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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

タイムループ神ハピエルは、今日も働く

タイムループ神ハピエルは、今日も働く 〜獣人族恋愛事件後編〜

〈信頼の為の偽善、罪悪感を洗う偽善〉




 シネンシスとプリムラが出会ったのは、まだ二人が幼い頃の事。


 プリムラは畑のすぐ近くで倒れていた。それを、彼の両親が見つけて保護してくれたのだ。


 シネンシスは、ボロボロの彼女を見て同情する。それと同時に、整った容姿の彼女を見て惹かれた――それは、恋。


 彼は、彼女に一目惚れを――人間の美しい行動の1つである、恋という物をする。だが彼は何故か、その感情に、罪悪感を覚えた。


 その罪悪感はどこから来た物なのかは分からない。だけど、それは、彼に襲いかかる。


 悟ったような、心が静かに暗く沈んでいくような、そんな気持ち。


 何故悟ったような気持ちになったのか? 不明。理解不能。何も分からずに彼は、一日中、(もん)々とした時間を過ごした。


 その日の夜、ボロボロの彼女の体を洗っていた時に、彼女からこんな事を言われたのである。


「助けてくれて……ありがとう。私、皆の事が……好き。シネンシスの事も、好き。これから、ずっと仲良くしようね!」


 彼は、黙っていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 


 どうしたら良いか分からなかった。彼は、素直になれていなかった……。


 その日は、プリムラの体を丁寧に洗って終わった。今にも壊れてしまいそうな儚げな背中を、丁寧に、丁寧に。


 ()()()()()()()()()()()……。

 

