第010話 思わぬ強敵、微妙な距離感?
一時間ほど走った所で騎士達が設置していたらしい野営ポイントに到着した。
お〇らし聖女様はテントの中に寝かされた。
私も止められなかったので付いて中に入る。
一人の騎士がかいがいしく世話をして服を脱がせ体の汚れをふき取り服を着替えさせた。
動けない人間のお世話をするのはかなり大変な気がするが慣れているのだろうか?
非常に手馴れて見えた。
このお〇らし聖女様は良く気絶するのだろうかと思った。
テントの外では野営の準備か料理をしているらしく美味しい匂いが漂って来ていた。
くう、心が引かれる。
調味料を使ったちゃんとした料理。
前世の味の記憶が心を踊り巡る。
しかし、だが、しかし、今の私は野生の狐猫、自らの餌は自分で採ると、一人でコッソリテントを抜け出して狩りに行った。
【探知】さんで獲物を探す近辺には居ない。
ちょっと離れないとダメかと【疾駆】で駆ける。
暫く走る。
なかなか見つからない。
もっと走る。
【探知】さんに反応があった。
兎かな?牛だと良いなぁと思いながら接近するとゴブリンだった。
喰えんわボケーーーッ!!
ツッコミで猫パンチを放つ。
ゴブリン吹っ飛ぶ。
ご臨終です。
ふう、無駄な時間を過ごしてしまった。
次に期待しよう。
そう思って私は走った。
鶏だ。
鶏が居た。
記憶にある鶏の三倍以上デカいが鶏だ。
頭に鶏冠がある。
雄鶏だ。
この世界の魔物は何でもありかと思った。
兎も角、前に狩って喰ってイマイチだった鷲擬きと違って鶏は美味い筈だ。
獲物決定。
接近した。
気付かれた。
「キエェェェェェッ!!!」
と、鶏が声を上げる。
イヤ其処は「コケェェェェッ!!!」じゃないのかよと突っ込む。
襲い掛かってきた。
馬鹿な、意外と早い?!
油断していた私は急いで【技能】を全展開【疾駆】【思考超加速】で躱す。
鶏の蹴りが背後の木に直撃、木が折れてメキメキと倒れる。
………熊並だ。
何時かの【爪攻撃】並の威力だ。
やはり油断ならないと思い私は駆け出す。
鶏が翼を振る。
羽根が飛んでくる。
躱すとガスガスガスッ!と地面に刺さる。
飛び道具まで持ってるのかと警戒度を更に上げる。
避けた先に「キエェェェェッ!!!」と言いながら突っ込んでくる。
【猛爪攻撃】が直撃すると血飛沫と羽毛が舞う。
だが、それだけだ。
止まらない。
慌てて【空間機動】で上空へ退避。
鶏は嘴攻撃、木を一本、二本、三本貫通して折り砕き四本目に刺さって止まった。
なんつう威力だと冷や汗を流す。
そこで鶏がジタバタしていた。
どうやら刺さった嘴が抜けなくなったらしい。
なんつうアホなんだと違う汗を流す。
その隙に近寄って【猛爪攻撃】を連発した。
「ギェェェェェェッ!!!!!」
鶏との戦いはまだ続いていた。
本当に強い、この鶏。
熊やワイバーン(仮)より強いぞ。
これだけ【猛爪攻撃】を当てて倒れない敵は初めてだ。
そして怒り狂ったように空中に居る私に羽根攻撃を連射してくる。
数が多い。
弾幕凄いぞ、何やってんだっ!って気分だ。
必死で躱しながら躱しきれそうにない時は【猛爪攻撃】で弾き飛ばす。
こっちは一発でアウトなのに何でそっちは何発も食らってるのに元気なんだよとツッコミたい。
理不尽だ。
糞ゲーだ。
神の不条理を感じる。
必死の回避が続く。
すると段々と飛んでくる羽根の数が減り始めた。
飛ばせる羽根が無くなって来たらしい。
チャンスだ。
接近する。
羽根攻撃を【猛爪攻撃】で弾きながら近付く。
鶏はそれを見てまた「ギェェェェェェッ!!!」と鳴いて足元をガリッガリッガリッと蹴った。
何をする気だ?考えろ、考えろ、予測しろ、今までの攻撃から先読みしろ、さっきまでの行動からっ!
ピコーン。
音が響いた。
『【技能】【予測LV1】を習得しました』
私は【空間機動】を解く。
そこに力強く羽ばたいて地を蹴り鶏が跳んだ。
渾身の嘴攻撃による捨て身の一撃。
砲弾の様に飛ぶその一撃、だが、その先に私の姿はない。
「ギェッ?!」
鶏が困惑の声を上げる。
予測した位置に私が居なかったからだろう。
その隙に私は【空間機動】を再展開【疾駆】を使って鶏の背後に回り込んだ。
そして先程、鶏が失敗した時に付けた背中の傷へと直に爪を刺しこむ。
「ギェェェェェェッ!!!!!」
痛みに鶏が身を捩って暴れる。
だが、振りほどかれる訳には行かない。
此処で決める。
零距離―いや、内部からの【猛爪攻撃】
そして鶏はドバンと弾け飛んだ。
ピコーン。
『LVがUPしました』
音が聞こえたがそんな物はどうでも良い。
疲れた。
すっごい疲れた。
ものすっっっっごい疲れた。
あれ?私は軽ーく御夕飯を狩りに出かけただけなのに何でこんな死闘を演じてる訳?
