスが危ないと思ったから……け、結果だけ見れば成功ですわ。此処は褒めて下さいませ」
「それはそうだけど、僕が割って入らなければ死んでいた所だからね?本当に二度としないでね?約束してね、うん、それから改めてありがとう」
そうお礼を言って頭に手を乗せて撫でてくれる。正直、子ども扱いしないで欲しいと思いますけれど、実際に色々と怖かったのも事実ですから、大人しく受け入れます。ええ、彼を救えたのだと、これで私達は助かったのだと、ちょっとだけ嬉しく感じながらその温もりに身を委ねる。揃って落ち着くのを待って始末した男はそのままに気絶させた一方は目覚めても平気なように服を切り裂いて紐上にして手足を縛った、これで安心だ。
まだ〖幻影通路〗は解かれていませんが一先ずの危機はこれで乗り越えたと思って良いでしょう。片や、死体で目を移せば動きを封じられて倒れている男と不安しか感じられない絵面ですけれどそれでもパリスが怪我もなく隣に居てくれるというだけで心に安堵が広がる。自分で考えていた以上に私は彼を想ってしまっている様です。どうにも言葉にし難い、そう言えば此方はほぼはっきりと好きだと伝えてしまったけれど、彼からは受け容れただけでしっかりと返答を貰っていない。気になるけど直接聞くのも難しい気がする。何だかモヤモヤしますけれどこれ以上の追求はダメですわねと自重する。その後はもう暫くは安全だろうと判断して二人して寄り添ってこの場所に留まるのでした。
狐猫の小話
パリス君もカトレア嬢を意識してはいますが中々、正直には慣れない性分です。
このころから既に未来予知で自分は将来もしかしたらと思ってたのでしょうがないですけどね。