 ――それ以降、彼は、プリムラと懸命に仲良くなろうとした。


 懸命に、懸命に。


 そしていつしか彼は、プリムラと仲良くなる、というよりも、世話をするという感覚に陥っていく。


 正義感が強すぎたが為に、招いた負の感情とも言える。


 彼は、プリムラの信頼を得る為に、己の罪悪感を消す為に、必死に働いた。そして、彼女とたくさん遊び、関係を築いた。


 彼は、彼女に何か特別悪い事をした訳ではない。


 ただ、好きという感情を抱いただけだ。だが当時の彼は、プリムラが獣人族である事……。


 それから、ボロボロだったプリムラを自分が助けられなかった事。彼女を可哀相と思った事、可哀相と思った状態の彼女に恋をした事。


 子供ながらに、それがいけない事だと思ったのであろう。彼は大きくなった今でも、彼女に素直になれなかった。


 他人から見れば、()()()()()()鹿()()()()()()()()()()()()()()()。だが彼は、その罪悪感を持ったまま、彼女に接し続けていた。


 プリムラは、シネンシスから素直に好意を向けて欲しいと思っていたのだ。


 それが、異性としてでなくても、人として、友達として、素直に好きや可愛いを言ってほしかったのだ。


 だが彼女は、口や態度には一切出さなかった。それもそうだ、幼い頃に助けて貰った恩人達に、文句を言う事等出来ない。


 ましてや、シネンシスは、不器用ながらもずっと側に居てくれた人。本音を言える訳が無かった。


 だが彼女は、本音を言えなかった事により、自分でも分からぬ内に不満を溜めていく。


 そして次第に……()()()()()()()()()()()――――。




〈後悔や誤ちが有るなら、それを越える人助けをしろ〉




 紡屋(つむぎや)に来るきっかけとなったのは、シネンシスがプリムラに殺された事。


 紡屋は、強い後悔や疑問を残して死んだ者に、チャンスを作る場所だった。


 勿論、ハピエルが、その人物を選別してから、タイムループを始めていく。


 いつものように仕事をしていると、ハピエルの元に彼が現れた。彼は、ひどくショックを受けていた様子。


 幼馴染みでもある、ハピエルという女性に、突然訳も分からずに殺されたと彼は説明した。


 『ずっとずっと嫌いだった』『お前なんか最低だ』と、1度も言われた事のない酷い暴言を浴びせられた。


 そんな風に思われていたなんて、ショックだったと。どうしても納得できない、俺は生き返らなくて良いから理由を知りたい。


 そうハピエルに必死に訴えかけた彼。その言葉を聞いたハピエルは、タイムループを承諾した。


 だが彼は、想像を絶するやり直しを経験する事になる。


 1回目は、殺される寸前に聞いたメヌエを手掛かりに、畑に寄らずに武具屋バギールに向かった。


 だが、そこでも冒険者に鉢合わせてしまう。


 レミュエルさんの説得により事無きを得るが、その夜にプリムラに襲われ失敗。


 2回目3回目も、手掛かりを掴めずに同じ展開で失敗。


 段々と、プリムラに対する嫌悪感を抱いてしまったシネンシス、4回目では彼女に襲われる前に口論になった。


「プリムラ! お前はどうしていつもいつもそうなんだ! どうしてもっと素直に気持ちを話してくれないんだよ!」


「それはこっちの台詞よシネンシス! あなただって、私には何も言ってくれないくせに、メヌエとか他の人はたくさん褒めたりするじゃないの!」


 2人は、シネンシス家の机に身を乗り出して、憎しみを込めた表情で(にら)み合っていた。


「はぁ? じゃあ……素直に言ってやるよ! 俺は、お前が獣人族だから少し情けをかけていた! 顔も可愛いし、胸もまぁまぁ大きくて最高だよ!」


 そんな言い方をしたい訳ではないのに、気持ちとは真反対の言い方をしてしまう。


 段々と、悪い方向に……彼女を追い詰めるように。


「いつも思ってた! あー、お前とそういう下品な事したいなーって! でも俺はしたくなかった、お前が獣人族だから! お前が、仕事も出来ないのろまだから!」


 彼は、取り返しのつかない事をしていると自覚していた。


 全部が嘘なのに、今訂正しても遅いのに、彼はどんどん彼女を傷付けた。


 プリムラに殺された時のナイフよりも鋭い、言葉のナイフを刺した。取り返しのつかない程に、深く……深く。


 シネンシスの心は、グチャグチャだった。怒り、悲しみ、恨み、そして自分への嫌悪感。彼女を助けたいのに、反対の行動を取ってしまう。


 そして彼はこう思った。これは全部……。


 ()()()()()()()()()――――。


「シネンシス…………君……。はっ、ははっ。そっか。そうだったんだ。そうだよね、私何も出来ないもんね」


 力が抜けたように、椅子に座り込む彼女。


「私、大好きな人に嫌われてた。私に居場所はなかった。私は嫌われ者だった。人生……お終いだ!!」


 調理場に走ったプリムラ、机から調理場までは遠くない。包丁を取り出して、何かをしようとする。


「っ!? やめろ! 自害するな!!」


「離してよ! あんたに関係ないでしょ!」


 取っ組み合い、なんとか包丁を奪い取る。だが、その拍子に彼女は吹っ飛んでしまう。


 ズンっと鈍い音がする。プリムラは……机の角に頭をぶつけていた。血が流れている。


 この時彼は確信した。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 事故だった。殺す気も傷付ける気も無かった。だが、結果的に彼女はシネンシスに傷付けられながら死んだ。