何よりもあの鶏強すぎるだろ、外見と中身が余りにも違い過ぎるわっ!
死闘の成果にゼイゼイと息を荒げながらも兎も角、御夕飯と思い気付く。
(あ、鶏爆散させちゃった…)
取り合えず、飛び散った鶏の肉を移動しながらハムハムと食べる。
美味い!
美味い!!
うーーーーまーーーーいーーーー!!!
戦いの達成感からか、元々が美味いのか鶏は牛より美味いと思った。
是非とも調理された一品を食べてみたいと思える肉だった。
自分が狩った獲物を調理して喰わせてもらう。
これなら野生の掟(自己判断)から外れる事もあるまい。
そんな訳で飛び散った鶏の肉から一際大きな部分を咥えて引き摺りながら私は野営地へと帰って行ったのだった。
野営地に帰ると焚火を囲み四人の男性騎士さんが食事を取っていた。
うん、良い匂いだ。
食べたばかりだからもう喰えないけど、そして帰還を報せる為に「ミィーー!!」と鳴く。
すると男達が振り返った。
「おお、ちっこいのか何時の間にか消えてたから森に帰ったのかと思ってたぜ」
うん、男の人は優しく撫でてくれてるつもりでしょうけど手が私より大きいです。
撫でられると頭がグワングワンします。
他の男の人達も笑って「お帰りー」と言ってくれる。
うん、何か悪い気分じゃない。
助けられて良かったと今更ながら思う。
そこで私は引き摺ってきた鶏の肉を前に出し鼻で突いて男の人の前に出す。
「何だ、自分の餌を自分で採って来たのか?いや、違うな。お土産って事か?ははは、悪いな。じゃあ、明日には撤収だが。明日の朝食にでも使わせてもらうよ」
男の言葉に私はご機嫌に「ミィ!」と返事をして尻尾を振る。
これで明日の朝食には期待が持てる。
おすそ分けを貰えるかなーとワクワクする。
と、其処で男の一人が顔色を変えて肉を指差して「おい、お前、その肉…もしかしてゴーンコッコの肉じゃないか?」と言い出した。
うん?こっこ?まあ鶏だったからこっこかも知れないですね。
ゴーンが何かは知らないけれど、あ、レバノンに逃げたゴーンなら知ってるけど。
「は?ゴーンコッコってアレだろC級の災厄の魔物で騎士団三十名以上で討伐が必要だって言う…」
「そうだよ、流石にそれは…」
「い、いや、俺は一度だけ討伐任務に加わって見た事あるんだ。多分、同じ光沢だった…」
「「「………」」」
「ミミィ?」(あれ、何か空気変じゃないですか?)
私が首を傾げる前で男達は身を寄せ合ってコソコソと話し出した。
「なあ、今の話がマジなら今更ながら俺はこのちっこいのが相当ヤバイ奴に思えて来たんだが…」
「ダスド帝国の騎士十数名を瞬く間に倒すファトラです。元々十分にヤバいです」
「絶対に機嫌を損ねるような真似をするな。下手をすればこっちが一瞬で血祭りだ」
「うう、俺はこの任務が終わったら彼女にプロポーズする予定だったのに、何でこんなことに」
オカシイ、先程までの和気藹々とした空気は何処に行ったのか、私が危険物に認定されつつある。
ほらほら、私はこんなに可愛らしいですよ?愛らしいですよ?危険じゃないですよ?ホントですよ?
そうして私はコロコロ転がって見たり、自分で可愛らしいと思うポーズを決めて人畜無害差を強調しようとしたがあんまり上手く行かなかった。
ちょっと動くだけで男の人達はビクゥと何をする気なんだと言わんばかりの反応をする。
うう、何かどうやら失敗したようだ。
私はションボリして項垂れる。
そんな私の様子を見て男の人達はまた集まって話始める。
「お、おい、落ち込ませちまったみたいだぞ。どうする?」
「人の言葉が分かるのでしょうか?ファトラは頭も良いし幼生期間も長い。こう見えて既に数歳なのかもしれません」
「き、機嫌を取ろう。餌は食べて来たようだから無理か、なら遊んでやればどうだ?」
「無茶ですよ。このファトラにとっては遊びでも俺達には命の危機かも知れないんですから」
フーンだ。
いいもん、いいもん、どうせ私は危険極まりない魔物だもん。
今までだって一人だったし、一人でいいもん。
拗ねてゴロゴロ転がる。
すると流石に悪いと思ったのか、さっき私の頭をグワングワンと撫でた男の人が寄って来てさっきに比べてちょっとおっかなびっくりな感じで―
「えーと、悪かったな、ちっこいの俺達を助けてくれたりお土産くれたりしたのに怖がって」
と、言ってさっきより慎重に体を撫でてくれる。
むう、ならば許してあげない事もない。
もうちょっと強くモフッてもいいのよ?と体を手に擦り付けてみる。
すると少しだけ強くまた撫でてくれた。
他の男性達も「悪かった」「申し訳ない」「ありがとう」と言いながら夫々に撫でてくる。
うむ、苦しゅうない、余は満足である。
ちょっと距離は開いたが同時にちょっと距離が縮まった一幕だった。
狐猫の小話
今回戦ったC級の災厄の魔物ですが大鶏ではなく実はB級の災禍王大鶏です。
狐猫も強くなりました。王大鶏が自爆しなければ確実に負けてましたが…