 彼は、彼女にされた事を、やり返してしまったのだ。


 そして、彼は5回目でも誤ちを犯す。


 彼女を、冒険者に売ってしまったのだ。彼女が帰ってくる事は無かったが、両親やレミュエルさん、メヌエにも罵倒された。


 彼は、おかしくなっていた。彼女を冒険者に渡す事が、どれだけ重罪なのかを判断出来なくなっていた。


 そして彼は、彼女を取り戻すべく、冒険者の居場所を突き止めた。そして、罠に掛けて、彼等を衛兵に捕まえさせる事に成功した。


「クソがぁ!! 小僧! こんな事して、タダで済むと思うなよ!」


 そんな言葉が、彼等の最期の言葉になった。衛兵に捕まえられた冒険者達は、首を切られて処刑された。


 だが、彼の気持ちが晴れる事は無かった。ずっと、心が重かった。鎧を着るよりも、ずっと……。


 そして、メヌエからこう告げられたのだ。


「プリムラは、ずっとずっと! シネンシスとの約束を果たそうとしていたの! 大きくなったら、立派になって結婚するって!」


 シネンシスに真剣な眼差しを向けるメヌエ。


「プリムラは、あなたの事がずっとずっと好きだった! 心から、人として、異性として愛していた!! あなたからの好きを、ずっと待ち望んでたの!! だから、約束のあの川に行って欲しい」


 そして、シネンシスの手を握るメヌエ。


「プリムラは……ずっと、ずっとそう思っていたの!! だから、お願い……彼女を救う為にあの場所へ行って! 約束の……あの場所に!」


 彼女は必死にそう叫んでいた。必死に……必死に。喉が擦り切れるまで、声が枯れるまで。


 ハピエルにお願いしたシネンシスは、6回目のタイムループをする。


 そこでシネンシスは、約束のあの川に行く前に、プリムラの気持ちを確かめる物が無いか探していた。


 すると、彼は1つの日記を見つけ出した。何だ……この日記は。と、シネンシスは見覚えのない日記をパラパラとめくった。


 するとそこには、見覚えのある字で彼について記述されている物があった。


 いや、記述されている物というより、殆どが彼の事だった。


『今日は、シネンシスとあそびました。たくさんあそんだけど、あの人は、1個だけやくそくをしてくれませんでした。それは――――――』


 文字を消されていて、上手く読む事が出来なかった。どうにか読めないかと、彼が色んな角度で見ていたその時、扉が開いた。


「何してるの? それ、私の……返してよ! 見ちゃダメ!」


 プリムラは、シネンシスからノートを奪い去ろうと掴み掛かった。

 

 だが、彼の心とこの世界には限界が来ていた。彼女に対する嫌悪感を拭えなかった彼は、幻覚を見てしまう。


 ハピエル(いわ)くこの世界の限界が来ると、タイムループする本人の意思に関係無く、おかしな状態に出くわす事が増えるらしい。


 彼女の顔が、不気味な顔に見えた。細長い丸くて真っ白な板の様な物に、黒色の点で塗り潰された目と口。

 

 彼はまた、同じ方法で彼女を殺してしまった。恐怖で耐えきれなかったのだ。


 彼――『シネンシス』の目の前には、『プリムラ』の姿があった。


 プリムラは、猫耳を生やした獣人族の女性で、髪型はショートボブ。


 ミルクティー色に染めていて、綺麗に髪はまとまっているが所々に縮毛(ちぢれげ)がハネている。


 とても美しい顔立ちの彼女が、静かに眠っている。とても……安らかに。


「で? お主が死なせたのは、これで何度目じゃったかの?」


 頭の中に流れて来たその女性の声に、彼はこう答えた。


「これで……2度目です」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()――――。

 


 シネンシスは、あの日記に書かれていた約束が、大きくなったら立派になって結婚するという物だと分かった。


 正しく言うなら、メヌエの言葉通りだとすると辻褄が合うと思ったから。


 ハピエルも、『それが正しいと思っていた』と言った。


 それに対し彼は、『恐らくハピエルさんは全て知っているが、俺の為にあえて言わなかったんですよね』と答えていた。


 彼はもう、成功寸前の所まで来ていた。


 だが、2度も彼女を死なせてしまったショックから、彼は紡屋で倒れてしまった。


 昏睡状態(こんすいじょうたい)に陥ったのだ。1週間程の眠りについてしまった彼に残された時間は、もう数日しかなかった。


「お主は……出来ると思った。アタシは、お主に賭ける事にしたのじゃよ。あれ程辛い思いをしながら、諦めずに前を向き真実を掴んだ。アタシの目に狂いは無かったの」


 だから、ハピエルは眠りから覚める魔法を使い、彼を目覚めさせた。そして、初めてこの場所に彼が来たかの様に振る舞った。


 あくまで、ハピエルの世界での公平さを保つ為に。そして、()()()()()()()()()()()




〈人は、本音をぶつけ合う生き物〉




「どうじゃ、これで合ってるじゃろ?」


「はい、そうです。俺は……これで7回のループをしました……。お願いです、ハピエルさん。最後のループを俺にさせて下さい! 俺は、彼女に謝らなきゃいけない事、言わなきゃいけない事があるんです!」


(そうだ……。俺は……俺はっ。ここで、終わる訳にはいかないんだ。別世界で、立ち止まっちゃいけないんだ……! 彼女に対して、一生分の想いを伝えて……新しい世界を――未来を切り拓かなきゃいけないんだっ!!!!)


 彼はハピエルの目をみつめた。じっと……じっと。そして、拳を握りしめた。


 ハピエルの目が、彼の震える拳を捉える。数秒拳を見つめた後、彼女の目線はゆっくりと彼の顔に移る。


「……その目、本気じゃの。――よかろう。特別に、あの川に2人で会う場面を作って、そこまで飛ばしてやろう」


「あ……ありがとうございます!」


 彼が頭を下げた事を確認したハピエルは、ゲーミングチェアに座り込む。彼女は、カタカタとパソコンを打ち込み始めた。


「言っておくが、こんな風に新しい別世界を作るのなんて、チョー特別でチョーラッキーやからの? 感謝しときぃ♪ シネンシス……必ず成功させるのじゃぞ、お主なら……きっと出来る」


(特別……。そもそも、生き返って何度も人生をやり直してる時点で特別なのに……。――応えよう。あの人の期待に。必ず……必ずっ!)

 

 こくりと頷いたその次には、プリムラと2人であの川に居た――。


 あぁ。ここは、幼い頃に彼女とよく遊んだ川だ。彼はそう確信した。


(小さい頃は、ここによく来てたっけ……。思えば、あの約束の答えをはぐらかした時から、自然とここには来なくなったな。そっか、あの時からもう……俺等は……そうだっ、プリムラはどこだ?)


 彼は、プリムラを探した。右――いない。左――いない。さっきの映像に居た筈のプリムラが、いない。不安になって、声を出そうとしたその時。


「シネンシス。何キョロキョロしてるのよ〜」


 プリムラの声だ。声のする方を向くと、彼女が笑顔でシネンシスを見つめていた。真後ろに彼女は居た。


(なんでだろう……プリムラを見つけただけなのに、泣きそうだ。意味が分かんねぇ……感情がグチャグチャ過ぎる。クソっ……。なんで、安心してんだろ)


 彼は、プリムラを見つめて立ち尽くす。彼女から見て、今の彼はどう映るのだろうか。


 彼は……彼女を見つめながら、震えた。泣きそうな目で、泣きそうな顔で。


 そして彼は、あの時の約束を果たすべく、彼女の不安を取り除くような力強くも優しい声で伝える。


「プリムラ、俺……君に言わなきゃいけない事があるんだ」


 そう言われて、少し驚いた表情を見せるプリムラ。そしてどこか、緊張してる様にも見えた。


「シネンシス……いいよ。――聞く」


 曇った空が、徐々に動きを見せ始めた。


 風が吹く――。水面(みなも)は、揺れ動く――。まるで、周りの風景が彼女らを見守っているようだった。


 彼は、ループしてきた日々を思い出す。


 たくさん、喧嘩をした。罵声を浴びせられ、嫌いだと言われながら何度も刺された。


 だが、その行動の裏には、彼女のひたむきな純粋さと彼に対する無償の愛があった。


 それなのに、彼はその愛に気付けずに彼女を殺した。もう、元の関係に戻る事なんて、有り得ないと思った。


 でも彼女は今……こうして、目の前で生きている。彼女は、彼の言葉を……健気に……ずっと待っている。


 ふと彼は、約束をした時の事を思い出した。

 

『シネンシス! 1回だけ石ころ跳ねたよ! わぁーい! 私達、立派な大人になって結婚しようね!』


『プリムラ……それはちょっと、う〜ん。考えさせてくれよ』


『えぇ〜。どうしてよぉ〜。約束してよぉ〜』


『ごめんな、プリムラ。まだその……踏ん切りがつかないっていうか。俺は、お前に相応(ふさわ)しくないっていうか……。だから、待っててくれないか?』


『ん〜……。んもぅ、分かったよぉ。――へへっ。楽しみに待ってるね!』


(あぁ……そうだ。ずっとずっと、プリムラは待っていたんだ。俺からの答えを……)


 彼は更に想いを強める。


(そして、覚えていたんだ……俺との約束を。言って欲しかったのに……我慢して……ずっとずっと! あぁ、結婚しようって言われてる時から、愛おしくて愛おしくて……たまらなかったのになぁ)


 彼は、彼女との約束を思い出した。1度下を向いた。


(だからこそ……伝える。想いは、顔に出して、口に出して、初めて本音として相手に届くと分かった。……だからっ!!)


 そして、決心を固めてプリムラの方へと顔を向ける。


「俺……君の事が…………っ。――プリムラの事が好きなんだ!!」


 フワっと花びらが舞った。


 時間が、ゆっくりと流れていくような、そんな世界だった――。


 2人の髪が、ゆっくりと揺れ動く。そして、元の時間の流れに戻った。


 それでもずっと、髪は揺れていた。だが、風は2人を歓迎していたようだ。優しく――美しく、髪がなびいていた。


「えっ? それって……どういう意味で?」


「人として……女の子として。俺、君の事が大好きなんだ。ずっと、出会った時から思っていた。なのに……俺はずっと、馬鹿みたいな屁理屈(へりくつ)で君に愛情を示す事が出来なかった!!!」


(言えた……。やっと…………言えた) 

 

 色々な感情が溢れ出したシネンシスは、涙をこらえることが出来なかった。いつの間にか、嗚咽(おえつ)しながら泣いていた。


 溢れ出る涙を、腕でぬぐいながら、気持ちのこもった声で更に伝える。


「プリムラは! 優しくて可愛くて愛嬌があって、誰よりも努力家で気遣いが出来て!! どんな時も、自分にも俺にも諦める事なく、前向きに努力してきた!! 俺は、そんな頑張ってる君がっっ、大好きだぁ!!!!」


 プリムラは静かに黙っていた。


 (うつむ)いて、肩を震わせていた。


 時間として、およそ10秒程の物だったが、シネンシスにとっては、1時間も2時間も流れたように思えた。


 ――彼女は……静かに涙を流した。


 泣きじゃくった。見た事も無い、グシャグシャの泣き顔を見せていた。大粒の涙が、彼女の目から流れ続けた。


 それ程までに、彼女は心に抱えていたのかもしれない。その抱えていた物が、たった今、彼女の心の中から無くなった。


 伝えてほしい人物から、想いを伝えられた事によって――。


 だから彼女は、今までに見た事も無い大泣きを見せているのかもしれない。


 いつの間にか、空は晴れていた。晴天が映してくれたのは、涙で濡れた彼女の笑顔だった。


 彼女は、シネンシスに抱きついた。彼の今までの人生で経験した事の無い、強い力で彼女に抱き締められた。


 そして彼女は、また泣きじゃくりながら、笑顔でシネンシスにこう言う。


「私も……ごめんね!! ずっと、ずっと言えなかった! 好きって、言ってほしかった! 簡単な事なのに……。あの時の約束、覚えてないの? って……聞けなかった!」


 嗚咽と涙で、言葉が詰まりそうになっている様子の彼女。


 それでも、負けないように、必死に彼女は想いを口にしてくれた。


「でも……あなたは、私に好きと言ってくれた……。これ以上の幸せ……ないよ。ありがとう――。私も……私もっっ!! シネンシスの事が…………大好きぃっっ!!!」


 この言葉を聞いて、シネンシスも抱えていた物が無くなった。


 安堵で涙が止まらなくなる。お互い、抱き合いながら泣きじゃくった。気が済むまで泣きじゃくった。


「シネンシス……私と、結婚してくれる?」


「あぁ、俺は……君と結婚する。君と出逢ったあの瞬間、君と笑った時間、君と喧嘩した時間、君とこうして……愛と幸せを分かち合えた時間。全てが愛おしい。プリムラ、結婚しよう」


 そして彼等は、川に照らされる光に見守られながら抱き合った。別世界は、もう消え掛かっていた。きっと、世界の均衡を保てなくなってるだけだと思う。


 だけど、シネンシスはそう感じなかった。


 冷たさや残酷さも感じたこの別世界は、最後のこの時だけ、シネンシスとプリムラ――2人を祝福してるように感じたのだ。


 止まっていた時間は……動き出していた。()()()()()――()()()()()()()()()()()




○●○




「本当に良いのかのぅ。彼女の心を洗うだけで」


「えぇ……それで良いのです。彼女を直してもらうだけで……。後は、俺が関わった全ての人が直れば、それで良いんです……」


「そうか……じゃあ、シネンシス。達者でな。楽しかったぞ。マルーナも、楽しかったと言っておったぞ。あぁ……さようならじゃ。ありがとう……来世でまた、会おう」


「はい……! ありがとうございました! あの世に逝っても……俺は元気で過ごしますよ。本当にお世話になりました……それでは!」

 

 そう告げたシネンシスは、ハピエルに背を向ける。名残惜しくしながらも、彼女は最後の別れを迎えようとする。

 

 ハピエルは、パソコンのボタンを押そうとした。だが、一瞬立ち止まったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()


「あーー、ゆびがすべっちゃったー」


 その瞬間、シネンシスは光に包まれた。


(これで良いんじゃ……これで。シネンシスとプリムラは、2人で1つじゃ。お主らの愛は……これから咲き始めるのじゃよ)


 モニターを見ると、シネンシスとプリムラが、2人で川に居た。


「んん……あれ? なんで俺ここに」


「シネンシスー! おはよ!」


 プリムラはシネンシスに抱きついた。他人から見ても分かる程、愛のこもった抱擁(ほうよう)だった。


「ねーねー、シネンシス。私の事……好き?」


 シネンシスは困った顔を見せたが、少し照れた表情を見せた後、彼女の顔を真剣に見て言った。


「好きだよ。あぁ、大好きさ! あれ……なんで俺、泣いてるんだろう」


「もーう! シネンシスったら、急に涙なんか流しちゃって! 嬉しいのは私の方なのに! 方なのに……なんで私も、涙が出てるんだろ」


 ()()()()()()()()()()()()()()()


 だがハピエルは知っていた。その涙は、辛いから流したのではない。()()()()()()()()()()()()()


 2人は抱き合った。そして、手を繋ぎ立ち上がった。


「シネンシス! 遊ぼ! ずっとずっと……一緒に!」


「プリムラ……ずっとずっと一緒に、これからも! 遊ぼう!」


 2人は、手を繋いだまま、草原を走っていった。その草原は、決して広い訳ではない。


 だけどハピエルには、いつまでもいつまでも、2人が草原を走っていられる気がした。2人の幸せを……ずっと歩めるように見えた。


(まぁ、ホントにずっと走ってても疲れるだろうのじゃが)

 

 ハピエルは、シネンシスとプリムラを見届けながら、微笑む。


(だけど……アタシは嫌いじゃないぞ、そういうの。全く……泣かせてくれるね、2人共。まぁ……どれだけ広くて見失う事があっても、お主らはきっと巡り会うじゃろうがの)


「ハピエルさんも、ツンデレですね。というか、ツンデレ通り越してお人好しです」


「う、うるさいのじゃ。別に、シネンシスの熱意に心を打たれたとか、そんなんじゃないんだからね!」


「何をありがちなツンデレ娘みたいになってるんですかぁ。全く……ふふ、可愛いんだから」


「それよりマルーナ、アタシはあの2人とその他大勢に、心変わりの魔法を掛けておいた。君は、あの世界の人々が良い方向に向かうと思うかい?」


「私は……なんともですね。ぶっちゃけ、冒険者とかまた悪さしそうだし、2人は喧嘩すると思ってます」


「そう言うと思った。でもなマルーナ、それはないのじゃ。2人の名前、あれを掛け合せてみ」


「シネンシスプリムラ?」


「逆じゃ、プリムラ・シネンシス。これはのう、花の名前なのじゃよ。まだ分からぬか?」


「花の名前だからって、それが何になるので――もしかして?」


 ハピエルは、マルーナの方を向く。


「そうじゃ……。プリムラ・シネンシス」


 そして、とびっきりの愛らしいウインクで、サプライズな言葉を口にする。


「花言葉は――『()()()()』じゃ」


 意図して付けられた名前かは分からない。


 だが、ハピエルにとって、彼等を最大限の美しい言葉で、愛のある言葉で表現するのならばこれしかないと思ったのだ。


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 満面の笑みの彼女――ハピエルは、彼等の幸せを願っていた。


 それを見たマルーナも、柔らかくて温かい笑顔を見せる。


 今、この場所の2人も、あの世界の2人も、全ての世界の住民が平和な空気に包まれてるような気がした。


 ――ハピエルは彼等を見ながら、手を合わせて言う。


「どうか2人が、人生を終えるその最期の時まで。ずっとずっと……手を離さずに、幸せに過ごせますように」


(シネンシス……彼女をずっと大事にするのじゃぞ)


「おっと。また新しいお客様が来たようじゃの。よし、準備するぞー。……マルーナっ。いつもありがとう。次もよろしくな、最高の相棒」


 マルーナは冷静ながらも、どこか嬉しそうに微笑む。


「よろしくお願いしますねっ。最高の相棒ハピエルさん」


 紡屋は、人の心を更生させ、次の人生へと紡がせる所からその名が付けられた。


 そして、この場所に咲く桜は、その人の新たな人生への門出を祝う為に作られた。


 いや、もはや自然と出来ていたと言っても良い。


 全ての人に、幸せが訪れるように。


 全ての人が、やり直せるように。


 桜は、全ての人を祝福している。今日も、あの2人を祝福するかのように、満開に咲き誇っている。


 そして、ここにまた、人生をやり直したい人が来た。


 ハピエルは、そんな人々の為に、今日もまた仕事に明け暮れる。


 そう……『()()()()()()()()()()()()()』。


「ようこそ、迷える子羊的な誰か。ここはアタシが管理する、『タイムループの神殿 紡屋(つむぎや)』じゃ。そしてアタシの名は『ハピエル』、ここの神様みたいな者じゃ。おおきに」

 ここまで読んでくださった皆様。本当に本当にありがとうございました。後半駆け足気味になってしまい、泣く泣くカットした部分等もありました。


 改めて、漫画家さんや小説家さんは、締め切りに間に合わせられて凄いな……と思いましたね。そして、なんかこういう締め切りに間に合わない! みたいにやってると、ちょっぴり小説家さんの仲間入り出来た気分になれて嬉しかったです(偉そうに言うな)。


 今回が初投稿になりますが、これ限りではなく、ハピエルの活躍を描いていこうと思います。そして、新しい小説もドンドン出して行きたいと思うので、皆様これからも、私を生温かい目で見てもらえると嬉しいです。


 筆者はむせび泣いて喜びます。それでは……短編でしたが、お付き合い頂き誠にありがとうございました! またどこかでよろしくお願い致します!


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 個人的に、こういう終わり方がとても好みです。 作者がやりたかったことが、ちゃんとなされている、傑作だと思います。 [気になる点] ハピエルの口調をもっと調整できるかな、と思いました。散文…
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